脳に侵入して宿主を操る寄生虫「トキソプラズマ」を逆に利用して脳に薬を届ける技術が登場

ほぼすべての恒温動物に寄生する寄生虫であるトキソプラズマ(Toxoplasma gondii)は、猫などから人間に感染して男性の精神障害に影響を与えたり、人間の宿主を性的な魅力にあふれさせたりすることがわかっています。そんなトキソプラズマの性質を逆手に取って、脳に治療薬を届ける技術の研究が報告されました。
Engineering Toxoplasma gondii secretion systems for intracellular delivery of multiple large therapeutic proteins to neurons | Nature Microbiology
Brain-Invading Parasite Could Be Hacked to Deliver Meds in Your Head : ScienceAlert
https://www.sciencealert.com/brain-invading-parasite-could-be-hacked-to-deliver-meds-in-your-head
Getting drugs into the brain is hard. Maybe a parasite can do the job
https://www.sciencenews.org/article/toxoplasma-drugs-brain-parasite
脳には血液脳関門という膜があり、血液中の病原体などが脳や中枢神経系に侵入するのを防ぐバリアの役割を果たしています。これによって脳は有害物質から守られていますが、ほぼすべてのタンパク質が阻止されてしまうため、脳疾患の治療に役立つ可能性のある薬剤を脳に届けることも困難です。

一方、トキソプラズマは血液脳関門を突破することができる寄生虫で、脳に入り込んで脳炎などの症状を引き起こすほか、脳で神経伝達物質を生産して宿主を操ったりする能力まで獲得しています。
このトキソプラズマの能力を逆手に取って利用できないかと考えたマサチューセッツ工科大学の神経科学者のシャハル・ブラチャ氏らは、トキソプラズマが宿主の細胞を操作するのに使うタンパク質である「GRA16」と、レット症候群という神経発達障害の治療に用いられる「MeCP2」というタンパク質を融合させました。
そして、改造されたトキソプラズマを脳オルガノイドに感染させたところ、トキソプラズマが脳細胞の中で有用なタンパク質を放出したことが確かめられました。

さらに、研究チームがマウスの体内に改造トキソプラズマを注入したところ、トキソプラズマは狙い通り脳に感染してそこで「MeCP2-GRA16」を放出し始めました。一方、マウスの脳で発生した炎症は最小限だったため、研究チームは「トキソプラズマへの感染や融合タンパク質の放出は危険な免疫反応を引き起こさなかった」と結論づけました。
トキソプラズマは、世界の人口の25〜30%に感染していると推定されており、多くの場合は無症状です。しかし、免疫力が低下した人がトキソプラズマに感染すると重篤なトキソプラズマ症を発症する危険性があるほか、妊婦の早産や流産のリスクの原因となったり、赤ちゃんに先天性疾患を起こしたりするリスクがあることも知られており、決して安全な寄生虫というわけではありません。

それでも、研究者らは脳に有用なタンパク質を届ける方法としてのトキソプラズマを有望視しており、「トキソプラズマの遺伝学的ツールとしての開発や、感染メカニズムの解明、ほかの生物工学的分野での継続的な研究などにより、医薬品のベクターとして見たトキソプラズマの適性についての理解がさらに深まり、さまざまな用途への研究がさらに促進されると信じています」と述べました。
