京都が誇る職人技に感動!アメリカ女性が憧れのニッポンで“雛人形”を学ぶ:世界!ニッポン行きたい人応援団
今回は、桃の節句スペシャル! アメリカ女性の初来日、全国の雛祭りの様子をお届けします。
【動画】ニッポンに行きたい外国人を応援!そこには大きな感動が!
豪華絢爛! 700体の雛人形に「オーマイガー!」
今回紹介するのは、アメリカに住む「雛人形」を愛するジュディさん。

ニッポンの伝統行事のひとつ、3月3日の雛祭り。平安時代、貴族の子どもたちが紙で作った人形で遊んだ「ひいな遊び」が起源といわれています。
人形を飾って雛祭りを祝うようになったのは、江戸時代。京都御所や大奥で雛祭りが行われ、やがて上流階級から町民へと広まったのだとか。
時代によって、着物や装飾、顔の表情まで違う雛人形。その中で、代表的なものは4種類。江戸時代中期、享保年間に作られた「享保雛」は、豪華絢爛だった時代に合わせ、きらびやかな装飾が特徴的。その後、平安時代の宮廷文化を受け継ぐ「有職雛」が登場。公家の装束を忠実に再現しようとしました。
18世紀後半になって作られたのが「古今雛」。目に水晶やガラスがはめ込まれるようになり、よりいきいきとした表情へ進化。さらに、次郎左衛門という名の人形師が売り出した「次郎左衛門雛」は、丸顔が上品でかわいらしいと人気に。公家や大名がこぞって買い求めたそう。
ジュディさんがニッポンの雛人形と出会ったのは、今から29年ほど前。長女・イレインさんのために人形を探していた時、雛人形を知り、ニューヨークのアンティークショップで購入。娘のために買ったにもかかわらず、いつしかジュディさんが夢中に。
それからはネットオークションを使い、コツコツ貯めたお金で購入。まだニッポンには一度も行ったことがなく、いつかニッポンで雛人形を手に入れたいと夢見ています。

フロリダ大学で講師を務めるジュディさんは、ニッポンの人形を通して日本文化を教えるクラスを担当。毎年雛祭りの時期になると、授業の一環として、学生たちと飾り付けをしています。何年もかけて集めた七段飾りを、大学に置いているそう。
ジュディさんについて、娘のイレインさんは「母がニッポンに行くことで、母のためになるのはもちろんですが、学生さんたちが、母からより多くのことを学べると思います。だから絶対ニッポンに行ってほしいです」と語ります。
そんなジュディさんをニッポンにご招待! 4年前、念願の初来日を果たしました。
向かったのは、東京・目黒にある「ホテル雅叙園東京」。この日は「百段雛まつり2020」が開催される前日。ジュディさんの雛人形への熱意を伝えたところ、特別に見せていただけることに。
“昭和の竜宮城”と呼ばれた「ホテル雅叙園東京」。東京都指定有形文化財の「百段階段」は1935年に建てられた木造建築で、「ホテル雅叙園東京」のシンボル的な場所です。階段の途中には7つの部屋があり、それぞれお雛様が飾られています。
「十畝の間」には、ニッポンの歴史を感じられる雅な人形がたくさん! 江戸時代から令和に至るまで、それぞれの時代を象徴する享保雛や、有職雛などのお雛様が。

続いて、一番の賑わいを見せる部屋へ。こちらは、内裏雛を中心にいろいろな人形と小道具を使って庭園を表現する「座敷雛」という飾り方。「平安から江戸までの神話や民話の再現」がテーマです。その豪華絢爛さに、ジュディさんは「オーマイガー!」と驚き!
こちらの飾り付けをしたのは、人形研究家の瀬下麻美子さん。ジュディさんのことを聞き、駆けつけてくださいました。
瀬下さんは20歳の頃から人形収集を始め、現在2万体以上を所有。雛人形を使い、海外で日本文化を広める活動も行っています。今回は「江戸のお雛様がさまざまなニッポンの神話や民話を眺めている」という壮大なコンセプトの下、700体の雛人形を使って飾り付け。

「物語の世界がこうして目の前にあるなんて! こんなに素晴らしいものは見たことありません!」と大興奮のジュディさんに、「喜んでもらって嬉しいです」と瀬下さん。意気投合し、雛人形について語り合いました。
あれから4年。「ホテル雅叙園東京」では、コロナ禍で自粛していた「百段雛まつり」を4年ぶりに開催。瀬下さん監修の下、約800体の人形を使い、総勢20名で3日かけて飾り付けをしました。今回は、瀬下さんの次男で人形研究家の嘉浩さんとの共同制作です。
テーマは、大河ドラマで注目されている紫式部原作の平安絵巻「源氏物語」。主人公・光源氏が「青海波」という舞を披露する有名な場面や、平安時代に実際にあった、五穀豊穣を祈願する「五節の舞」も再現しています。
最後に、瀬下さんはジュディさんに、「ホテル雅叙園東京が取り持ってくれた縁です。私一生忘れませんから、ぜひぜひ来てください」と呼びかけました。
ここで、全国の雛祭りを紹介!(※放送当時)
まずは、福岡県柳川市の「柳川雛祭りさげもんめぐり」。「さげもん」とは、布細工や鮮やかな糸で巻いた「柳川まり」を組み合わせて吊るしたもので、雛人形と一緒に飾るのが伝統です。さげもんには、一つ一つに「食べ物に困らないように」などの意味が込められているそう。
続いては静岡県袋井市。室町時代に創建されたお寺「可睡斎」で行われる雛祭りでは、国の登録有形文化財「瑞龍閣」の大広間に雛人形が飾られます。その数、なんと1200体以上!

埼玉県鴻巣市。「鴻巣びっくりひな祭り」では、メイン会場のショッピングモールに、31段、高さ7メートルのピラミッド型の雛壇が設置されます。
さらに、同じ埼玉県の岩槻で行われるのが「人形のまち岩槻 まちかど雛めぐり」。神社の石段を使用した雛飾りなど、街全体が雛祭り一色に。実は埼玉県は、雛人形の生産が日本一。岩槻周辺は、江戸時代から材料の元となる桐工芸の産地で、人形作りが盛んに。現在も、約53軒の人形店があります。!
岩槻を舞台にした、人形職人を目指す高校生が主人公のマンガもブームに。その原作者が主人公を描く際に参考にしたのが、90年の歴史がある「鈴木人形」の三代目・鈴木慶章さん。豹柄の着物を身に纏った現代風の雛人形、通称“ギャル雛”なども作っています。
匠の技が続々! 人形が繋いだ奇跡の巡り合わせも
続いてジュディさんが向かったのは、京都。「京都の職人さんの繊細な仕事を見てみたい」というジュディさんの熱意を伝えたところ、有職京人形司の大橋弌峰さんに協力していただけることに。この道60年以上、2010年には瑞宝単光章を受勲した、京人形司の第一人者です。
大橋さんは、各時代に流行した雛人形を復元できる数少ない京人形司の一人。お店の2階には、享保雛や古今雛などさまざまな種類の雛人形が並びます。奥の部屋には、有職雛の5段飾りが。お値段は約700万円!
ここで大橋さんから、意外と知られていない飾り付けのルールを説明していただきます。
男雛の位置は、京都の紫宸殿にならい、向かって右側。「君子南面す」といい、南側に向かって座った東側が上座になります。
向かって右側の上手は、位の高い人や目上の人が立つ位置で、表す方角は東。史実に忠実な有職雛では、桜の花も東の太陽が当たる右側は花が咲き、日陰はつぼみになっています。
東京では左右が逆ですが、これは大正天皇が催事の際、西洋のスタイルにならい、向かって左に立ったことから。お雛様を飾る時にもこのスタイルが取り入れられ、5年前に行われた「即位礼正殿の儀」でも、向かって左に天皇陛下が。そのため現在は、お雛様を飾る際、どちらでも間違いではないそう。

そんな雛人形、京都では分業制で作られており、顔・髪・手・体の4つのパーツを、それぞれ専門の職人さんが手作り。大橋さんはいわば総責任者で、組み立てと体、仕上げを担当。その他のパーツは、製作を依頼しています。
まずは人形の指先に魂を吹き込む手足師の元へ。この道40年以上の手足職人・澤野正さんは、手足だけを専門に作る京都で唯一の職人。早速、手を作るところを見せていただきます。
最初は桐の木をノミで削り、穴を開け、のりをつけた針金を挿し込む作業から。針金を曲げながら切っていくと、徐々に指の形になっていきます。ここから手の甲、手首、手のひらを形作り、左右の手の骨格が完成。
出来上がった手の骨格に塗るのは、牡蠣などの貝殻で作った、胡粉という日本古来の顔料。胡粉の色は、日本人が好きな色味だそう。塗り終わると1日乾燥させ、また塗っては乾燥を繰り返すこと3日。丸みを帯びた手になってきました。

ここからが仕上げ。丁寧に指の一本一本を彫り、繊細な息遣いで削った粉を吹き飛ばしながら指の形を作ります。さらに、人形が完成した時には隠れてしまう手のひらまで。ジュディさんは「そこまでこだわって仕事しているんですね」と感動!
卓越した技術で、指先から手のひらまで一切妥協はなし。指の幅はわずか2ミリ、爪も慎重に仕上げて化粧を施せば、雛人形の手が完成。
普段なかなか意識されることのない雛人形の手。「目立たせない、意識させない」のがいい仕事だと語る澤野さんに、「素晴らしい手が作れないと、素晴らしい人形は作れないです。手がダメだと台無しになると思います」と伝えるジュディさん。すると澤野さん、「そんなこと言ってもらったのは初めてです。ありがとうございます!」と話してくださいました。
続いては、3000以上も筆入れをして顔を作る、頭師の元へ。100年以上前から雛人形の顔を作る家系の四代目・川瀬猪山さんに作業を見せていただきます。
材料は、桐の木屑とのりを混ぜ合わせたもの。これを専用の顔型に、空気が入らないように詰めます。成形したものを1日乾燥させたら、いよいよ顔作りのスタート。

取り出したのは、ガラスでできた目玉。この目玉を顔に付け、胡粉を顔全体に塗ります。
目の上にも塗り、乾燥を繰り返すこと14回。かかる日数は約1週間! 1回目と14回目を比べると、柔らかな表情が出てきました。
そして、ここからが最も気を遣う作業。表面を削って目を作っていきます。「ちょっとした小刀の入れ様で表情がガラッと変わります」と猪山さん。削る部分が1ミリずれると表情が変わってしまい、ガラスの目玉に少しでも刃が触れると全てが台無しに。
隠れていた目が出て、優しい上品なお顔になってきたら、仕上げにお化粧を。筆入れの回数は、なんと3000回以上! 30種類もの筆を、生え際や眉毛など用途によって使い分けます。この筆は、全て猪山さんの手作りだそう。
最後に真っ赤な口紅を差し、雛人形の顔が完成。型で骨格を起こすところから完成まで、約2週間かかります。
ここで、ジュディさんがある人形に目を留めます。伝統的な技法で昔から作っているもので、昔は海外向けに販売していたとか。するとジュディさん、思い当たることが。自身が持っている人形の写真を猪山さんに見ていただくと、「この人形はウチの」と驚き、思わず涙が…。
「それは間違いなくウチのです。先々代とおばあさんが作ったものです」と教えてくださいました。
70年以上前に、先々代とその奥様が製作した浮世絵人形。ニッポンの人形の良さを海外にも伝えたいという思いで、試行錯誤の末に完成させたもの。猪山さんは、駆け出しの頃に先代から2人の苦労話をよく聞いていたそう。

完成した浮世絵人形は100体ほど。そんな稀少な人形を、偶然にもジュディさんが持っていたのです。「初めて持っている方にお会いできて本当に嬉しいです」と猪山さん。妻の弘子さんも「ジュディさんが持ってるの? 嬉しい!」「良かった、ほんまにハッピーよ!」と大興奮。人形を愛する人たちの縁が繋がりました。
別れの時。雛人形の顔をいただき、大感激のジュディさん。「生徒さんにいろいろ見せてあげてください」と話す猪山さんに「もちろんです! 授業で使わせてもらいます」と伝え、ハグを交わしました。
続いては、人形の美容師である髪付師のもとへ。職人歴30年以上の井上正幸さんに、作業を見せていただきます。
髪の毛に使うのは、黒く染めた絹糸。この糸を20センチの長さに切りそろえ、人形の頭の生え際に溝を彫っていきます。そろえた毛先にのりをつけて頭に貼り付けたら、先ほどの溝に髪を押し込みます。
ここで取り出したのが、髪型を決める型紙。これを頭に貼ってのりをつけたら、ここからが髪付師最大の見せ場。髪を整えながら型紙に貼り付けていきます。少しでも髪が乱れると、やり直しはできません。糊が白く固まる前に手早く、慎重に進めていきます。
こうして、頭師が描いた生え際と一体となった美しい日本髪に。
井上さんによると、一番難しいところは生え際。正面から見て左右対称に見えるように仕上げる、バランスの取り方が難しいとか。

頭師の作った顔は、実は、左右対称ではありません。髪を植え付ける時に、左右対称に見えるよう調節しながらセットしていくのが、髪付師の腕の見せ所なのです。髪型を整えたら飾りを付け、艶やかな雛人形の顔が完成しました。
あれから4年。手足師、頭師、髪付師の皆さんのもとへ。今も京都唯一の手足師として、創作活動をしている澤野さん。根を詰める仕事のため、合間にダンベル上げで気分転換をしているそう。
髪付師の井上さんは、4年間でお孫さんが2人増えるという嬉しい出来事が。お孫さんの雛人形は、もちろん井上さんが髪付したものです。
頭師の猪山さんは、仕事ぶりが評価され、去年、卓越した技能を持つ「現代の名工」として厚生労働省に認定されました。
4年前の放送後には、驚きの出来事が! 偶然ジュディさんが所有していたことが判明した、先々代とその奥様が製作した貴重な浮世絵人形。この人形が、放送を観た視聴者の皆さんから“里帰り”として送られてきたそうです。
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時は戻って4年前。京人形司の大橋さんに、いよいよパーツを組み合わせて人形の姿にする、仕上げの工程を見せていただきます。

まずは体の土台作りから。材料は、畳にも使うイグサ。明治時代の和紙にのりをつけ、土台に貼り付けていきます。和紙は洋紙に比べて破れにくいそう。100年以上昔の和紙を探しているそうですが、だんだん無くなってきているとのこと。
紙が貴重だった明治時代は、和紙をすく技術に優れていたため、薄くて丈夫なものが生産されていたとか。現在では、1キロ約1万円もする高級品です。
この紙を袋状にして、中にもみ殻を入れます。動物の骨などから抽出した日本古来の接着剤「ニカワ」をつけて、口を閉じれば土台の出来上がり。この後、袴を履かせて襟をつけ、針金を通して腕を作っていきます。
雛人形に使われる着物の生地は、西陣織。本物の着物と同じように仕立ててもらっているそうで、ジュディさんは「素晴らしいですね! とても美しい」とコメント。人形用に模様も小さく注文した特注品で、70万円するものも!
常に40種類以上の生地をストックし、その生地から十二単を製作。どんな注文が来ても、すぐ作れるように用意しているのです。出来上がった十二単を人形に着せたら、手足師の澤野さんが作った手を取り付けます。

続いては、大橋さんが最も気を遣う、腕折り(かいなおり)という工程。腕をたたむ作業は一発勝負なので、失敗が許されません。「二の腕の曲がり方が一番重要です。それで人形の良し悪しが決まります」と大橋さん。
バランスを見て調整しながら、長年の経験と勘で、慎重に少しずつ腕を曲げていきます。今でもこの工程だけは、他の従業員には任せないそう。
最後に頭師の猪山さん、髪付師の井上さんが作った顔を挿せば、完成! 大橋さんは「顔を活かすのは胴で、胴を活かすのは顔。全体のバランスが良くていい人形になる」と話します。

ここまでの工程を見学したジュディさんは、完成した雛人形を見て感動! 「とても美しいです。分業して作っている意味がよくわかりました」と話しました。
そして別れの時。お土産に小さな雛人形と、人形に使っている西陣織の生地をいただいたジュディさん。大橋さんと握手を交わし、お店を後にしました。
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あれから4年。大橋さんを訪ねると、放送後に視聴者の皆さんから、「雛人形に使ってほしい」と、貴重な和紙が送られてきたことを教えてくださいました。さらに、大橋さんの長男で三代目の義之さんが、今までにない新たな京人形を完成させたとか。
新たな京人形とは、源氏絵巻を再現したもの。義之さんによると、雛人形は飾る時期が桃の節句の時期に限られるため、年中飾ってもらえるように、そして日本の装束を広めたいと思い、作ったそう。
大橋さんは義之さんに、「よくやっているなと見ていました。奥が深いので、まだまだ勉強してほしい」とエールを送りました。

一方、初来日から4年。アメリカのジュディさんは、帰国後も雛人形愛が増すばかり。
ニッポンに行く前は人形の歴史について興味があったため、アンティークばかり集めていましたが、帰国後は、最近作られた雛人形に興味が湧いてきたそう。新たにネットオークションで購入した内裏雛や五人囃子の、人間性を感じられる表情が気に入っているとか。
女の子のお孫さんには、毎年3月に雛人形をプレゼント。雛祭りをしていると教えてくれました。
そんなジュディさん、雛人形の素晴らしさを広めるべく、新たな挑戦をしていました。
去年から雛人形のオンライン講座を開講。教材は、猪山さんにいただいた雛人形の頭や、大橋さんにいただいた西陣織です。「ありがたいことに受講者も順調に増えています。雛人形の素晴らしさがアメリカでも伝わってとても嬉しいです!」と話します。
ここで、ジュディさんからのビデオレターを、お世話になった皆さんに観ていただくことに。
まずは、井上さんと澤野さんに「お二人の技術にとても感動しました。大橋先生が雛人形を仕上げていますが、専門職人がいないと成立しない世界なのだと衝撃を受けました」とメッセージを。

猪山さんには、「こちらは私が持っているお祖父様が作った人形です。ずっと大切にします」と浮世絵人形をお披露目。さらに、「いただいた頭は授業に使わせてもらっています」と伝えると「また何か送ってあげなあかんな」と猪山さん。
最後に「大橋さんの雛人形作りを見た経験は、雛人形を教える私の基礎になっています。ありがとうございました」と感謝を伝えるジュディさん。大橋さんは「こういう文化を、日本の京人形いうものを広げていただいたら嬉しいですね」と話してくださいました。
ジュディさんをニッポンにご招待したら、雛人形への情熱がさらに増し、多くの人たちにその素晴らしさ広める活動を行っていました!
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