72ホールを通して果敢にピンを狙い続けた(撮影:上山敬太)

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<日本オープン 最終日◇23日◇三甲ゴルフ倶楽部 ジャパンコース(兵庫県)◇7178ヤード・パー70>
とんでもないことが起きた。プロたちが「一度は獲りたい」とピークを合わせてくるナショナルオープンで、21歳のアマチュアが勝ってしまった。蝉川泰果(東北福祉大4年)は最終日こそ、トリプルボギーを打つなど「73」とスコアを落としたが、日本オープンらしいタフなセッティングの中で、唯一の2ケタアンダーを叩き出し、完全にコースもプロたちもねじ伏せた。
近年では、石川遼にはじまり、松山英樹、金谷拓実、中島啓太、蝉川とアマチュアがツアーで勝つことは珍しくなくなったが、日本オープンでアマチュアが勝つのは1927年以来、95年ぶりの快挙。松山も金谷もアマチュア時代に優勝争いこそしたが、この日本タイトルには手が届かなかった。
日本オープンのような狭いフェアウェイ、深いラフ、硬いグリーン、厳しいピンポジションで戦う上では、「ボギーはしょうがない、いかにダブルボギーをうたないようにするか」というリスクマネジメントが大事とプロたちは口を揃える。今大会も最終的にアンダーパーが5人しかいなかった。日本オープンは過酷な戦いの“はず”なのだ。そのなかで一時はトータル15アンダーまで伸ばし、最終的にトータル10アンダーでの優勝は“異次元”のプレーだったと言ってもいい。
しかし、蝉川はボギーを怖れずにピンを攻め続けた。最終18番ティでは2位の比嘉一貴に2打差まで迫られていたが、当たり前のようにドライバーを強振しフェアウェイをとらえる。最終日の18番のピンポジションは左右の幅が狭い一番奥の難しいところで、バーディは5人だけ。蝉川のセカンドはピンまで残り167ヤード。無理せず確実に乗せて、2パットならほぼ優勝という場面だった。「すごく狭いサイドにピンが切ってあって、乗せれば勝ちかなと思った」。蝉川もそう考えた。
ところがここでもそれまでの71ホールと同じように、「あれだけのギャラリーが見ているんだったらピタッといきたい」と蝉川は果敢にピンを狙う。しかし、8番アイアンをしっかり振り抜いたセカンドショットは「引っかかってしまった」と左のバンカーへ。3打目のやや左足下がりの難しいバンカーショットは、ピンをオーバーしてエッジまで転がった。
ただ、比嘉がバーディパットを外したため、エッジからの5メートルを2つで沈めれば優勝という状況に変わる。パターで確実に寄せてボギーで良かった。しかし蝉川はこれを沈めてミラクルパーセーブ。大きなガッツポーズで喜びを表現した。優勝がかかったどんな選手でも緊張する場面で、「2パットとは考えていたんですけど、ワンパットでいければいいという気持ちは60%くらいありました。ああいったパーパットが入るということは、自分は持っているなと感じました」と言ってのける。
最終18番のプレーに蝉川のやりたいゴルフが凝縮されていた。そんな彼が意識しているのは「ギャラリー目線」だ。バーディ、ボギーで追いつかれる18番では「バーディを獲ることしか考えていませんでした。普通にセーフティに打って手前に乗せて優勝というかたちよりも、攻めていった結果がダメでもギャラリーの方は絶対評価してくれる」とセカンドショットで果敢にピンを狙った理由を明かす。
さらに、この大事な日本タイトルがかかった最終日に「自分が勝ちに徹するゴルフよりも、観に来てくれている人に、面白いと思ってもらえることを一番に考えてプレーしていました」というのだ。自分よりもギャラリー。優勝インタビューではあまり聞いたことがない。
「あれだけのギャラリーの方が見ているなかで、自分がセーフティに打って面白くない戦いをしたら、やっぱりギャラリーの方は離れていくんだろうなと。ギャラリーの方の目線で考えると、すごいプレーを観に来てくれていると思うので、1打でもアマチュアの方が打てないショットだったり、アプローチだったりを観てもらいたい。それで沸いてもらえると自分自身もすごく楽しい。これからも面白いゴルフをやっていきたいと思います」
地元兵庫の開催ということもあり、蝉川の組には多くのギャラリーがついた。彼自身はまだアマチュアなのだが、一般アマチュアのエンジョイゴルフでは、聞くことのないドライバーのすさまじいインパクト音にボールが風を切り裂く音、見たことのないめくれ上がっていく高い弾道のアイアンショットは、多くのギャラリーを魅了し記憶に残ったに違いない。
次のツアー出場は再び地元兵庫で行われる「マイナビABCチャンピオンシップ」(11月3〜6日)。歴史的快挙を目撃した人たちが、再び会場に足を運ぶことになりそうだ。
<ゴルフ情報ALBA.Net>