※この記事は2011年07月30日にBLOGOSで公開されたものです

対談を終えた佐藤優氏と石川知裕氏(撮影:野原誠治) 写真一覧

平成の『悪党』はこう作られた~マスメディアと東京地検特捜部~


長年秘書として仕えた小沢一郎氏の素顔を明かした著書「悪党―小沢一郎に仕えて」(朝日新聞出版)が発売5日目で3刷が決まり、政治家本としては異例のヒットを記録している石川知裕・衆議院議員。

石川氏は小沢氏の政治資金管理団体「陸山会」の土地取引をめぐる事件で逮捕・起訴され、7月20日の公判では検察が禁錮2年を求刑。

一方で東京地裁は検察側が自白であるとした調書の一部について証拠採用しないことを決定しており、公判の行方に注目が集まっている。

今回、BLOGOSではそんな渦中の石川氏と、また自らも東京地検に逮捕・起訴された経験を持つ元外交官で作家の佐藤優氏を迎え、「平成の『悪党』はこう作られた~マスメディアと東京地検特捜部~」と題した対談を行っていただいた。

知られざる小沢氏の姿や拘置所での生活、そして現在の政治が抱える問題点まで、様々な話題が飛び出した対談の模様をお送りする。

■ 出演者プロフィール


画像を見る石川知裕(いしかわ ともひろ)
1973年生まれ。衆議院議員(民主党所属)。大学卒業後、小沢一郎氏の秘書を経て、2007年、衆議院議員に繰り上げ当選。2009年8月に行われた第45回衆議院議員総選挙で再選、現在二期目を務める。
2010年1月、小沢氏の秘書時代における「陸山会」土地購入問題で東京地検特捜部に公設第一秘書の大久保隆規氏や元私設秘書らと共に逮捕・起訴され、現在公判中。
2011年7月に小沢一郎氏について明かした初の著書「悪党―小沢一郎に仕えて」(朝日新聞出版)を発表、同書が現在ベストセラーとなっている。

・■ 石川ともひろ ウェブサイト ■


画像を見る佐藤優(さとう まさる)
1960年生まれ。作家。1985年に外務省に入省後、在ロシア日本大使館勤務などを経て、1998年、国際情報局分析第一課主任分析官に就任。
2002年、鈴木宗男衆議院議員を巡る事件に絡む背任容疑で逮捕・起訴。捜査の過程や拘留中の模様を記録した著書「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社、第59回毎日出版文化賞特別賞受賞)、「獄中記」(岩波書店)が話題を呼んだ。
2009年、懲役2年6ヶ月・執行猶予4年の有罪判決が確定し外務省を失職。現在は作家として、日本の政治・外交問題について講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。近著に「3.11 クライシス!」(マガジンハウス)がある。


■アーカイブ映像




「禁錮2年」の求刑は検察のシグナル


石川知裕(以下、石川):こんばんは。衆議院議員無所属の石川知裕です。7月20日、検察側からの論告求刑において、禁固2年が下されました。この2年間、西松事件から始まった陸山会事件、この中で検察とマスメディアが、どのような動きをしてきたのか。先日、『悪党ー小沢一郎に仕えて』を出版しましたので、佐藤優さんと『平成の悪党はこうして作られた』をテーマに、対談を行ないたいと思います。

佐藤優(以下、佐藤):私は6月30日に折り返し地点を超えましたよ。というのも、私は最高裁で懲役2年6カ月が確定しまして、2013年6月30日に執行猶予が切れるんです。それまでは本籍地は刑務所にあって、今ここにおりますのは仮の姿です。今回、石川さんは禁固2年を求刑されたわけですが、実は業界的に、「禁固」は面白いんですよ。

石川:面白いというと?

佐藤:検察が『ムショにぶち込んでやる!』という時は、3年以上を求刑してくるんです。つまり、2年というのは『執行猶予でもいい』ということ。シグナルなんですよね。つまり、思ったよりも検察は腰が引けているというのが、石川さんの論告求刑に関する私の印象です。

石川:大久保隆規さん(小沢氏の元公設第一秘書。石川氏と共に逮捕・起訴された。)は、3年6カ月だから......。

佐藤:それは『お務めに行ってくれ』ということ。実は3年というのが、大きな分かれ目なんです。業界内の目安なんですよ。禁固2年が、懲役1年に値します。禁固はあまりないんですよ。例えば皆さんでも、禁固刑を科された方はあまりいないはず。禁固刑で刑務所に行くのは、だいたい交通事故関係。交通事故を2度と起さないための講習が中心で、懲役の労働がないんです。

使い心地が良い「刑務所の石鹸」

石川:実際に禁固を科されても、懲役に変えてくれと頼む人がいるようですが。

佐藤:正確に言うと、誓願労働というのがあります。つまりお願いして、仕事をさせてもらう。東京拘置所に入った時、部屋にマニュアルがあったでしょう?

石川:ありました。

佐藤::あのマニュアルには誓願作業という項目があって、そこに書いてありますよ。私はあのマニュアルをコピーして、外に出したいと思ったんです。そうしたら拘置所の職員の人が『駄目だ』というんで、ノートに全部写した.。

石川:「獄中記」で、そのことを書かれていましたよね。

佐藤:「獄中記」の岩波現代文庫版には、私が書き写してきた『獄中での生活の手引き』が付いてます。そこに、この誓願作業の説明も書きました。実は、私は刑務所で作られた製品を愛用しているんです。例えばノートならば、『府中ノート』なんてものがあります。これは通販で買えるんですが、懐かしくて今も使ってるんですよ。
実は今探しているのが石鹸なんです。洗濯用の石鹸は、通販や共生店で買えるんですが、あの中で使っていた『横須賀』って書いてある石鹸が欲しい。おそらく横須賀刑務所で作られているはずなんですが。どこにないか、探しています。

石川:私なんか、拘置所から持ち帰った石鹸なんて、なくなってホッとしましたけれどね(笑)。

佐藤:拘置所は差し入れがあるでしょう。中で配られている石鹸は使いましたか?

石川:そうですね、差し入れでもらった花王とか使っていたかな。

佐藤:差し入れが入らない人のために、白い石鹸があるんです。これが横須賀石鹸。最初の数日間使っていたんですけれど、使い心地が良い。だから、『一切石鹸は差し入れするな』って言って(笑)。
それからもうひとつ、『熱海』という石鹸もあるんです。熱海には刑務所はないはずなんですが、これは灰色の洗濯用でした。......おっとこんな話を続けていて、肝心の政治の話ができていませんでしたね(笑)。

石川:拘置所に入る予定の方は、よく読んで準備して下さい。

ロシアでの小沢一郎


佐藤:今回、『悪党』を読みましたが、本当に正直に書けていますね。

石川:比較的、小沢さんに遠慮せずに書けましたし、自分の気持ちをそのまま表せたと思っています。

佐藤:小沢さんは読んでいますかね?

石川:あまり本を読まない人なんで、読んでいないと思います。

佐藤:もし読んだら、どんな反応をすると思います?

石川:以前、AERAの記事を持って行って、『本を書きます』と言ったんですが、その時もほとんど読んでいなかった。例え読んだとしても、『う~ん......』と黙ってるんじゃないかな。

佐藤:黙っていると思うんだよね。実はこの本の中で、私と小沢さんの関係について、今まで私が話していなかったことが書かれているんです。
それは1994年5月、小沢さんが奥様と一緒にモスクワに立ち寄られた時のことです。私はアテンド係を担当していて、その後しばらく、小沢さんの所にモスクワから連絡を入れる仕事もやっていたんです。

石川:ロシアのミハイル・ザドルノフ元財務大臣が来日した時、画家の村山さんから、小沢さんに会って欲しいと言われたんです。それで『ザドルノフがどんな人か、佐藤優君に聞きなさい』と言われたのが、最初に佐藤さんとコンタクトを取った経緯ですね。

佐藤:電話頂いて、出向いてくると言われたんですけれど、その必要はないと。『ザドルノフは有望な人で、ロシアの中ではヤブリンスキーブロックに属している。ボリス・エリツィン氏とは距離があるが、実務家として高く評価されている。自民党の桜井(新)との関係が深い』。そんな情報を、ファックスで石川さんに送った記憶があります。

石川:以来、私が逮捕される直前まではご縁がなかった訳ですが。

佐藤:外交官や官僚は、どうしても時の政権与党と付き合います。私の場合は北方領土の件を進めるとなると、どうしても自民党との関係が中心でした。ただ、小沢さんの所にも96年までは行っていたなぁ......。96年のロシアの大統領選挙の結果報告をした記憶がありますから。

石川:当時、私はまだ書生です。96年は新進党になってからですね。

佐藤:モスクワで、小沢さんとシベリア餃子(水餃子)を食べたんです。奥様もいて、『あまり油強くないですか?』って聞かれて。ウォッカもかなり飲みました。大使館の連中もいたけれど、小沢先生はボトル2/3くらいは飲んでましたよ。

石川:あまり洋酒を飲むイメージはないですね。

佐藤:『これは美味い』とおっしゃって、ロシアにいる時は、ずっとウォッカで通してましたよ。

石川:郷に居れば郷に従えで、現地のお酒を飲んでいたんですね。

佐藤:その時、こう言われたんです。『ロシア人は約束を守るか?』と。これはポイントの質問なんです。私は『なかなか約束しないが、した約束は守る』と答えました。そして、『ゲンナジー・ブルブリスは頭がいいな......』と。
ブルブリスはロシアの国務長官をやっていて、北方領土返還をロシアで最初に主張した人なんです。『北方領土はスターリンが日本から奪い取ったものだ。現在のロシアの課題はスターリン主義的なソ連の負の遺産から脱却すること。それが国内における民主化であり、市場経済化だ。かつてソ連がやっていたような、大国主義外交や侵略外交を自発的に克服することが、ロシアの国益に貢献する。あんな過疎の島は、日本人がいらないと言っても、ロシアは返さないといけない。それによって国際的な地位は向上する』。
そんな話をブルブリスはしていました。

石川:ロシア高官がそのような発言をするのは、珍しいですよね。

佐藤:彼が天才的に頭が良かったからでしょう。来日した時に、彼は小沢さんにも会っています。小沢さんも、『あの男は実に頭がいい。ロシアの国益をよく分かってる』と言っていたことが印象に残っています。だから私は期待していたんです。当時は羽田(孜)政権の時でした。小沢さんの流れで行けば、北方領土は相当動くだろうと。


鈴木宗男と小沢一郎


佐藤:面白かったのは、小沢さんは鈴木宗男さんの話もしていたんですよ。
『鈴木宗男氏は自民党の人だけれど、地元として本当に一所懸命この問題に取り組んでいる』と。
その後、7月くらいに自民党の代表団がロシアに来たら、『小沢の野郎ぶっ飛ばしてやる。モスクワで何をしていたのか。誰なんだ担当したのは?』って言われたんですけれどね(笑)。大使館の連中も、私(佐藤)がやっていたなんて、口は割らない。
その後、鈴木さんがロシアに来た時も、小沢さんの話をしていました。『小沢さんたちと、自分がやろうとしていることは、方向性は同じ。ただ、問題はスピードなんだ。小沢さんは速過ぎる』って。

石川:北方領土の問題だけでなく?

佐藤:政治改革も含めてですね。『今の自民党のままでは駄目なんだ。だから、村山富一には票を入れなかった』と、鈴木さんは言っていた。2回とも首班指名で海部(俊樹)に入れたのは、実は小沢さんのやっている方向性が、基本的に正しいと思っていたからだった。

石川:鈴木さんが、海部さんに投票した事実は、あまり知られていませんね。

佐藤:2回も票を入れた人は鈴木さんだけだった。その時に、ある外務官僚から鈴木さんの所に手紙が届いたんです。『感動しました。素晴らしいです。これが政治家のありかたです』と。
これを送ったのが、丹波という人で、私は、彼と戦争しているんです(笑)。最近、彼が『我が外交』という、『人生には悔いはあるが、恥はない』という、恥の固まりみたいな本を書いて(笑)。でも、鈴木宗男に関する記述はまったくなかった。

石川:私も購入しましたが、まったく記述はありませんでした。

佐藤:小沢さんとの関係も、『私は小沢に近いと言われて迷惑だ』と。手を擦り足を擦り近づいてね。本の宣伝になるのはよくないけれど、マスコミ操作術とか、色々書いてあるんですよ。

石川:小沢さんに関しては、『いつも怒鳴る人だ』と書いていましたね。

佐藤:『NHKの記者を上手く使え』なんて書いてあるんですけれど、私はその現場を知ってるんです。『小沢が私を利用したんですよ。野中(広務)先生にちゃんとつないで下さい!』なんて、鈴木さんに言ってる。『君からも言ってくれ』なんて私にも言われたりしてね。それでNHKの記者に頼んで、アポを取付けてもらった。それで『自分は反小沢だ』と散々アピールしていた。
写真一覧

秘書が見た小沢一郎の裸


佐藤:ところで、小沢さんについてですが、政治家が一番隠したがるのは健康の話です。今回、『悪党』には、その辺りもしっかり書いてあった。小沢さんの裸の姿を何度も見た事があるんですね?

石川:そうですね。書生の時は、風呂上がりを見ますから。都市伝説に『イギリスに行って心臓手術をやった』とか、『小沢の胸には心臓出術の傷がある』なんて言われていましたが、そんな傷はまったくなかった。こうした都市伝説をひとつひとつ正して行くべきです。

佐藤:ただ、心臓病は間違いないんでしょ。

石川:心臓病は持っています。私が事務所に入る前に心筋梗塞をやっているはずです。スーツの左ポケットに、ニトログリセリンが入ってますよね。

佐藤:それから印象に残ったのが、小沢さんと一緒に食事しても、彼は手酌なんですね。『お注ぎします、先生』と言われると、『いや、計ってるから』って。

石川:必ずビールもお銚子も、自分で何本飲んだか分かるように計ってます。私もふたりで飲みに行った場合は、お互いに手酌です。

佐藤:石川さんに教えてもらったんだけれど、小沢さんは医者から3つのうち2つを止めろと言われたんでしょ?

石川:肉とタバコと酒です。心臓病を患った後、酒は人生の楽しみだから止められない。それで、タバコと肉を止めました。でも、節目節目のトンカツは食べてましたが。

佐藤:せっかくこういった機会ですので、Twitterで質問を受け付けます。キツい質問でも、できるだけ逃げませんから、是非送って下さい。双方向性を担保したいと思いますので。

さて、小沢さんの所でお仕えしていた石川さんですが、本の中に面白いエピソードがありました。小沢さんがゴミ箱をあさって、捨てられたレトルトカレーを見つけて来て、『なんで、捨てたんだ!』って叱られる。

石川:あれはビックリしましたね。蓼科の別荘での出来事なんですが、賞味期限が切れていたし、当然ゴミ箱に捨てるでしょう? 一年に1回しか、そこに行かないんですよ。だから棚にあるものを整理して捨てていたら、後からそれを持ち出して、ネチネチ虐めるわけですよ。『確かめれば、食べられるだろう』とね。

佐藤:小沢さんって、ケチなの?

石川:ん~、ケチと言えば、ケチですけれど。

佐藤:でも、石川さんだって、今回の事件では4億円ものお金が、ズズズッと出てきた訳でしょう? そんな大金が行ったり来たりしている状況で、捨てたカレーを持ち出して来るのか......(笑)。

石川:本にも書きましたけれど、締めるところは締めて、使う所は使えと。

佐藤:カレーに関しては、締める所と認識している訳ですね。

石川:あと言われていたのが、『人とは、実際に会って自分で判断しろ』と。つまり、カレーも自分で味見して確かめるべきだった。このような教訓めいたことを教えたかったんでしょう。でも、まさかゴミ箱から、取り出して来るとは思いもよりませんでしたが(笑)。

佐藤:ゴミ箱チェックをしてるって事ですよね。猜疑心が相当強いのかな。

石川:そうですね。後藤謙次(共同通信社元記者)さんの本にも、猜疑心の事が書かれていました。例えば、メール事件(2006年の堀江メール事件)がありましたよね。小沢さんだったら、あのような事にはならなかったと思います。二重チェック、三重チェックでその人物を調べていたと、当時も思いましたから。

仙谷由人と小沢一郎


佐藤:前原(誠司)さんは、メール事件を反省していて、以降は状況をチェックするようになったようです。要するに野田(佳彦)さんの所から来たため、情報に文句をつけてしまうと、野田さんとの関係がギクシャクすると、前原さんは考えてしまった。でも、情報分析はそれでは駄目なんですよ。

石川:政治家は、人間関係を大切にしないといけないですから、当然ではあるんですが。小沢さんは修羅場をくぐっているので、他の角度からチェックすることをしますよね。

佐藤:今、小沢さんの一番の天敵といえば仙谷(由人)さんでしょう。

石川:間違いなくそうですね。

佐藤:私はこの本の価値を高めたのは、仙谷評だと思うんですよ。

小沢頼みから脱却しなければならないと、仙谷さんは言っている。我々ひとりひとりの政治家は、自分自身の考え方をまとめ、小沢一郎への依存から脱却し、自らが政策をかかげ、それが日本の指針となるような、または対立軸となるようなものを、作り上げなければならない時期にきている

「悪党」より

おそらく、小沢グループと言われている人たちの中で、仙谷さんの言っていることを『これはフェアだ』なんて言える人はいないと思う。
しかし、そのあとに『一度、小沢一郎に総理大臣をやらせてみたいと思っている国民が多いのも事実である』と続けているけれど。その国民のひとりが、石川さんであるのは間違いない。
今の民主党の混乱について、小沢側にいるひとりの政治家として、そしてバランスの取れた『仙谷観』を持っているひとりとして、どのように見てる?

石川:離党してさらによく見えるようになりました。民主党の中で、小沢さんの考え方そのものを分かっていて、小沢さんを支持している人はあまりいないんです。自分の考えがないから、『力のある小沢さんだろう』と考えて、小沢グループにいる人たちも少なくない。彼らは自分の頭で考えていません。
仙谷さんは民主党の中に何かしら『小沢神話』があると指摘しています。メール事件の後、小沢が出てきて終息させた。政権交代の時も小沢が出てきた。それ以前に新生党を作った時と同じようにです。神話信仰から、脱却しなければならない。
でも一方で、野党時代に安定的な党運営を行なっていたのも小沢さんでした。私は彼に1回首相をやらせてみたいと最後に書いたのは、私の本音です。事実、そのような気持ちを持った人が、ある程度はいるんじゃないかと思っています。

佐藤:そのような若手が増えてくれば、民主党ももう少しまともになると思う。私はこの『悪党』という本が、そのような読まれ方をして欲しいと思っています。つまり、民主党の小沢派の人たちは、小沢さんをもっと突き放して見る。彼がどのような機能を果たしているかと。少なくとも悪党の一味であることを、きちんと認識しなければならない。反小沢派は、とにかく小沢を怖がらずに、小沢と言うのは一体なんなのか、小沢の内在論理を見て欲しい。

石川:結局、親小沢というのは自分で味を確かめないで、ただ『これは美味しいから』って思い込んでいるんです。

佐藤:そんな奴は絶対に後で裏切るから。

”酷い人間模様”

佐藤:鈴木宗男さんが全盛時、赤坂のステーキハウスで『ムネムネ会』が開かれたんです。これはその後、鈴木会につながる派閥横断のグループでした。経世会の小渕派・橋本派の中にあって。
当時、鈴木さんは橋本さんの事を、どこまで尊敬していたのか分からない(笑)。いつも『ポマード』とか呼んでいたし。橋本さんも『こら、鈴木!』なんて怒鳴ってたしね。小渕さんも『おい、鈴木~!』って感じだったから、可愛がられている子分という雰囲気ではなかった。

でも、このムネムネ会は本当に結束が固かった。ある時、こんな事がありました。チェチェン情勢の説明のために、赤坂のステーキハウスに行ったんです。そしたら、みんなでワインの一気飲みをやっていた。『先生を総裁に!』って気勢を上げているんです。
すると、ひとりの国会議員が私にからんできた。『君たちみたいな官僚は、鈴木総裁に忠誠を誓っているように見えても、何かキツいことがあったら必ず裏切るだろ』って。そうしたら、鈴木さんが血相を変えて、『あんた、今何を言ったんだ。佐藤さんは本当に一生懸命やっている』って言ってくれた。
お開きになった後、非常に珍しいことなんだけれど、鈴木さんに『佐藤さん、少し時間があるか? ふたりで飲もうや』って誘われて、赤坂の細い通りにある......。 

石川:TBS通りをスッと左に入った......。

佐藤:そうそう、その辺りを歩いていたら、『今日はすまなかったな。不愉快な思いをさせてしまった。絡んだ奴はきっと裏切る』と言っていた。
あの時、鈴木さんがえらく寂しそうだった。そういった政治家や外務官僚が、鈴木さんを付け回してくるわけ。それが年間2~3億円になるんですよ。それなのに、檻の中に入ったら(議員)辞職勧告決議をやる。

石川:私もそうでした。

佐藤:その時、弁護士から連絡があったんです。ムネムネ会のメンバーの人たちが、野中広務さんに頼んで、野中さんから弁護士に連絡があった。『我々としては、なんとしても鈴木先生と一緒にいたいので、議員辞職勧告決議には反対します』と連絡して欲しいと、野中さんに言ってきた。
でも、それは計算ずくなんです。そんな事を言えば、鈴木さんは絶対に『生き残ることが重要だから、お前等は賛成しろ』と言う。結果、議場ではひとり残らず賛成するわけ。逆に鈴木さんと距離のあった、河野太郎さんみたいな人が、議場から飛び出しちゃったりしてね。
これは検事にも『酷い人間模様だね』って言われましたよ。だから、そんな光景が今でもフラッシュバックするんですよね。

「とにかく石川さんが自殺しないようにすることを考えた」


佐藤:そこで、石川さんのことですが、私が本気で付き合おうと思ったのは一昨年、2009年10月だったと思う。この時、石川さんから電話がかかってきた。この本の中にも内容が書いてあるけれど、石川さんに関する疑惑がまず読売新聞で報じられたんですよね。

石川:2009年10月16日ですね。

佐藤:そうしたら、ある経済関係の新聞記者が来て......。

石川:1紙しかないですよ(笑)。

佐藤:石川さんの秘書に、『検察が石川は階段だ』と言ってると伝えてきた。そして、私に『階段とはどんな意味ですか』と質問の電話をくれました。『そうか、階段って言ってるのか......。つまり、石川は小沢一郎につなげるための階段である』と。それは『外務省のラスプーチンこと佐藤優は、鈴木宗男につながる階段だった』と一緒です。だから、もう逃げられない、確実に捕まりますと言いました。

石川:この時点でも信じられなかった。佐藤さんから『石川さん、もう間違いなく逮捕だから』と言われても、信じられない。『1月15日の松の内辺りが危ないから、とにかく甘く見ないほうがいい』って言われても、現実が見えなかった。

佐藤:一番最初に考えたことは、とにかく石川さんが自殺しないようにすること。どのような心理状態になるか、私自身の経験に照らし合わせた。それから鈴木さんの様子、そしてもうひと浮かんだのは、自殺した松岡利勝(元農林水産大臣)さんのことでした。実は松岡さんとの付き合いは1989年から。鈴木さんより長いんです。

石川:そうなんですか、意外ですね。

佐藤:時々電話をもらっていたんだけれど、あの人は本当に人情味があって。私がこうやって作家として復活する前の時にも連絡があってね。

石川:拘置所から出て、一番不遇の時ですよね。

佐藤:『佐藤さん、良かったらメシを食わないか』と誘ってくれた。赤坂の小料理屋に行ってね。彼が好きなのは肉じゃがとか、野菜の煮付けなど。『冷たいビールが飲みたい』って、ビールを冷凍庫に入れて、少し凍り氷がついたビールを頼んでいました。『これが美味いんですよね』なんて言って。それだけが唯一の楽しみだった。女性がいる華やかな場所に行くとかしない。

どうして私が、モスクワで彼に関心を持ったかと言うと、大使館の連中は政治家を色々な遊び場に連れて行くんです。松岡さんもカジノに連れて行ったけれど、彼は賭け事を一切しない。『私は選挙と言うたいへんな博打をやっていて、本当に何度も夜逃げをしようかと思った。自殺を考えた事だってあるから、他の博打は一切しないんだ』と。それで、面白い人だと思って、付き合いが始まった。『私は弱い人間でね。佐藤さんのお世話になったし、鈴木さんにもお世話になったけれど、何も出来ないんですよ』って。

石川:鈴木宗男さんも、松岡さんからそのように言われたと言っていましたね。

佐藤:彼が農水大臣になって、私も作家になった。そして、例の政治資金規制法の『なんとか還元水』事件が起こりました。メディアからの強烈なバッシングが始まった。そうしたら、『マスメディアへの対応はどうすべきか』と、電話がかかってくる。
私は『怖がらずに外に出た方がいい』と伝えた。それから、『なんとか還元水の問題は、私でも納得できない。だから、この問題に関しては頭下げて、きちんと説明しないと駄目だ』と。でも、『出せるんですが、迷惑かける人がいる』と言っていた。

これはあくまでも私の憶測ではあるけれど、役人に飲み食いさせていたんだと思う。名前が出たら、その役人が終ってしまうと思って、言えなかったんだと。その後、マスコミの攻勢が強くなって、『私はこれでやっていけるのか......』って、自殺する10日前にも電話がかかってきた。『会いたい』と。あの時、会っておけばよかったと今でも思います。
彼が自殺した日、私はちょうど産經新聞でレクチャーを行なっていました。すると、電話が何度も鳴るんです。電話を取ったら、鈴木さんからで、『松岡は死んだ。今、取りあえず病院に運んでいる。ニュースでは蘇生のために努力をしていると伝えているが、もう駄目だ。あの馬鹿、死にやがって。生きていれば、やり直すチャンスがあったのに......』と。これは初めて石川さんに話すけれど、その時のことが石川さんと重なったんだ。

石川:今日初めて聞きました。

「不可抗力で亡くなれば、この苦しみから逃れられる」


佐藤:松岡さんは、決して気が弱いタイプには見えないでしょう? その人がふとした瞬間に首を吊ってしまった。

石川:私もよく話すんですが、『死にたい』と『死のう』は違う。

佐藤:よく分かります。私自身、クリスチャンだし、自殺する気にはならないけれど、『崖崩れが起きたりとか、何か事故に巻き込まれて、死ぬと楽だなぁ......』とは、当時毎日のように思っていた。

石川:私は飛行機に乗る回数が多いですから、自分で死のうとは思わないけれど、『ここでこのまま墜ちたら、仕方ないな』と。自分には負けたくないけれど、不可抗力で亡くなれば、この苦しみから逃れられるとは、いつも考えています。

佐藤:私の場合は情報屋でしたから、検察も私のことを悪党と思っていて、任意の段階で呼ばないで、いきなり逮捕でした。でも、任意で呼ばれるのも辛かったでしょう?

石川:やっぱり何回も、何回も行きますし、マスコミからは追われます。便所まで追って来られましたから。

佐藤:これは捕まった経験のある人にしか分からないけれど、いくら説明しても、こちらの言うことは聞いてもらえない。それに、調書は言った通りじゃないんだよね。全然違う紙が出てくる。

石川:こちらの昼休みの間に作られたりしますからね。そんな中で、毎日どんなに飲んでも、午前3時に目が覚めるんです。読売新聞の第一報が10月16日にあった時間です。新聞社は2時半か3時に、他に抜かれたくない第一報を出すんですよね。午前3時に朝日新聞から電話がかかってきて、『石川さん、読売新聞にこんな記事が出ますけれど、どうでしょう?』って。
そのことがトラウマになって、逮捕直前はどんなに酔っぱらっていても3時に起きてしまう。あのマスメディアの攻勢というのは、朝起きたら、もう全部の紙面に悪口が書かれているんですよ。週刊誌も気になるし、松岡さんだって相当心労だったんでしょうね。当時の鈴木宗男さんや、佐藤さんの攻撃のされ方からすると、私はまだマシだったのかもしれないけれど......。

郵便物を勝手に開封したテレビ局


佐藤::ただ、私にしても、石川さんにしても、当時は公人でした。やっていることに対する説明責任があります。北方領土に関しては、私と言うか、外務省がきちんと説明していれば、こんな事にはならなかったと思う。事実に基づいて報道される分には、全く構わない。
ところが、事実じゃないところで、特にリークに基づいて話を作られていく。その上、私の頃はリークに対する問題意識が少なかったから、やりたい放題だった。あの頃なんて、ゴミを捨てると、すぐに持って行かれてしまう。

石川:ゴミは家の外に捨てに行きますよね。

佐藤:想定するに、当時はまだお金の余裕があったテレビ局でしょうね。ゴミの中から何かが出て来ないかと......。

石川:そんなことまでやられていたんですか。

佐藤:当時、赤坂の2階建ての小さなテラスハウスに住んでいたんだけど、風呂に入っていると外に人の気配がする。パッと見てみると、格子の入っている風呂の窓の下に、若いお兄ちゃんが座っていてて目が合った。彼らは、私が裏から抜け出すと思っている。
そのうち酷くなってきたのは、郵便ポストから郵便物が抜き去られて、開封されて下に落っこちているの。

石川:私はそこまではやられませんでした。

佐藤::私への疑惑が始まったのが2002年の1月20日くらいで、逮捕が5月14日。約4カ月も続いたから。

石川:それはしんどいですね。私はまだ、2カ月くらいですよね、本格的に報道されたのは12月からですからね。

佐藤:あの時の経験があるから、とにかく石川さんには死んでもらったら困る。そして、石川さんは『階段』だったし、私も階段にされた。石川知裕だって、佐藤優だって、ひとりの人間なんですよ。そうすると、鈴木宗男や小沢一郎につながるための道具として使われるのは、ソ連時代の粛正が重なったんだよね。

石川:階段という物質にされた訳ですからね。

「録音」は卑怯なことであっても、違法なことではない


石川:そして、裁判は論告求刑、最終弁論ということになりますが、色々教えて頂いた中でも、一番は『録音』ですよね。

佐藤:録音に関しては、率直に言えば隠し撮りですから、卑怯なことなんですよ。でも、卑怯なことであっても、違法なことではない。
利用者の皆さんがどう思うのか、率直な意見を聞きたいんですが、私はこう考えました。石川さんのコンピューターの中に重要なデーターが入っていたとしたら、コンピューターを持っているのは押収した検察しかない。それ以外の所からは出て来ない情報なんです。そのような情報が、マスコミから出て来ると言う事は、当局がリークしている。
鈴木宗男さんが、リークに関して質問支持書で尋ねた。でも、『内閣総理大臣名でリークはしていない』と回答している。つまり、嘘をついている訳です。

外交の世界には『相互主義』というものがあって、相手がルールを守らないのであれば、その範囲の中でこちらもルール違反をする。この場合も、相互主義を発動するべきだと。そのためには武器がいる。今回は任意の逮捕ならば、音を取っておくということは、その後に自分を守る武器になると思ったんですよ。

石川:それを、こうやって納得するように説明してもらわなければ、持って行けなかったですよ。

佐藤:最初から使うって訳じゃないんですよ。その後の検察の対応を見て、本当に石川さんの言ったことを素直に受け取って、公判を運営して行くのであれば、文句を言う筋合いではない。

石川:実際、それによって調書がほとんど不採用になったことは、今後の小沢裁判にも大きく影響を与えることです。小沢さんが無罪になったら、一番の功労者は佐藤さんになりますね(笑)。

佐藤:あえて乱暴なことを言うと、小沢さんはどうなってもいい。真実に基づいて、小沢さんが逮捕されたり、有罪判決を受けてもいいと思う。それは私だって、鈴木さんだって、みんな同じです。ただ、事実と違うことをやったら、特にこの政権交代が起こったように、歴史が変ってしまう。(後編へ続く)