追い詰められて自殺未遂のペソット、「大役が務まるか悩んでいた」
89−90シーズンにセリエC2バレーゼでプロ選手デビューを果たしたペソットはマッセーゼ(C1)、ボローニャ(B)、エラス・ベローナ(B)、トリノ(A)と着実にステップアップ、95−96シーズンにイタリア1の名門ユベントスに移籍。ユベントスの中心選手として11シーズン在籍、その間セリエA優勝6回、欧州CL優勝1回、トヨタカップ優勝1回、欧州スーパーカップ優勝1回、イタリアスーパーカップ優勝4回とタイトルを獲得。今季終了を持って現役を引退、ユベントスのマネージャーとして新たな一歩を踏み出したばかりだった。身長173cmと小柄ながらも抜群の読みを武器に代表でも22試合に出場した頭脳派DF。穏やかな表情と眼鏡姿で周囲からは「プロフェッソーレ(教授)」と呼ばれ、人望も厚かった。突然の自殺未遂はW杯ベスト8に進出したアズーリ(イタリア代表)への影響も大きい。主将のカンナバーロはショックで記者会見を中断、監督リッピはすぐさまチャーター機を手配しデル・ピエロ、ザンブロッタ、フェッラーラ(代表特別スタッフ)ら関係の深い3人をペソットの元に駆けつける事を許可している。
発見された時、ペソットの手にはロザリオ(ローマ教会の数珠)が固く握り締められていたとの事。10歳と5歳の娘を持つ父親ペソット、イタリア中が早期回復を願っている。