時間をムダにしているとき、脳の中は一体どうなっているのか。そして、脳を活性化して、時間効率をアップする方法とは。

■時間の浪費をゼロにする脳の100%活用法

脳の中で社会性やコミュニケーションに大きく関わっているのが「前頭前野」です。脳の前側にある「前頭葉」の中にあります。ヒトとほかの動物の脳を比べたときに最も大きく違うのがこの前頭前野で、ヒトの前頭前野は大脳の中の約30%を占めますが、動物で最もヒトに近いとされるチンパンジーでも20%に及びません。

写真=iStock.com/fizkes
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

この前頭前野は思考や創造性などいろいろな機能と関わりがあって、仕事などで集中力を要するときに働く「ワーキングメモリ(作業記憶)」の機能もその1つです。ただし、ワーキングメモリは通常容量が決まっていて、それを超えると機能が著しく低下します。その結果、脳の中での処理が進まなくなるので、時間の浪費につながりかねません。したがって仕事に集中し、時間を浪費しないためには、ワーキングメモリの容量内で最大限に前頭前野を使いこなすことが大切になります。

その際に重要なポイントになるのが、「認知負荷」です。これは認知心理学の用語ですが、前頭前野のワーキングメモリで処理する情報量の多寡を表しています。処理すべき情報量が多かったり、複雑で難解な情報でストレスを受けているときには認知の負荷が高い状態になります。そして、「厄介だ」「面倒くさい」などという心理が働いて集中力が低下し、作業効率が落ちてしまうのです。逆にシンプルですっきりした情報は認知の負荷が低いために受け入れやすく、作業に集中しやすくなります。したがって、仕事に集中して時間をムダなく使うためには、この認知負荷を低くすることが重要です。

■マルチタスクは脳を消耗させる

そのための有効な方法の1つが、錯綜した仕事を整理して、タスクを「細分化」「見える化」し、それらに優先順位をつけて、一つずつ処理していくことです。なぜなら、細かく切り出され、その目的がはっきりと見えるタスクであれば、認知負荷が低くなって作業に集中しやすくなるからです。

その意味でも、複数の仕事を同時にこなすマルチタスクはお勧めできません。もともと脳はシングルタスクでしか働けない仕組みになっているからです。たとえば、Aの仕事に取り掛かりながらも、別なBやCの仕事のことが気になってしまうと、集中できなくなります。さらに、AからB、Cへと、休むことなく仕事を切り替えているつもりでも、脳のスイッチの切り替えを頻繁に行っているうちに、脳の働きが鈍って効率が悪くなっていきます。

また、仕事に集中するためには、多くの仕事を1人で抱え込まずに、部下や同僚に任せることも有効です。よくいわれる「仕事」と「作業」の違いですが、仕事は自分のやるべきもので、作業は人に任せてよいものと捉えましょう。この仕事と作業の区別を明確にすることで認知負荷も低くなり、自分のやるべき仕事に専念でき、集中力も持続するようになるでしょう。

その際に必要となるのが「価値判断」です。どのタスクが仕事で、どのタスクが作業なのかを判断しなければなりません。また、任せる相手として誰が適任なのかという判断も必要です。こうした価値判断も、前頭前野の機能です。そうした価値判断がうまくできているときは、前頭前野の働きも高まっています。

また、タスクを細分化していくと、時間管理もしやすくなるというメリットをもたらしてくれます。スケジュールに合わせてタスクを効率よく並べ替えることができるからです。そして、締め切りや納期などが明確になり、いまやるべきことがはっきりすると、仕事に対するモチベーションアップにもつながっていくでしょう。

実は、このとき脳の中では「報酬系ネットワーク」が働き、喜びや好奇心に関係する神経伝達物質の「ドーパミン」が分泌されています。それが前頭前野まで到達すると、「やろう」という意欲がわいてくるのです。さらに面白いことに、ドーパミンが多量に分泌される状態のときは、通常容量が限られているワーキングメモリの容量が大きくなるともいわれています。ということは、仕事により集中しやすくなるでしょう。

■ややこしい案件は午前中がベスト

ことほどさように前頭前野は仕事をするうえで大きな役割を担っているわけですが、前頭前野を活性化し、集中力を持続させるために、効果的なテクニックをいくつかご紹介します。

1つ目は、脳の働きの「タイムリミット」を知ることです。そもそもヒトをはじめとする動物は、体内時計に基づいて一日を活動しており、脳にも働きやすい時間帯と働きにくい時間帯があることが知られています。たとえば、昼過ぎの14〜16時くらいには、眠くなり脳の働きが低下します。また、脳は朝起きてから生活の中で働き続けることから、最大限の機能を発揮するのにタイムリミットがあり、起きて13時間程度が経過すると、脳の機能は急激に低下することも知られています。6時の起床なら夜の19時過ぎ。それ以上の残業は非効率といえます。

タイムリミットの観点からいうと、集中すべき仕事、ややこしい案件、重要な意思決定など認知負荷の高いものは、脳が元気な午前中に行うのがベストです。一方、アイデアを出したいときは、夕方以降21時くらいまでが理想的です。それというのも、前頭前野が疲れ始めた頃がアイデアは出やすいといわれているからです。

そして、2つ目が「タイムプレッシャー」をかけることです。これは「ポモドーロ・テクニック」と呼ばれ、仕事や勉強などを25分間続けたら5分間休憩するという、30分単位でタスクを切り替える手法です。ポモドーロとはイタリア語で「トマト」を表し、トマト型のキッチンタイマーを使って時間を計ったからといわれています。体の疲れもそうですが、脳も小まめに休んだほうが疲れにくく集中しやすいので、1度試してみるとよいでしょう。

そのほか、集中力を途切れなくするには、五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)からの情報の刺激を遮断するのも効果的です。スマートフォンの電源を切って着信音などが鳴らないようにしたり、机の目につくところに気になるものを置かないようにする。要は気が散る情報をなるべく遮断するということです。認知負荷の観点でいうと、異質な情報が入ると集中力が途切れる原因になるからです。

脳のメカニズムを理解したうえ、こうしたテクニックも使いながら、前頭前野を最大限に働かせれば、仕事に集中でき、時間を浪費することもなくなっていくでしょう。

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枝川 義邦早稲田大学リサーチイノベーションセンター教授
脳神経科学者。1998年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。2007年早稲田大学ビジネススクール修了。著書に『「脳が若い人」と「脳が老ける人」の習慣』など。
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(早稲田大学リサーチイノベーションセンター教授 枝川 義邦 構成=田之上 信)