江戸時代は不倫をしたら死罪!さらに不倫した妻とその相手を殺害することが許されていた!

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現代の日本では、既婚者が夫や妻以外の異性と大人の関係を持つこと自体は犯罪行為ではありません。ですが、江戸時代は不倫は「密通(みっつう)」と呼ばれ、密通が発覚した際には、とても重い刑が待っていました。

今回は、江戸時代の不倫に関して紹介します。

江戸時代の人々は現代に比べ、男女の肉体関係に対しておおらかな考えを持っていたと言われることがありますが、浮気・不倫も多かったようです。

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ですが、決して不倫が認められていたわけではありません。不倫が発覚した場合には、現代の日本では考えられないほどの重い刑罰が待っていました。

女敵討…不倫した妻を「切り捨て御免!」

江戸時代、妻の不倫が発覚した場合、夫は妻を「切り捨て御免!」とばかりに殺害することが許されていました。そして、妻の不倫相手を殺害することも許されていました。この制度を「女敵討(めがたきうち)」と言います。

女敵討は武士に対して許された制度であり、庶民が行うことは禁止されていましたが、江戸時代の長い歴史の中で、庶民が行っても殺人罪にならない時期があったようです。

江戸時代では「敵討」制度がありましたが、制度としては考えが似ているかもしれませんね。

不倫をした二人には「斬首」という極刑が待っていた

夫が、不倫をした妻とその相手を殺害するだけではなく、奉行所に不倫の事実を届け出ることでも、不倫をした二人には「斬首」という極刑が待っていました。しかし、不倫といえども愛し合う二人が、斬首をおいそれと受け入れるはずもなく、「心中」という選択をすることも少なくなかったそうです。

理不尽なのが、殺害が許されたのは妻が不倫をしたときだけ。夫が不倫をしたとしても、この制度を行使することはできませんでした。

しかし、実際に死罪になることは少なかったようで、多くの場合は話し合いで解決をしたり、示談金で解決することが多かったようです。

江戸時代は「家柄」を重要にしていましたので、妻に密通されたということが広まれば面目もありません。そういった意識もあり、訴えることなく内々で解決したケースが多かったのでしょう。

不倫が犯罪ではなくなるのは昭和時代から

明治時代に入ると女敵討や死罪と言った重い刑は廃止されました。ただ、明治時代でも不倫は刑罰の対象となっていました。

海外に目を向けてみると、不倫や浮気は犯罪とみなされ、重い刑罰が課せられる国もありますが、日本では、不倫が犯罪行為ではなくなるのは昭和時代になってからのことでした。