今年4月、アマゾンジャパンは「Amazonプライム」の年会費を3900円から4900円に1000円値上げした。こうした年会費の値上げは、各国のアマゾンで起きている。米国では導入当初の2005年は79ドルだったが、現在は119ドルだ。一体どこまで上がるのか――。

※本稿は、雨宮寛二『サブスクリプション』(角川新書)の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/jetcityimage)

■「ローカル重視」から「グローバル展開」に

SVODサービスの日本市場で最もシェアを伸ばしているのがプライム・ビデオですが、2015年9月に日本でサービスを開始して以来、どのような戦略で日本市場を開拓してきたのでしょうか。

アマゾンと言えば、企業文化の代名詞になっているのが、「カスタマー・オブセッション(顧客を第一に考えること)」ですが、プライム・ビデオのコンテンツ戦略にも、その考え方が生かされています。それは、「ローカル」を重視する戦略です。すなわち、米国や日本など、それぞれの国の市場ニーズに合ったジャンルのオリジナルコンテンツを制作していくことで、顧客価値を高めるアプローチです。

このローカル重視の姿勢は、ネットフリックスが採用する全世界同時配信などの「グローバル」を重視する戦略とこれまで対比されてきましたが、プライム・ビデオのコンテンツ展開は、ローカルのみならず、最近では、グローバル展開も進められています。すなわち、ローカルの嗜好に合わせて制作したコンテンツの世界配信や、アマゾン・スタジオが制作するオリジナル作品、例えば、『ジャック・ライアン』や『グランド・ツアー』、『マーベラス・ミセス・メイゼル』といった作品の世界配信です。

■50%を人気コンテンツ、50%を「新しいもの」に投資

日本市場では、公開1週間でそれまでのオリジナルコンテンツの最長視聴時間を塗り替えた『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル』を始めとするオリジナルコンテンツの7作品が、2018年4月から世界200以上の国と地域でプライム会員向けに配信されています。また、インドやメキシコで制作されたオリジナル作品が世界市場で人気を集めるという現象も起きています。さらに、ローカルのオリジナル作品フォーマットを他国で採用する現象、すなわち、リメイクも展開されていて、『ドキュメンタル』は既にメキシコ版が制作され配信されています。

プライム・ビデオによるSVODサービスの基本戦略は、「フィフティー・フィフティー・アプローチ」の手法にあります。この手法は、興行収入や視聴率から予測して、多くの人が観たいと思っているものに焦点を当て、全体の50%をそうしたコンテンツに投資して、残りの50%を新しいもの、すなわち、従来無かったようなコンテンツの制作に投資するというアプローチです。新しいものに50%もの投資を行う理由は、アマゾンを利用する顧客が新たなコンテンツや他には無いものを期待していると想定しているからです。

■販売履歴データを使って視聴者ニーズを取り込む

それでは、プライム・ビデオが、従来無かったようなコンテンツ制作に投資して、次々と視聴時間の記録を塗り替えたり、高視聴率を叩き出せたりするのはなぜでしょうか。

元来アマゾンは、マーケットプレイスで得たDVDなどの販売履歴データを保有しています。よって、これまでに蓄積されたこうしたデータを踏まえて、視聴者のニーズを取り込んだドラマや映画の制作が可能になります。その上、CMも入らないため、広告主など第三者の意向を汲み入れる必要もありません。それゆえ、一連の制作プロセスを自社でコントロールできるため、実験的なコンテンツも制作できるというわけです。例えば、日本で2016年にプライム・ビデオオリジナル第1弾作品として配信された『仮面ライダーアマゾンズ』は、特撮物でありながら、現在、セカンドシーズンまで続く人気作となっています。

■ツイッターの5倍の額でNFL放映権を獲得

また、プライム・ビデオは、スポーツの放映権獲得にも莫大な投資をしています。2017年には、米国で国民的スポーツとして人気の高いNFL(ナショナルフットボールリーグ)の2017年度シーズンのネット配信による放映権を獲得しています。年間10試合のみのリアルタイム中継契約ですが、現地報道では5000万ドルで落札したと言われています。

前年度に同じ契約条件でツイッターが落札していますが、アマゾンが落札した額はツイッターの約5倍に相当します。配信するのは10試合なので、1試合当たりの放映権料は500万ドルにもなります。地上波やCATVでも放映され、独占配信でないことを考えると、これは破格の投資と言えます。現在、アマゾンは、NFLの他にも、MLB(メジャーリーグベースボール)やNBA(ナショナルバスケットボールアソシエーション)とネット配信による放映権の交渉を進めています。

こうした一連の動きから、アマゾンの「プライム・ビデオなら全ての人気コンテンツが観られる」という全方位戦略が窺えます。オリジナルコンテンツにしても、既存の人気コンテンツにしても、全ての分野でタイトルを網羅することで、顧客のあらゆる関心や興味に応え続けるのです。それは、まさに「カスタマー・オブセッション」の原理を追求しながら、顧客のライフスタイルに入り込むというしたたかな戦略なのです。

■「アマゾンエフェクト」の大きな要因になっている

プライム・ビデオは、「ローカル」に加え「グローバル」も重視しながら、全方位戦略を採っていますが、このプライム・ビデオを包含するサブスクとして「アマゾンプライム」は、とりわけ戦略性に長けた存在として位置付けることができます。アマゾンプライムは、顧客価値を高めることで加入者を増やし続けると共に、社会現象にもなっている「アマゾンエフェクト(アマゾン効果)」の大きな要因のひとつになっています。

アマゾンエフェクトとは、端的に言うと、グローバルレベルで起こっている経済秩序や産業構造、ビジネス・エコシステムなどの破壊や再編を指します。アマゾンエフェクトはこれまで、出版、小売、物流、コンピューター、映画、金融などあらゆる産業や分野に破壊や変革をもたらしてきました。

例えば、出版業界には、デジタル化という変化をもたらしました。小売業界には、マーケットプレイスというプラットフォームを確立させました。物流業界には、自動化やパーソナル化により、オペレーションプロセスに新たな変革をもたらしました。コンピューター業界には、クラウド化の波を起こしました。その結果、どの業界でもアマゾンエフェクトにより、個々の企業が消滅に追いやられ、産業構造そのものが破壊されて新たな秩序が生み出されています。

■脱会できなくなる「居心地」の良さ

アマゾンプライムには、さまざまな分野で多種多様な特典が用意されています。配送の分野では、最短2時間で商品が届く「プライムナウ」(一部エリアのみ)や「お急ぎ便」、「当日お急ぎ便」、「お届け日時指定便」、コンテンツでは、映画やTV番組、アニメが見放題の「プライム・ビデオ」や写真を容量無制限で保存できる「プライムフォト」、好みのツイッチチャンネルのスポンサー登録が1チャンネル分無料となる「ツイッチ・プライム」、キンドルでは、「1カ月1冊無料」、マーケットプレイスでは、タイムセールの商品を通常より30分早く注文が可能な「先行タイムセール」や、おむつやお尻拭きが15%割引となる「アマゾンファミリー」、さらには、食品や日用品など毎日使うモノを必要な分だけ購入できる「アマゾンパントリー」などです。

このように、アマゾンプライムには極めて豊富な特典が用意されているので、会員は、一度入会すると便利で居心地が良いため、脱会するきっかけを失ってしまいます。会員であれば、商品を買ってもタダですぐに配送してくれますし、必要な時にはいくらでも音楽を聴いたり映画を観たりすることができます。

コストコの「会員制」にヒントを得ている

それでは、アマゾンはどのようにして、このような仕組みを生み出したのでしょうか。その由来は、小売・卸売大手のコストコが採用する「会員制」に在ります。コストコは、会員制倉庫型店として既に認知されていますが、買い物をする際に、会員資格と年会費を必要とします。会員には年2回、専用の「パスポート」に加え、「ウォレット」と呼ばれるクーポンブックが送付されます。クーポン割引対象商品については、レジでの会計の際に自動的に割引が適用されます。コストコは、このような会員だけの特典を増やすことにより、自社へのロイヤルティの高い顧客を増やしているのです。

アマゾンは、このコストコの会員制のノウハウをアマゾンプライムに取り入れました。実際、2001年にジェフ・ベゾスがコストコの創業者であるジム・シネガルを訪問し、会員制サービスのノウハウについて教えを乞うています。コストコの会員制サービスからアマゾンは、小売業において顧客との継続的な関係を構築することが資産であり生命線であることを学んだのです。

アマゾンプライムは、サブスクとして多大な効果を発揮しています。米国の市場調査会社であるCIRP(コンシューマー・インテリジェンス・リサーチ・パートナーズ)がまとめた最新レポートによると、米国でのプライム会員数は、2018年10〜12月時点で1億100万人に達しています。2013年10〜12月時点の2600万人と比較すると約4倍で、直近の3年間でもほぼ2倍の伸び率を達成しています。1億100万人という数は、アマゾンの米国顧客全体の62%に相当します。つまり、概ね3人に2人はプライム会員というわけです。

■「前受け金」があるから大型投資ができる

プライム会員の年会費は前払いですので、現在の米国でのプライム会員年会費119ドルから試算すると、アマゾンに1年前に手元に入る額は、米国だけで120億ドル超になります。アマゾンはこの前受け金を利用して、プライム会員の特典の拡充は勿論、新たなテクノロジーなどの研究開発投資や、物流センターの効率化や最適化を図る大型投資など、機動的な経営を実現しているのです。

アマゾンプライムのプライシングにも戦略性の高さが窺えます。米国にアマゾンプライムを導入したのは2005年2月ですが、当初は79ドルの年会費でした。特典も限定的で、翌日配送料金の割引や商品の2日後配送を追加料金無しで利用できるサービスのみと、配送分野に限られていました。その後、分野を広げ特典を徐々に増やしながら、年会費を増やしていくことに成功します。

2014年には99ドルに値上げし、2018年5月には現在の119ドルまで引き上げています。どちらも20ドルという大幅な値上げですが、会員数は減少することなく、逆に右肩上がりで増加し続けています。米国での会員数が1億100万人という極めて高い規模に達しても、対前年伸び率10%増を維持しているのです。

■なぜ年会費を引き上げても、会員数が増えるのか

なぜ、年会費を引き上げても、プライム会員数は増加するのでしょうか。「特典の数や内容」と「価格設定」との関係性から、割安感がその大きな要因となっているとの指摘もあります。2018年3月にJPモルガンが「プライム会員の価値」を数値化したのがそれです。

JPモルガンは、プライム会員の価値は2017年から2018年の1年間で12%増加し、会員年会費119ドルは784ドルの価値に相当すると試算しています。784ドルの価値の内訳は、図表1の通りです。

プライム会員の特典のうち、最も価値が高いのはプライムナウ(180ドル)で、以下、即日・翌日・2日便の無料配送サービス(125ドル)、プライム・ビデオ(120ドル)、キンドル・読み放題などのサービス(108ドル)、ツイッチ・プライム(108ドル)と続きます。

この結果から読み取れるのは、さまざまな分野で特典が拡充されてその一つひとつが積み重なると、極めて高い顧客価値が創出されるということです。こうした割安感に加えて、会員全てのライフスタイルで生み出されるニーズを満たすように特典を広げてさまざまな分野をカバーしながら、全方位的に会員をアマゾンプライムの中に閉じ込め続けるというわけです。

アマゾンプライムの価値の試算結果(画像=『サブスクリプション』)

■日本の年会費はまだまだ引き上げられる

米国以外でプライム会員の年会費を見ると、英国が79ポンド(約1万1000円)で米国119ドル(約1万3000円)よりもやや低めに設定されています。また、ドイツは69ユーロ(8500円)と米国の3分の2弱で、日本は4900円と3分の1強の設定になっています。

雨宮寛二『サブスクリプション』(角川新書)

これら3カ国は、アマゾンの世界売上高でトップの米国に続く上位国に当たります。米国は、売上高2329億ドル(2018年)のうち、1601億ドルで全世界の69%を占めており、ドイツの198億ドル、英国の145億ドル、日本の138億ドルがこれに続きます。これら4カ国で、売上全体の9割を占めています。

ドイツ、日本、英国の3カ国で見た場合、現状では、英国の年会費が突出しています。人口(2017年)や1人当たりの名目GDP(2017年)から考えると、英国(人口:6600万人・1人当たりのGDP:3万9975ドル)は、既に頭打ちであることが分かります。それに比べて、ドイツ(人口:8200万人・1人当たりのGDP:4万4770ドル)や日本(人口:1億2600万人・1人当たりのGDP:3万8344ドル)は、まだまだ伸びしろがあると考えられます。

従って、アマゾンにしてみれば、会員数の増加と共に米国の年会費を段階的に引き上げたように、ドイツや日本の年会費もまた会員数の増加と共に、今後、まだまだ引き上げられると見ていると言えるでしょう。

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雨宮 寛二(あめみや・かんじ)
ジャーナリスト
イノベーションやICTビジネスの競争戦略に関わる研究に携わり、講演や記事連載、TVコメンテーター、大学講師などを務める。単著に『ITビジネスの競争戦略』(KADOKAWA)、『アップル、アマゾン、グーグルの競争戦略』『アップルの破壊的イノベーション』『アップル、アマゾン、グーグルのイノベーション戦略』(すべてNTT出版)があるほか、『角川インターネット講座(11)進化するプラットフォーム』(KADOKAWA)に執筆している。

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(ジャーナリスト 雨宮 寛二 写真=iStock.com)