車いすユーザーの男性が路線バスに乗車できなかった(写真はイメージです)

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帝産湖南交通(滋賀県草津市)の路線バスに乗ろうとした車いすユーザーの男性が運転士に「乗車拒否」されたとして、同行していた女性が対応の改善を訴えた。「次のバスに乗ってくれ」と言われたが、そのバスが乗り場に来るのは40分以上後だった。

J-CASTニュースの取材に女性は「車いすユーザーのお客さんに不利益を強いていることを認識していない」とバス側の対応を問題視。帝産湖南交通は該当の運転士に聞き取りをしたとして「不適切な言い方だった」と話しつつ、当時の状況を明かした。バス乗り場で何が起きていたのか。双方に話を聞いた。

「スロープの出し入れの仕方が分からない」

「乗車拒否にあった」。ツイッターで2019年7月3日にそう投稿したのは、障害学が専門の龍谷大学非常勤講師・松波めぐみさん(51)。この日は、NPO法人障害者自立生活センター・スクラム(大阪市)のスタッフで、脳性まひのため車いす生活を送る酒井建志(けんじ)さん(29)をゲスト講師に招いており、酒井さんと介助者との3人で、帝産湖南交通が運営する帝産バスに乗ろうとした。

大津市の瀬田駅から大学に向かうバスで12時1分発。だが、運転士から「車いすで乗れるバスは決まっている」「次のバスに乗ってくれ」と言われ、車いすユーザーが乗車できる設備のある「ノンステップバス・ワンステップバス」のみのダイヤが書かれた時刻表を示された。同時刻表は同社サイトに掲載されていなかった。見ると、次のバスが来るのは12時46分。40分以上待つことになる。

ところが、拒否されたバスもワンステップバスで、車いす乗車対応マークも車体に張ってあったという。これを運転士に指摘したが、「スロープの出し入れの仕方が分からない」と言われ、結局別のバスに乗ることになった。瀬田駅から大学まではバスで約15分かかる。講義には間に合ったが、もっと早めに到着して準備をする予定だった。

松波さんは5日、J-CASTニュースの取材に、当時のバスの混み具合について「それほど混雑していなかったです。混む時間帯ではなかったですし、十分乗れると判断しました」と話す。

今回の件について「物理的に乗車可能(バスの車体はワンステップバスであることを確認していました)なのに、障害者本人と対話もせずに乗車を拒否し、不利益を負わせたという点で、『差別』といっていい事例だと考えます」とし、感じた問題点を次のように話す。

「決まった時刻のバスでだけ対応すればいい」でよいのか

「バス会社としては、車いす対応のバスの時刻を決めている。そのバスに乗ってくれたら、きちんと乗せるのだから差別ではない、という見解だと思います。

車いすユーザーが全くバスに乗れなかった時代、物理的にも安全に乗れるバスがなかった時代から、当事者の働きかけや技術者の努力もあって、少しずつ少しずつ改善してきた歴史があります。だから、このバス会社が『全部は無理だけど、確実に乗れるバスを用意して、この時刻なら乗れますよという時刻表をつくった』経緯自体は、仕方ないというか、当初はよかったのだと思います。

しかし、おそらくその後、車いすで乗れる『ノンステップバス、ワンステップバス』が増えていたにもかかわらず、この時刻表を変えることなく、運転士全員に必要な研修を行っていなかったことは、明らかに問題だと思います。ワンステップバスに乗車してもらう際の操作方法は難しいものでもありません。

少なくとも7月3日12時1分のバスは車いすで乗れるバスでしたが、それでも乗せてもらえず、40分以上待たされてしまい、本来であれば早く大学に到着して行いたかった講義の準備が十分できず、ゲストの方に申し訳ない気持ちでいっぱいでした」(松波さん)

その上で「一番の問題は、バス会社が現状の不十分さ(ハード面、ソフト面)により、日常的に車いすユーザーのお客さんに不利益を強いていることを認識せず、決まった時刻のバスでだけ対応すればいいと考えていたことだと思います」と指摘。バス側への要望として「『まず乗車拒否をしない』のを原則に、車いす対応の車体を増やし、現に増えているのだからそれを時刻表に反映させること。そして運転手全員にきっちり、障害者団体の当事者講師を呼んで、研修・講習を行うこと」をあげた。実際に乗車拒否のことを帝産湖南交通に伝え、改善を求めたとしている。

「『待ってくれ、乗れない』は私たちにとって重い意味を持つ」

乗車を拒否された車いすユーザーの酒井さんは、取材に対し「約50分待たされ、松波さまの授業にゲストスピーカーとして呼ばれているにもかかわらず遅刻しそうになり、駅には時間通り到着していたのに、という腹立たしさと申し訳なさ、運転士への失望感を覚えました」と複雑な胸中を明かす。その上で今回の乗車拒否を受けてこう話す。

「百歩譲ってスロープ設備がない車両なら『乗れない』のは分からないでもありませんが、スロープ設備があり、『物理的に乗れる』にもかかわらず、予め決められたノンステップ・ワンステップバス時刻表に縛られて『乗れない』としたのは運転士、バス会社、そして今の社会が無意識にもっている差別意識かなと考えます。職員研修や考え方の刷新を求めたいです。

駅員やバス会社は私たちに対して平気で『待ってくれ』と言います。でも同じように駅員等の支援が必要な外国人や高齢者のひとにそんな発言してるところは見たことないです。つまり、外国人や高齢者は客の対象として捉えているのに、極論で言えば障害者は客として認識されていないのか、と最近思っています。『待ってくれ、乗れない』などの発言は私たちにとって、発した人が思うより重い意味を持つのです」

酒井さんと松波さんは取材の後日、帝産湖南交通から説明と謝罪を受けたという。

教習受けていたのに...とっさに「分からない」

帝産湖南交通の担当者は8日、J-CASTニュースの取材に答え、松波さんらの指摘を受けて当時の運転士に聞き取りしたとして、その結果を明かした。まず、松波さんと酒井さんが上記の通り指摘していた運転士の一連の言動に「間違いはない」と認めている。

一方、当時のバス状況についてはこう話す。

「12時1分発のバスが乗り場に乗りつけた時点で、今回の車いすの方々は乗り場におりませんでした。普段、車いすのお客様がご利用になる時は、他のお客様には一旦待っていただいて、先に車いすの方に乗車してもらいます。ただ今回は、他のお客様が乗車してから車いすユーザーの方々が来ました。また、運転士は車いすユーザーの方が乗車できるスペースも空いていなかったと話しています。

そこで運転士は、ノンステップ・ワンステップバス時刻表を見せて、次のバスに乗るようにと説明しました。しかし、当該バスもワンステップバスだったのに、運転士が『このバスには乗れない』『スロープの出し入れの操作が分からない』と言ってしまったのは事実です。不適切な言い方だったと運転士本人も認めています。乗車済みのお客様を一旦降ろしてもう1回乗っていただくのは困難だという旨も含め、丁寧に伝えるべきでした。受け答えや説明が適切ではなかったと、お客様には謝罪させていただきました」

スロープの出し入れについては、「実際は当社のすべての運転士が教習を受けて習得しています」というが、今回の運転士はとっさに「分からない」と言ってしまったという。担当者は「出発時刻の12時01分が過ぎている中での対応となり、焦りもあったかもしれません。運転士には指導していきます」と話す。

そもそも、この「ノンステップ・ワンステップバス時刻表」は約7年前に作成されたものを使い続けている。作成当時はノンステップ・ワンステップバスと、そうでないバスとが半々くらいの割合で運行していたが、19年現在は前者の比率が8割ほどに増加している。そのため、同時刻表に記載のないダイヤのバスでも、車いすで乗車できるものがある。だが、同時刻表を実態に合わせて改定しておらず、杓子定規に古いままの同時刻表に則った対応をしてしまっているという。担当者は同時刻表の改定と、運転士への周知、教育を図るとともに、今後もノンステップ・ワンステップバスの割合を増やしていくと答えた。

2017年に施行した障害者差別解消法では、障害を理由としてサービスの提供を拒否・制限したり、利用に条件をつけたりする行為は不当な差別的取り扱いにあたるとして禁じている。また民間事業者は、障害者の社会的な障壁を取り除くための合理的な配慮を行うよう努めなければならない。

同法を背景に国土交通省が示した指針では、バス事業者に対し、過重な負担とならない範囲で提供するのが望ましいこととして(1)バスにスロープや車いす固定装置の整備・点検を徹底すること(2)障害者の特性を理解した上で、適切な接遇・介助ができるよう運転士を教育すること――などを定めている。

また、バリアフリー新法にもとづいて国交省が定めているバリアフリー整備ガイドラインでは、公共交通機関に設備の基準を設けており、バスの場合は低床バス(ノンステップバス、ワンステップバス)の導入を推進している。

(J-CASTニュース編集部 青木正典)