井浦新が語る、自分を作り上げている「インプットの時間」
「役者というのは、生きて感じて身に付けてきたことを、自分の心と体を使って素直に出していく、『人間』を表す仕事なんだと思います」
抑揚を抑えた静かなトーンで、言葉を選びながら井浦新はそう話してくれた。日本を代表する俳優であり、ファッションブランド『ELNEST CREATIVE ACTIVITY』のディレクターも務めるなど多忙な日々を送る彼は、オフの時間をどのように過ごしているのだろうか。
「家にこもるのも、街を散策するのも大好きなんです。お気に入りのものに囲まれた部屋で、本のページを1人めくるのも、美術館や博物館で体全体の感覚を開いた状態になるのも、どれも大切なひと時です。開催中の、気になる特別展をチェックすることもあれば、行きつけのミュージアムの常設展をじっくり味わうこともあります。中でも、国立博物館の考古展示室は最高です。常設展も、数カ月単位で展示物を入れ替えますからね。『あ、いまはこんなのが出ているんだ!』なんて、常に驚きがあって行くたびにワクワクします」
そう言いながら、たばこに火をつける。ひたすらインプットしまくった後の1本は、何物にも代えがたい幸せな時間だという。
「高揚した気持ちをちょっと落ち着けながら、見聞きした物事を頭の中で反芻したり、整理したり。僕はキャンプや登山といったアウトドアも大好きで、貴重なインプットの時間だと思っているんですけど、山頂で達成感を味わいながら吸う一服に、少し似ているかもしれないですね」
以前は通常のたばこと加熱式たばこを使い分けていた井浦。しかしここ最近は、もっぱら加熱式たばこを吸っているという。「加熱式たばこは確かに軽いんだけど、メンソールを美味しく味わえるんですよね。なので意識的にでなく、自然にたばこを吸う率がどんどん減っていって。気がつけば加熱式たばこだけでも十分満足できるようになっていました。割と日常的に、どんなシーンでも楽しんでますよ」
ただ、撮影現場では本数がグッと増えるという。それは加熱式たばこになってからも変わらない。

Photo = Mitsuru Nishimura
「なぜでしょうね(笑)。無意識で吸っているというか、味わっている感じでもない。頭の中では芝居のことしか考えてなくて、体だけが『たばこを吸う』という状態を欲しているんでしょうね。気分転換というよりは、気持ちをキープするためのアイテムに近い気がする。集中した自分の状態を保つためというか。”あれ、今たばこ吸っているのか!”って思う瞬間もあるくらいですから(笑)」
まるで職人のように、ストイックに芝居に打ち込んでいるその姿が目に浮かぶようだ。工芸品や民芸品にも造詣の深い井浦だが、役者の仕事はどこか職人の世界に通じるところもあるのだろうか。そう尋ねたときに、冒頭の言葉が返ってきたのだ。
「もちろん、やっていることは全然違うけど、共通点は強く感じていますね。職人さんが手で何かをこしらえていくように、役者は自分の心と体を使って『人間』を表していく仕事なので。それに、仕事に向き合う姿勢みたいなところも、職人さんからお話を伺うと『学び』が多いです。何か教科書や参考書があるわけではなく、先達の知識や経験を直に受け継ぎ『今の時代に自分なら何ができるか?』を模索しながら作品を作っていくという意味では、職人さんも役者も一緒じゃないかな」
では、そんな井浦に大きな影響を与えた「先達」は誰なのだろうか。
「挙げたらキリがないくらいたくさんいらっしゃいます。直伝というか、恩師という意味では、この世界に導いてくれた是枝裕和監督と、育ててくれた若松孝二監督には強い影響を受けていますし、お二人から学んだことが、芝居する上でのベースになっています」
1999年に公開された、是枝監督の映画『ワンダフルライフ』のオーディションを受けた井浦は、主演の望月隆役を勝ち取り映画界にデビュー。その後、是枝監督の作品には『DISTANCE/ディスタンス』(2001年)や『空気人形』(2009年)、『そして父になる』(2013年)と4度にわたって出演しており、俳優・井浦新にとってはまさに「生みの親」と言える存在だ。
一方、デビュー当時「ARATA」名義だった井浦が、現在の本人名義に改めたのは、若松監督による『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2012年)で主演の三島由紀夫役に抜擢されたのがきっかけだった。当時の井浦は、「三島を演じる者が、アルファベットの名前では示しがつかない」と、改名の理由を述べていた。以降、若松組の常連となった井浦は、2012年10月に若松監督が死去した際、告別式の弔辞を読むなど親交を深めていた。さらに、若松プロ出身の白石和彌がメガフォンをとった映画『止められるか、俺たちを』(2018年)では、若松孝二役を井浦が演じたのも記憶に新しい。

Photo = Mitsuru Nishimura
「是枝監督と若松監督は、作風も、監督としてのあり方も全く違います。が、仰っていることはすごく似ている気がするんです。お二人とも、演じる上での技術より『心』を大事にされる。テクニックに頼る芝居ではなく、生きて感じて身についてきたことを素直に出す芝居……そこに重きをおいてくださいました」
俳優としてだけでなく、ブランドのディレクターの仕事に就きながら、プライベートも充実させてきた彼のライフスタイルが、そのまま演技に活かされているのは間違いないだろう。
さて、そんな井浦が主役を務める映画『こはく』が公開される。幼い頃に別れた父の会社を受け継ぎ、経営者として周囲に認められるようになった亮太。しかし、父と同じように離婚し子供たちと別れた経験が、現在の妻との生活にも時々小さな影を落とすことがある。
そんなある日、兄の章一が父の姿を街で見かけたという。兄とともに父を探し回るうち、これまで考えてこなかった父や、老いていく母の人生に想いを馳せる亮太。海の見える坂道が印象的な、佐世保市を舞台にしたこの物語は、「家族」とは何かを改めて考えさせる。原案・監督は『ゆらり』の横尾初喜。自身の幼少期の体験を基にした半自伝的なストーリーであり、横尾の妻で女優の遠藤久美子が亮太の妻役を演じているのも話題だ。
「本人を目の前に、本人の妻と夫婦生活を演じるわけですから、ややこしいなあと思いました(笑)」
そう言って、苦笑いする井浦。しかし、そんなパーソナルな物語だからこそ繊細かつ丁寧な芝居が要求されるこの役は、彼にとって非常にやり甲斐のあるものだったようだ。
「兄弟が父親を探す旅に出る、というのが物語の軸であり、クライマックスで訪れる『父親との再会』に向けて、どうやって気持ちを持っていくのか、その過程をどれだけ丁寧に描けるかが、この映画の成否を決めると思ったんです。なので、兄役の大橋彰さん(アキラ100%)と綿密に話し合いながら進んでいきました。だからこそ、あのドキュメンタリーのような名シーンが作れたのだと思います」
「お盆芸」で一世を風靡したお笑い芸人、アキラ100%がその芸風を完全封印し、無職で実家暮らしの風変わりな兄・章一を熱演。父を憎むことでしか自分を保つことが出来なかった彼が、父と再会し感情を爆発させるクライマックスは観る者の心を鷲掴みにする。そして、そんな兄の姿を見た亮太は、無意識のうちに固く閉ざしたままだった自分の「本当の感情」に、初めて気づくのだ。

Photo = Mitsuru Nishimura
「そこを感じ取ってもらえたのはうれしいです。きっと誰しもが亮太や章一のように、何かしらの欠乏感や孤独感を多少なりとも抱えながら、それとうまく向き合えずに生きていると思うんです。そんな自分の気持ちに気付いたり、自分の家族と改めて向き合ったりするキッカケに、この映画がなったのなら本望です」
今年で45歳を迎える井浦新。「2児の父」として家族と暮らす、これからの彼の日々もきっと「役者人生」の大切なインスピレーション源となることだろう。
『こはく』
原案・監督:横尾初喜
出演:井浦新、大橋彰(アキラ100%)
遠藤久美子、嶋田久作、塩田みう 他
長崎先行公開中、7月6日よりユーロスペース、シネマート新宿ほか全国順次公開
井浦新
1974年9月15日生まれ、東京都出身。98年、主演映画『ワンダフルライフ』で俳優デビュー。以降、数々の作品に出演。近年の主な出演作には、映画『光』『ニワトリ★スター』『菊とギロチン』『止められるか、俺たちを』、ドラマ『アンナチュラル』『健康で文化的な最低限度の生活』がある。2019年は、映画『赤い雪 Red Snow』『嵐電』に出演。現在、連続テレビ小説『なつぞら』に出演中。公開待機作に映画『宮本から君へ』(秋予定)がある。
ジャンプスーツ \128,000 、コットンリネンジャケット \68,000 (ともにFRANK LEDER/マッハ55リミテッド 03-5413-5530)
その他スタイリスト私物 ※すべて税抜き価格
