みずからを「女装家」と呼ぶ、タレントのミッツ・マングローブが、『人生最高レストラン』(TBS系)の6月22日放送回に出演し、女装を始めた秘話を明かした。

「新宿に育てていただいた」というミッツ。

「最初は2丁目ですね。2丁目に集うわれわれは、2丁目を中心に、3丁目に出たりもできるんですけど。

 当時はまだ、2丁目で恋仲の人と手をつないでいても、道路を渡って3丁目に入ると、手を離していました。だから2丁目と3丁目の間の道は、『三途の川』と呼ばれていた。逆にむこうから来る人にも、『生きて帰れると思うなよ』っていう(笑)。

 2丁目では、まったくモテなかったというミッツだが、交友録は幅広い。

「いまのタイプは(競泳の)瀬戸大也! 四谷三丁目の焼肉屋でお肉を与えて、はべらせています(笑)。彼の結婚の報告も、その焼肉屋で受けて。『裏切り者!』と言ってやりましたよ。けっこうなハートブレイクでしたからね……。

 あとご飯にいく回数が多いのは、小島瑠璃子。私がボーッとしてるタイプなので、ちゃっちゃと店決めてくれたり、『はい靴履いて、はいコート着て』と、介護してもらってます(笑)」

 ミッツが恋愛対象として男性が好きなのは、生まれつきだった。そして、「性の目覚め」は……。

「プロレスですね。3〜4歳のときに、ジャンボ鶴田に痛めつけられる、天龍源一郎を見て。裸の男が公衆の面前で痛めつけられている姿に、もうドッキドキするの」

 女装をし始めたきっかけは、ライブパフォーマンスだった。

「ずっとバンドで歌を唄っていて、キャラがないなあと思っていたんですけど、一度、女装したらウケがよかったので、続けていました。

 それから、大学のときに1回、イギリスにいくんですよ。それであちらのクラブ文化やドラァグクイーン(女装パフォーマンス)を知って。

 それで日本に帰ってきて、『このまま、ただモテないゲイをやっているんだったら、プロの世界に入っちゃったほうがいいな』と思ったんです。

 女装して『ミッツ・マングローブ』という名前のキャラクターでいれば、モテようとモテなかろうと関係ない。『そういうことからは圏外の人ですよ』と。苦しかった時期は女装に救われましたし、居場所を作ってくれた」

 そんなミッツがテレビに出始めて、約10年。いまや、お茶の間に欠かせないご意見番のひとりだ。『人生最高レストラン』では、自分の出演意義についてこう分析した。

「社会的にも認めていただいていますし、求められることは粛々とやらないと。じゃないと、このありがたみを忘れてしまう。

 でも、『キワモノ』であることは忘れちゃいけなくて。それが私たちの売りでもあるから。『キワモノがテレビでまともなことを言う』って、ある意味とっても不条理だけど、真理でもあるから」

 ミッツは、苦しみに真正面から立ち向かってきたからこそ、性もモテもキャラも超越した、唯一無二の存在になれたのだ。