―東京にいる意味って、何だろう―。

仕事のため、夢のため、欲望のため……?

上京10年となる節目の年に、人はあらためて問う。

自分が東京にいる意味と、その答えを。

28歳の朝子もその一人。朝子が抱える東京への固執と葛藤は、どこに着地するのだろうか。

18歳で上京した朝子だが、このまま東京にいていいのかという迷いが芽生え、東京と故郷の間で気持ちが揺れ始める。法事で実家に帰り地元の友達と集まったことで故郷への想いは募り、東京に戻る飛行機の中で初めて、上京したことを後悔して泣いたのだった。




地元への帰省から東京に戻っても、気分はしばらく晴れなかった。

忙しく仕事をしている時は平気でも、終電近い帰りの電車の中や、深夜のスーパーで残り物のお惣菜がまばらにぽつぽつ並んでいる光景を見た時、すり減ったヒールのかかとを見た時なんかに、ふいに寂しさに襲われた。

「どうすればいいんだろ……」

部屋で一人、呟く回数が増えた気もする。

こんな気分のまま家にこもるのはよくないと思って、近所にある代官山の蔦屋書店に行ったり、意識して外に出るようにはしているけど、それでもふとした時、本当に簡単に私の心は安定をなくす。

春のにおいを感じたり、額にうっすら滲む汗を拭うときに、幾分晴れやかな気持ちになっても、それはすぐに消えてしまう。

だから、良太くんから久しぶりに誘われても、なんだか気乗りがせず億劫だった。でも、こんなモヤモヤを抱えて一人でいるのもよくないと思って、久しぶりに彼とご飯を食べることにした。

帰省のときにお土産用に買った一風堂のラーメンを持ち、一人暮らしの部屋を出た。


最近の思いを良太に言ってみるが、朝子は余計寂しさを募らせる。




「おーありがとう!俺、これ大好きなんだよ」

『アイヴィープレイス』でラーメンを渡すと、良太くんは本当に嬉しそうな顔でそう言った。この無邪気で素直な所が、彼の一番の魅力だと思う。

良太くんと引きあわせてくれた沙羅は、「何で二人は付き合わないの?」って、いつも不思議そうに言う。

沙羅がそう言いたくなる気持ちは十分わかるけど、なぜか私も良太くんも越えない一線を保ち続けてる。

カウンターに隣合わせで座ったり、ほろ酔いで並んで歩いているときなんかに、手の甲が触れ合ったり、良太くんの息が私の腕をふわりと撫でたことは何度もある。

きっと恋愛関係になる男女は、そういうことが起こったタイミングで壁を乗り越えるんだろうけど、私と良太くんの間にそれほどの情熱はないということだと思う。

大人になると色んなものが少しずつ鈍ってしまうのか、誰かにときめくなんてこともそう簡単には起こらなくて、だから恋愛がどんどん難しくて億劫にさえなってくる。

「どうだった、福岡は。美味しいものたくさん食べてきた?」

いつものように明るい声で、良太くんが聞いてくる。

「食べ過ぎなくらい食べちゃった。懐かしい友達にも会えたし、楽しかったよ」

「そう。でも朝子ちゃん、その割には元気なさそうだけど」

薄暗い店内。まわりの雑音が心地良い程度に聞こえてくる中。良太くんの声は、その雑音の中を綺麗にすり抜けるようにして私の耳に届いた。

私、この人の声が好きだなって。前からなんとなく思っていたことを今日になってやっと自覚できた。

「そお?……実は最近、この年でホームシックになっちゃって」

重くとられたくなくて、笑いながら言ってみた。そして何かを取り繕うように、言葉を続けた。

「私ね、上京して10年になるんだけど最近地元が恋しくて仕方ないんだよね。別に東京で何があったっていうわけでもないんだけど。でも逆に、何もないからかな。東京にいる理由がわからなくなっちゃったっていうか。とにかく、東京出身の良太くんが、本当に羨ましい」

―私の声は、良太くんにはどんな風に届いてるんだろう。

少し早口で言ったあと、そんな事を考えてみた。

「そうなんだ。俺は逆に地元があるのは羨ましいけどな。方言とか憧れるし、お正月とお盆に帰省するのとか楽しそうじゃん」

「えー、お互いないものねだりかな」

そう言って笑ってみたけど、「やっぱり東京の人にはわかってもらえないよね」って言うかわりに、私はワインを喉に流しこんだ。


自宅に帰ってふと目にしたもので、朝子の心はさらにぐらつく?!


3年付き合った相手の、あまりに幸福そうな姿


いつものように、お店の前で良太くんと別れて自宅に戻った。

シャワーをすませてFacebookを見ていると、思いがけない写真が目に飛び込んできて一瞬時間が止まった。

スマホに表示されたのは、チャペルでライスシャワーを浴びている1組のカップル。その新郎の顔を見て、私の呼吸は数秒間止まってしまった。

新郎は高校の同級生で、3年間付き合っていた相手・聡だった。

高校1年の夏休み前に聡から告白されて、それから3年間付き合った。途中、別れたりもしたけど、すぐによりを戻して、結局私が上京するまで付き合った。

「そんなに東京に行きたいと?俺は、遠距離はしきらん……」

涙をこらえながら言った聡の顔は、今でもはっきり思い出せる。

聡は、いろんな“初めて”を共有した相手。

夏の花火大会、二人きりの誕生日、クリスマスのお泊まり、新年のカウントダウンと夜中の初詣、そして、ベッドで肌を重ねること……。

恋人と経験する多くのこと。そのほとんどを、聡と一緒に経験した。まさに、青春を共にした特別な相手。

「結婚、したんだ」

自然と漏れた言葉はあまりにありきたりだった。

写真の中で笑う聡は、少し太って貫禄が出てる。最後に見た彼のつらそうな顔は、私の記憶違いなんじゃないかって思えるほどに幸福そうで、私の胸はまた苦しくなる。

人生とは何かを手に入れることの連続なのか、それとも失うことの連続なのか。

今の私は、失ってばかりだとしか思えなかった。

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友達関係を続けている良太と、思いがけない進展が待っていた……?!