大田泰示、新天地で大いに語る「プロ野球の世界でも一番になりたい」
球春の訪れを感じさせる真っ青な空へ、白球が吸い込まれていく。
ファイターズの大田泰示のバッティング練習を眺めていると、さして力感なく振り抜かれたバットからボールがあまりにも遠くまで飛んでいくことに驚かされる。そのシルエットはまるでメジャーリーグのスラッガー、マイク・トラウトのようだ。

昨年11月にトレードで巨人から日本ハムに移籍してきた大田泰示「えっ、そうですか? それは嬉しいっスね。ほら、よく言うじゃないですか。『芯に当たったら感覚がなかった』とか、そういうイメージが完璧なホームランだと思うんですけど、僕の理想は、詰まったり、ちょっと先っぽでも持っていけるような、そういうスイングワークを作りたいんです。今は逆方向へ強い打球を打つために、ポイントを前にしないよう心掛けてます。長打力のある右バッターとして、中軸を打てるようになりたい。一発で試合を動かせる中軸に僕が入れば、強いファイターズのままでいられると思うので……まぁ、そういうことを言う前に、レギュラーを獲らなきゃいけないんですけどね(笑)」
このオフ、ファイターズがMVP左腕、吉川光夫を放出してジャイアンツから獲得した”未完の大器”── 大田は、陽岱鋼が抜けた今シーズンのセンター候補として、また来シーズン以降、FA権を取得してチームを去る可能性のある中田翔が任される4番の後継者として、いずれもハマれば最適のピースだとファイターズからは高い評価を受けている。そのストロングポイントは、天性の飛距離だ。もちろん、そこには大田もこだわりを見せた。
「遠くに飛ばすところは、自分の持ち味としてブレちゃいけないものだと思っています。僕は、もっともっと遠くに飛ばせるようになりたい。そのためには、しっかりとボールに入って、インパクトを迎えるところを強く振り抜くことだと思っています」
原点は、校舎越えだった。
今から15年ほど前、広島の福山にある小学校の校庭で、ソフトボールをとてつもなく遠くまで飛ばした小学生がいた。「あの校舎を越えたらすげえよな」という同級生のリクエストにお応えしようとバットを構えた、やたらと体のデカい小学5年生。それが、幼き日の大田だったのだ。
「校舎、越えたっスね(笑)。あのとき、飛ばす感覚、快感、気持ちよさを初めて感じました。小っちゃいときは、飛ばすヤツ、イコール、カッコいいみたいに思ってましたから、遠くへ飛ばすヤツがいいバッターだというイメージがあったんです。だから、どうすれば遠くへ飛ばせるのかってことばっかりを考えながら、素振りしてました」
実際、大田は誰よりも遠くへ飛ばせるバッターに育った。故郷を離れて神奈川の東海大相模に進んだ大田が、高校時代に打ったホームランは65本。3年の夏には神奈川大会の新記録となる5本のホームランを記録している。引っ張って飛ばすだけではなく、右方向に弾き返したライナー性の打球がホームランになるなど、力強さと柔らかさを兼ね備えたバッティングが高く評価され、ドラフト1位でジャイアンツへ入団。松井秀喜がつけていた背番号55を与えられた。
「55番については、プレッシャーがなかったと言えばウソになりますけど、結局、プレッシャーって自分で作り出すものなんですよね。周りじゃなくて、自分が勝手に作っちゃう。だから気持ちさえコントロールできれば、何も気にならないはずだし……そりゃ、ジャイアンツのときはいろんなことを思いましたよ。いろんなことをね」
才能の覚醒がいつかいつかとずっと期待されながら、その期待に応えることができなかった複雑な思いが、大田の言葉から垣間見える。
ジャイアンツでの8年間、大田は期待され、その期待を裏切り、それでも注目され、やはり結果を残せないという繰り返しに苛(さいな)まれてきた。プロで打ったホームランは、通算で9本。8年間で9本しかホームランを打ってないバッターにジャイアンツファンがこれほど胸を躍らせ続けたのは、5年前にかっ飛ばしたプロ初ホームランも、去年、大谷翔平から打った先頭打者ホームランも、とてつもなくドデカいホームランだったからに他ならない。今も昔も、遠くへ飛ばせる「カッコいい」バッターだったはずの大田は、しかしプロ入り直後、カベにぶち当たる。
「プロのピッチャーが投げるボールの速さ、コントロール、スライダーのキレ……最初、これはついていけないなと思いました。ただ、6月くらいには慣れてきましたし、ファームのピッチャーからは最終的に17発打てたので、そこは乗り越えられたと思ってます。当時の二軍監督は岡崎(郁)さんだったんですけど、ずっと『お前は飛ばせ、小っちゃいこと考えずに三振かホームランでいいんだ』と言い続けてくれたのが大きかったと思います。でも、一軍の舞台ではそういうわけにはいきません。結果の求められる世界で、たまにホームランを打てても三振ばっかりじゃ、使ってもらえない。だから、打たなきゃいけないというプレッシャーは常にありました。一軍と二軍を行ったり来たりする選手というのは、どうにかして一軍のベンチに残って、というせめぎ合いの中にいる。この選手が打った、じゃあ、次にオレが打てなかったらファーム行きだなって考える選手がジャイアンツにはたくさんいるんです。その手の会話も多かったし、そういうチームの雰囲気が僕はイヤでした。自分の立ち位置が確立できないから、結果を出そうとあれこれ考えてしまうんです」
それは試行錯誤なのか、あるいは暗中模索だったのか。疑いようのないポテンシャルは誰もが認めていたが、それでも結果が出ない大田は幾度となく、フォーム改造に取り組んで……いや、取り組まされてきた。
「シーズン中にバッティングを変えたり、構えを変えたり、打ち方を変えたり……もちろん、周りの方々がよかれと思って提案してくれたことではあるんですけど、そこで変えるということは、前に取り組んできたことを自分がやり遂げていなかったということにもなるじゃないですか。変えてきたことが、果たして僕の成長につながったのか。確かに引き出しは増えたかもしれませんけど、ひとつのことをやり遂げなかったというのは、僕にとっては悔いが残ることなんです。右往左往して、違った感覚が出てきて、ああでもない、こうでもないと思ってしまうのが僕のダメなところだった。せっかくトレードでチームが変わったのに、それでも同じことをやっていたら、レギュラーなんて獲れないでしょう。今は、自分で信念を持ってひとつのことをやり遂げることが大事だと思ってます」
8年もの間、大田がジャイアンツで陥ってしまった負のスパイラル。期待されていると言われながら、あり余る戦力のせいで、結果が出ないと使い続けてもらえない。限られたチャンスの中で結果を求めれば、バッティングが小さくなり、持ち味を生かすことができなくなる。そんな悪循環に、ファイターズでは陥りにくくなるはずだ。限られた戦力を最大限に使い切ろうとするチームで、大田には間違いなくチャンスはあるし、我慢して起用し続けてもらえる可能性は高い。実際、栗山英樹監督も「大田泰示のことを絶対にブレイクさせてやる」と明言している。しかし大田はこう言ってのけた。
「僕は、そこに甘えたくないんです。オレにはチャンスがあるから、また次に頑張ればいいや、なんて考えは絶対に甘い。栗山監督がそれだけの覚悟を持ってくださるのなら、僕もそれなりの覚悟を持っていかなきゃ……この1試合、この1打席、この1球に、自分のパフォーマンスを出し切らなきゃいけないんです。それが三振でも外野フライでも、自分のスイングをしっかりする。小っちゃいバッティングは絶対にしない。フルスイングをすることが自分にとっての覚悟だと思っています」
アリゾナから名護へ移動してきたファイターズ。
2月14日に行なわれた最初の紅白戦では、紅組の4番が中田翔、白組の4番は大田。19日に宜野座で行なわれたタイガースとの練習試合では、スタメンを外れた中田に代わって、大田が4番に座った。これが栗山監督からの大田に対するメッセージだった。
「ジャイアンツでダメだったときも、僕は手を抜かないようにしてきた。ふて腐れることはあったかもしれませんけど、練習や試合では誰かが見てくれている、僕が輝けるところは必ずあると信じてやってきました。僕は、自分が一番だと思いたいんです。田舎で一番うまかったと言われて、高校でも神奈川で一番だって言われて、プロ野球の世界でも一番になりたい。そのためにはまずチームで一番になりたい。でも、飛ばすことだけは一番だと思っていたんですけど、もう、練習でそこに負けた。大谷の飛ばす能力ってズバ抜けてすごいので、そこには負けたくないですね。いやぁ、バッティング練習の大谷、マジ、すごいっス」
55番から44番、そして33番。背中が軽くなるたびに、背負わされていた余計な荷物も軽くなる。大田にゾロ目の背番号が似合うのは、でっかい体に秘められた底知れぬスケールを感じさせられるからだ。大田泰示、26歳。覚醒の日は近い── 。
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