学生の窓口編集部

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後世に名を残すような歴史の偉人たちには、「そんな最期だったのか……」という珍しい死因の人物も数多くいます。例えば数学者のアルキメデス。一説によると、砂の上に数式を書いて思案していたところ、街に攻め込んできた敵兵が邪魔したため抗議し、殺されてしまったのだとか……。

今回は、こうした歴史の偉人の「死因」を紹介します。

■あっけないものからおばかなものまで、偉人の死因あれこれ

●自分が置いた石につまずいて……
日本の偉人の中でもとりわけ有名なのが、鎌倉時代の四条天皇の死因でしょう。2歳で天皇になった四条天皇ですが、12歳のときに側近や女中を転ばせて遊ぼうと廊下に石を置いたところ、誤って自分が転倒。それが原因で崩御。

あまりにもあっけない最後だったため、「たたり」という話も出るほどだったのだとか……。

●お尻のできものをかきむしって……
室町幕府の第4代将軍・足利義持は、お尻のできものをかきむしり、悪化させてしまったことが原因で亡くなったといわれています。このときお尻の肉が壊死するまでひどくなり、最後は敗血症だったと推測されています。相当ひどいことになったのでしょうね。

●敵陣で遊んでいて……
織田信長、そして羽柴秀吉に仕えた戦国武将・中川秀政。秀吉の命で朝鮮半島に渡り、防衛を任されるも、敵陣でのんきに鷹狩りをして敵に囲まれ死亡。完全に油断が原因です。当時、油断をしていた状態で討ち死にした場合は家督が継げないというルールがあったため、戦いで討ち取られたと虚偽の報告までされたそうです。

もちろんばれました(笑)。
●人違いで……
熊本藩(現在の熊本県)の第5代藩主だった細川宗孝は、なんと人違いで殺されてしまったという説があります。板倉勝該という人が板倉勝清という人を殺そうとした際、細川家の「九曜星」の家紋を板倉家の「九曜巴」と見間違えて切りつけてしまったといいます。

これが原因で細川宗孝は死亡してしまいました。

次は海外の偉人の変わった死因を紹介しましょう。

●股のぞきをしながら絵を描いていて……
ブラバント公国(現在のベルギー)の画家ピーテル・ブリューゲルには、股のぞきの体勢でスケッチをする習慣があったそうで、その最中に死んだという逸話が残されています。無理な体勢を続けていて、頭に血が集まり過ぎて倒れてしまったのでしょうか。

●水面に映る月を捕まえようとして……
中国の唐の時代の詩人・李白は溺死したといわれています。中国の唐代の正史『新唐書』には、溺死の原因は「酔っ払って水面に映った月を捕まえようとして溺死した」と残されているそうです。酔っ払った状態で水場に近づくのは危険ですよね……。

●鶏に雪を詰め込んでいて……
「知識は力なり」の名言で知られるイギリスの哲学者、フランシス・ベーコン。ある日鶏に雪を詰め込んで冷凍できるか実験をしていた際、あまりの寒さに風邪を引いてしまい、それが原因で亡くなってしまいました。

海外でもこうした変わった死因の偉人たちがいるようです。歴史に名を残すような人たちでも、このような最期を迎えることがあるのです。まさに一寸先は闇ですね。

(中田ボンベ@dcp)