「格安スマホ」はどこまで広がるのか
■年5万円分の節約が高齢者にウケている
今年5月に東京・有明で開催された、モバイル業界の展示会「ワイヤレスジャパン」で、ちょっとした異変が起きた。例年なら、注目を集めるのは通信事業者と相場が決まっていたのだが、「今年はIIJが目立っていたね」という声が多く聞かれたのだ。
IIJは、国内ISP(インターネット接続事業者)の大手事業者である。同じ通信セクターとはいえ、固定インターネットを主軸としており、もともとモバイルとは畑が異なるが、近年は「MVNO」としても注目を集めている。今年はより広くアピールしようと、大々的な出展に至ったのだろう。
MVNOとは、NTTドコモなどの回線事業者(MNO)から、通信回線を借りて、仮想的(Virtual)に通信事業を行う事業者を指す。通信速度の制限などサービスを絞り込むことで、MNOより利用料金が低く抑えられており、「格安スマホ」の前提になっている。
IIJと並んで業界の注目を集めているMVNOが、関西電力系のISPのケイ・オプティコムだ。6月11日付の発表資料によると、サービス開始から1週間で1万契約を突破。音声通話も提供し、データ通信だけなら980円、音声をあわせても1590円という手頃な価格で支持を得た。
ケイ・オプティコムが注目を集めているのは、これまで本格的にMVNOを手がけていなかったKDDI(au)からの回線調達であることも大きい。すでにソフトバンクも対応を進めており、いよいよMVNO本格化の時代に入ったようだ。
MVNO自体はそう新しいものではない。2001年に日本通信が現在のウィルコムからPHS回線を借りて、年額制のサービスを開始したのが始まりである。その後、総務省の通信政策がMVNOを強く推進する方向に舵を切り、2008年頃からNTTドコモが回線提供を開始。それでも当時はノートパソコンのモバイル利用を想定したデータ通信向けサービスが多く、あまり一般的ではなかった。
いわば10年選手であるMVNOが、ここにきて注目を集める理由は何か。
まず背景にあるのは、スマートフォンの普及である。従来のフィーチャーフォン(いわゆるガラケー)は、iモードなどの興隆こそあったにせよ、音声通信が主軸であり、データ通信は従属的だった。しかし、言うまでもないことだが、スマートフォンの利用にデータ通信は欠かせない。
ガラケー利用者の間でも「そろそろスマートフォンを利用したい」という機運は高まりつつある。ラインやツイッター、あるいは地図アプリのように、スマートフォンならではのアプリが社会的に普及していることが大きい。テレビを見ていても「ラインやツイッターでご意見を寄せてください」と言われると、キャッチアップへの意識が強まるのは、むしろ自然ともいえる。
一方、スマートフォンを使おうとすると、問題となるのは「通信料金」だ。MVNOが提供する「格安スマホ」を選べば、通信事業者との契約よりも月額使用料で4000円以上安くなるケースもある。年額にすれば5万円近いとなれば、家計に与えるインパクトは大きいし、愛好家にすれば新たに端末を買う余地が生じる。
日本のスマートフォン普及率は、現在ようやく半分を超えたかどうか、というところにあり、先進国の中では低い方だとされている。ガラケーからの移行が進まない理由はいくつか挙げられるが、消費者にとって事実上の値上げになることが嫌われているというのは、しばしば聞かれる話である。
スマートフォンでは「パケット定額サービス」の利用が前提になる。このため音声・データともに利用頻度が低いガラケー利用者からすれば、端末を乗り換えるだけで3000円以上の値上がりになることもあった。これに対し、MVNOを利用すれば、毎月の料金をガラケーと同水準に抑えることができる。「格安スマホ」の利用者に高齢者の割合が高いことからも、そうした生活防衛への意識がうかがえる。
■携帯からテレビまで「ヤフー」になるかも
ところでMVNOは、これまで「容易ならざるビジネス」と言われてきた。なぜなら採算を合わせるために必要な契約数のハードルが高く、そのための営業費用が膨大だからだ。特に、当初の対象だったノートパソコンのデータ通信という用途は、そもそもの市場規模が小さく、営業費用の投下と帳尻が合わないことが少なくなかった。
その一方で、総務省は以前から、積極的にMVNOを支援してきた。MVNOが広く普及すれば、顧客接点がMVNOに移り、回線事業者の市場支配力が相対的に弱まるため、競争環境が改善されると考えてきたからだ。ただ、理屈としては正しいものの、そもそも市場性に課題があったため、なかなか思惑通りに進まなかった。
そうしたMVNO専業者中心の時代を「MVNO1.0」とするならば、予め顧客を大規模に持つ小売事業者などが参入している現状は「MVNO2.0」と言えるだろう。たとえば大手量販店やISPが象徴的だが、彼らはそもそも店頭やその他の顧客接点を有しており、営業費用を低く抑えることができる。また巨大な顧客基盤によるスケールメリットも期待できることから、従来よりも大きな果実を得ることができるのだ。
では「MVNO3.0」はどのような姿になるのか。いろいろなオプションは考えられるが、おそらくはMVNOをはじめとした回線やコンテンツサービスの調達を組み合わせた「クワッドプレイ」が台頭してくるのではないかと、筆者は考えている。
クワッドプレイとは、データ(インターネットアクセス)、ビデオ(テレビ、動画配信)、音声(固定、携帯電話)、ワイヤレス(モバイル通信)の4つを包括的に利用できるサービスのことだ。
現在はそれぞれのサービスが別々の事業者によって提供されることが多く、契約などの負担が大きい。サービス提供を担うのは、必ずしも回線をもつ通信事業者である必要はない。むしろ馴染みのある小売事業者や、コンテンツ配信事業者、あるいはゲーム事業者であってもいいだろう。
こうした考え方に沿って、クワッドプレイの「フロント」に立つサービスやブランドを軸に、彼らがMVNOとなることで、仮想的に統合された通信サービスが台頭する可能性がある。実際、近くモバイル回線だけでなく、光ファイバーも「卸売り」が開始される。となれば、組み合わせはより多様となるし、調達条件の交渉次第によっては、うまみのあるビジネスにもなるはずだ。
もちろん、落とし穴はある。MVNOは回線事業者からのサポートを受けられない。セキュリティやプライバシーのトラブルが増加し、そうした関心が高まる中、自分で問題に対応しなければならないというのは、なかなか大変だ。また、端末と回線がセットで販売される場合、「安かろう悪かろう端末」があてがわれるケースも散見される。
ビジネス面での課題もある。回線事業者にとって、MVNOに力を入れ過ぎると「利益相反」を起こす可能性がある。MVNOによって通信事業の足下をすくわれてしまうということだ。また、回線事業者が利益を安定的に得られないと、MVNOの条件は厳しいものに戻っていくだろう。
それでも、硬直化していたモバイル業界に、MVNOが新風を吹き込んだことは間違いない。そして、極小基地局やネットワーク機能の仮想化に見られるインフラ技術の多様化と、MVNOが組み合わさることで、通信サービスを回線事業者以外が提供するという、新しいパラダイムが訪れるだろう。
それこそ、イー・アクセスとヤフーの統合構想に、そうした斬新な取り組みを期待したのは、おそらく私だけではないだろう。今回は残念な結果となったが、類似の動きは今後も顕在化するはずだ。
MVNOは、「モバイル通信のコモディティ化」を促した。だからこそ、利便性とリスクが混在している状況にある。課題克服をも事業機会と捕らえるような考え方で、消費者がより安全にMVNOサービスを使える環境を、いちはやく整えていく必要がある。
※1:ケイ・オプティコムは6月11日、6月3日からサービスを開始した携帯電話サービス「mineo(マイネオ)」の申込件数が、6月10日までに1万件を突破したと発表した。リリースによると、利用者のうち初めてMVNOを利用する人が約7割を占めるという。
※2:ヤフーは3月27日に国内携帯電話4位のイー・アクセスを、親会社のソフトバンクから3240億円で買収すると発表していたが、5月19日に一転、買収を中止すると発表した。
(答える人=コンサルタント クロサカタツヤ)

