川口能活、日本代表“奇跡の勝利”を振り返る
1998年のフランスW杯では日本代表の守護神として活躍するも、2002年の日韓W杯では楢崎正剛に正ゴールキーパーの座を奪われていた川口は「(楢崎がケガで離脱し)ジーコさんが招集してくれて、自分としてはラストチャンスという意気込みでアジアカップに臨みました」と振り返った。
すると日本代表は、2人目の三都主アレサンドロもピッチに足をとられてシュートを外してしまう。ここで主将の宮本恒靖は審判に掛け合い、サイドが異例の変更となる事態に。「自分たちの流れにもっていきたい。ヨルダンが蹴りにくい流れにもっていきたいというのはありました」と、宮本は語ったが、それでも川口は「サイドは変わりましたけど、自分の中では入りきれてなかったですね」といい、ヨルダン2人目のアワダートにも、足が動かずゴールを許すと、3人目のアクルにも逆を突かれ、キッカー2人を残して1-3という絶対絶命のピンチに陥った。
しかし、番組のカメラにコメントした6人目のキッカー・ズブーンは「勝ったと思ったよ」といい、7人目のバニーヤスィーンも「2点差だからね。回ってこないと思って喜んでいたんだ」と振り返る裏で、川口は「何かが吹っ切れた」という。
「自分の中に圧し掛かっていた重りというか硬さというか。それが取れた瞬間が3本目決められた瞬間、逆を取られましたけど、自分が跳んだことですね」と話した川口は、ご存知の通り、ここから4連続セーブを見せる。
4人目のシュブールは「相手にとっては決められたら負けという大きな一本だった。そういう時、キーパーは気がはやって蹴る前に動いてしまうもの。先に跳ぶ場合は高くは跳ばない。だから高いコースを狙えば80%決まる」と明かすも、これを見透かしたように「蹴る前ですね。ギリギリまで待って絶対ボールに反応しようと」と語る川口は、「狙い通りに蹴れた」というシュブールのシュートに反応し、間一髪ゴールを阻止。「先に動いてこの高さはいけないですよね。先に動くと大体下に行くので。先に動いたら仮にコースがあってたとしても、この高さに届くことはない」と説明した。
