ツアーで訪れた博物館(中国人民抗日戦争記念館/時事通信フォト)

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 修学旅行中の高校生が犠牲となった沖縄・辺野古沖の船の転覆事故。本誌・週刊ポストは、船を運航した抗議団体が中国共産党系メディアの取材に協力していた事実を報じてきた。同様に「平和学習」を謳って日本の学生を募集しながら、内実は中国軍部の息がかかった「思想工作ツアー」の存在を掴んだ。紀実作家・安田峰俊氏がレポートする。【全3回の第1回】

【写真】「アジアの平和と未来をひらく若者訪中団」に参加した学生たち。中央には呉江浩・中国大使も

学生の渡航費や5泊6日の食費・宿泊費など中国側が全額負担

「昨夏、『無料で中国に行ける』という学生向けのスタディツアーに、教え子が参加したんです」

 国立大学に勤務する教員の1人がそう話す。

「しかし、主催したのは、実質的には新左翼系の政治団体。中国滞在中に団体加入の勧誘を始め、帰国後もしばしば学生を勧誘。事情を知った保護者が大慌てで学生を引き離した例がありました」

 このツアーの名は「アジアの平和と未来をひらく若者訪中団」。表向きは、通称「広範な国民連合」という市民団体の主催で、戦後80年にあたる昨年の8月14〜19日にかけて実施された。

 学生の渡航費や5泊6日の食費・宿泊費、現地での交通費やガイド料などの全額は中国側により負担され、開催は今回が1回目だったという。

 参加学生の1人、Aさんが話す。

「参加者は42人。うち学生が30人ほど。東大・早稲田・同志社・九州大・琉球大などの学生がいましたね。それぞれ東京・関西・九州・沖縄から出発し、北京で合流。参加者は、いかにも平和運動に興味を持ちそうな、"真面目な陰キャ"が多かった印象です」

 学生たちは知人などの勧誘で集められたようだ。

 参加した学生たちは口々にこう話す。

「引率したのは『日本労働党』という政治団体の党員。一緒にツアーに行った友達が、勧誘に応じて労働党に入りました。入党申請書に"出身階級"と"個人の闘争歴"を書く欄があったと聞いています。階級闘争って何時代の話? という感じですが……」

「高齢の党員に『暴力革命を目指していますか』と尋ねたら、『やるよ!』と言われて驚きました」

参加したのは"ガチ"な学生と"ユルい動機"の学生

 この、日本労働党の規約には以下のように書かれている。

「マルクス・レーニン主義を指導思想とし、自己を導く理論的基礎とする」

「アメリカ帝国主義の支配・圧迫・干渉を一掃し、わが国の売国反動派を打倒して(略)人民民主主義革命を経て、連続的に社会主義社会を建設する」

 労働党は1974年に結党。当時、毛沢東体制の中国と関係が悪化していた日本共産党に除名された親中派メンバーが、紆余曲折の末に結党した組織だ。党員と接触がある人物の1人が言う。

「1990年代、日本共産党が中国側に労働党との関係解消を要求。対して労働党は、市民団体『広範な国民連合』を窓口にして、中国との親密な関係を維持したと聞きます」

 そうした組織だけに、中国側が多額の費用を負担するツアーを催行できたようだ。

 だが、参加した学生の動機はいかなるものだったのか。参加者が話す。

「訪中団内で班長になるようなコアメンバーは、自分で市民運動などに参加するなかで『広範な国民連合』の関係者から誘われた"ガチ"な学生たち。ただ、他の参加者は『無料で海外に行けるから』というユルい動機の人も多いように見えた」

「学生の半分ほどは、中国に行ってから『日本労働党が関係している』と知った。違和感を覚える人も多くいました」

▼▼▼第2回記事▼▼▼

【つづきを読む→】《自由行動は一切無し》学生30人が無料招待された5泊6日の中国ツアー 行き先は中国の歴史観を主張する博物館など

【プロフィール】

安田峰俊(やすだ・みねとし)/1982年、滋賀県生まれ。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)で第5回城山三郎賞、第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『戦狼中国の対日工作』(文春新書)など著書多数。近著に『民族がわかれば中国がわかる』(中公新書ラクレ)がある。

※週刊ポスト2026年6月26日・7月3日号