【木俣 正剛】「国民の理解が得られるものに」天皇陛下が記者会見で示した「皇室典範改正へのご懸念」と「愛子さまへの思い」
天皇陛下が記者会見で語った言葉
世の中が進歩するのは、ありがたいことです。たとえば、平安時代などは、臣下のトップ、つまり首相クラスであっても、天皇陛下に拝謁するときは、天皇の前で平伏し、直接顔をみない。御簾(みす)越しに対面するのが普通とされていました。
現代のように、天皇陛下が直接記者会見し、その姿や言葉をテレビ中継で国民全員が見ることが可能になったのは、本当に最近のことなのです。
そんなに世の中が進歩したのに、天皇の言葉を全然理解できない首相や政治家が大勢いるんだなあ、と多くの国民が、6月11日の記者会見を見て、感じたことでしょう。
「男系男子」の法則こそ正統であると声高に叫び、「女性皇族が結婚しても皇族として残ること」のみを認め、旧宮家から養子をとって皇族の数を増やすことで女性天皇の可能性を封じ込めようとする政治家たちをみて、世の中は本当に進歩したのか。いや、この人たちだけが、明治のアタマで政治をしているのか、と思った国民が多いと思います。
今の日本は象徴天皇制ですから、天皇に政治的発言は許されません。しかし、憲法で天皇の存在は国民の総意による、と規定されていることも無視してはいけません。
にもかかわらず、今回の皇室典範の改正は、天皇家や皇族の方々に丁寧にお話を聞くわけでもなく、「静謐な環境で議論を」という建前で、国会の衆参正副議長のみが立法府の案をまとめて政府に提案する、という形をとりました。
その日、天皇陛下は記者会見をされました。もちろん、この改正案について宮内庁長官から報告を受けてのことです。これは政治の問題なので、陛下には、ご自身と家族にかかわる話しであっても、一切反論はできません。新聞報道によると、「国民の理解が得られるものとなることを望んでおります」と述べられました。たった一言、短い言葉ですが、この一言に天皇陛下の心底のお気持ちが込められていると感じた政治家や記者はいなかったのでしょうか。
立法府の総意が決めた、「改正案」について、「国民の理解が得られるものに」という言葉は、どういう意味か、少し考えればわかることです。愛子内親王(敬宮内親王(としのみやないしんのう)への天皇待望論が、多くの世論調査で高支持率を得ているのに、その愛子さまを天皇にするという議論がされていない「立法府の総意」に自らの娘の運命を委ねなければならないからこそ、「国民の総意を得ていないのでは」と精一杯に反論されていると思わないのでしょうか。
御簾越しでしか、陛下と会話できなかった時代ではありません。これは、天皇の真意を聞かねばならないと思うのが、国民の象徴という大事な人物を決め、それが続くよう制度を考える首相と政治家の最低の務めではないでしょうか。
「国際親善への努力」と「教養の大切さ」
6月11日の陛下の記者会見は、オランダ・ベルギーへの公式訪問についての記者会見でしたが、言葉をきちんと聞くと、婉曲にですが、自分の言い分をできるだけマイルドな形で伝えるよう努力されている陛下の気持ちが痛いほど分かりました。陛下が強調されていたのは、皇室がいかに国際親善に積極的に取り組み、各国との大きな壁を取り除くことに努力されてきたか、ということでした。
特にオランダについては、太平洋戦争中にインドネシアで捕虜となったオランダ兵に対する、日本軍のかなり暴力的な扱いがありました。そのため、昭和天皇が戦後にオランダを訪問した際には、乗っていた車に魔法瓶が投げつけられたり、食事をした日本大使公邸にレンガが投げ込まれたりするなど、激しい抗議行動が起こりました。
しかし、皇室は上皇陛下がオランダを訪問したり、ベアトリクス女王を国賓としてお招きになったりするなど、両国の親善友好に努力されました。陛下ご自身も、英国留学中に当時は皇太子だったアレキサンダー国王陛下と出会い、結婚式にまで参列しました。その後も、国王の即位式に雅子妃殿下とともに出席し、逆に即位の礼にはオランダ国王夫妻が出席されるなど長い交際を続けてきたことが、両国の間の試練の時期を乗り越えた成果であることを強調されました。
殿下は江戸時代以来のオランダとの歴史にも触れ、長期間の関係を保ち、お互いの王室が親しくなることが、どれほど国際親善に役に立つか、そして軋轢のあった国との和解に役立つか。そのためには、国際親善を行えるだけの語学力や、機転の聞く会話術、教養の必要性が皇族の必要事項だと暗に訴えられていたともとれないでしょうか。
同じくベルギー訪問でも、上皇上皇后両陛下が長年にわたり、親密な交流を続けられてきたことを受けて、現在のフィリップ国王とは同い年ということもあり、何度も会ってきたこと。雅子妃とともに結婚式にも招待され、お返しにベルギー国王も陛下の即位の礼に参加されるなど、長い関係を結んできたと述べられました。
その後、ベルギー国王の妹のアストリッド王女殿下夫妻が来日された折には、懇談の場に愛子さまも同席されたと、その国際交流の実績をやんわりとお話しておられます。以降、愛子さまはラオスにゆかれたり、海外の来賓ともきわめてうまく交際なさっていることをさりげなくアピールされていました。
高市首相は悠仁殿下への流れはゆるがせにできないという結論ありきの状態ですが、悠仁殿下は原稿を棒読みすることも多く、特に国際交流は苦手に見えます。対して、いわゆる帝王学を身につけ、そして愛子さまにも帝王学を自らの背中で教えてきたという自負を陛下の言葉から感じなかったら、その人に政治家のセンスがあるとはおもえません。人との交流こそ、政治家の資質の一丁目一番地だからです。
「皇室問題は票にならない」政治家の認識
そして、これは政治家だけでなく記者にも言えることですが、この言葉の意味を伝える努力こそ、国民と皇室の紐帯を深めることになるという自覚がほしいのです。
今回の皇室典範改正については、大手紙だけでなく地方紙の多くも、社説で「女性天皇の検討を」と見出しに掲げていたはずです。それを見た国民は、愛子天皇の実現に、新聞がなにかの役割をはたしているのかと注目しています。
しかし、与党の男系男子一辺倒の掛け声にも、天皇家の歴史には少なからず女性天皇が存在し、男系男子は明治憲法下の皇室典範で決まっただけのこと、といった厳しい論陣を張るメディアはありませんでした。
皇室典範改正において「女性皇族の身分保持と旧宮家の皇室入りにだけ賛成票を投じた政治家に、次回の選挙で投票しますか」というアンケートをとるべきではないでしょうか。政治家は皇室問題は票にならないとタカをくくっています。しかし、それが票に響くとなったら眼の色を変える人種です。少なくとも、メディアの影響力を政治家に示すという姿勢くらいは必要ではないでしょうか。
男女平等を打ち出した欧州の皇室
冒頭に進歩とはいいことだと書きました。実際、欧州の王族は進歩をしています。
デンマークでは、「絶対的長子相続制度」を2009年に国民投票で決めました。元々男系男子の1000年以上続く王室でしたが、1953年、憲法改正をして国民投票で、男子の継承者がない限り女王の継承を決めていましたが、今世紀になり、さらに男女平等をうちだしたのです。
隣国のスウェーデンでは、1980年に絶対的長子相続制度を導入しており、オランダ(83年)、ノルウェー(90年)、ベルギー(91年)が次々制度改正をしました。現在ノルウェーのマルグレーテ二世が83歳で退位して以降、欧州には女性君主の姿が消えましたが、長子相続の原則からみて21世紀後半は女王の時代といわれています。
そんな時代に、先進国でわが国だけが、科学的根拠のない男系男子の法則を維持しようとしていること自体、政治家、特に与党とメディアが時代後れであることを証明しているようなものです。心ある政治家のみなさん、明治時代に戻るような選択がまかりとおらないよう努力してほしいと思います。
【もっと読む】皇室典範改正が民意を無視して進むのはなぜか…「女性皇族の身分保持」「男系男子の養子」に残る「大きな疑問」と皇室が迎える危機
【もっと読む】皇室典範改正が民意を無視して進むのはなぜか…「女性皇族の身分保持」「男系男子の養子」に残る「大きな疑問」と皇室が迎える危機
