back number - 大不正解 / from 『back number “anti sleeps tour 2024” at SAITAMA SUPER ARENA』

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<歌声分析>

 アーティストの魅力を語るうえで、楽曲だけでなく“歌声”そのものに宿る個性にフォーカスする連載「歌声分析」。声をひとつの“楽器”として捉え、音楽表現にどのような輪郭を与えているのかを掘り下げていく本連載では、技術的な視点からさまざまなアーティストの歌声を紐解いていく。

 第16回目は、back numberの清水依与吏を取り上げたい。

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■清水依与吏が届ける心の居場所、三つの要素から魅力に迫る

 5月から、自身初の5大スタジアムツアー『back number "Grateful Yesterdays Tour 2026"』を開催中のback number。ストリーミング再生数、各ヒットチャート、そしてライブ動員数など、どこを切り取っても、今、日本の音楽シーンを代表するバンドのひとつと言っていいだろう。注目すべきは、聴き手の記憶から“今ある感情”をリアルに立ち上げることができる表現力だ。恋愛という最も個人的な感情を普遍性のある物語へと変換するその才気は、清水のライティングだけでなく歌声にも宿っている。失恋や後悔、嫉妬や未練を描きながらも、back numberの楽曲が湿っぽくなりすぎないのは、清水のボーカルアプローチがあるからだ。聴き終えた後にどこか感情が整理されたような感覚が残るのは、back numberならではだろう。

 清水依与吏の歌声の魅力は、大きく3つに分類できる。

 まずは声質。柔らかな吐息をはらんだハスキーな声だ。わずかな擦れや不完全さを残した響きが、聴く者の心のひだに自然に入り込む。ゆえに、聴き手自身の記憶をたどりながら歌っているような生々しさが生まれるのだ。

 次に、歌唱自体は意外なほど冷静な点が挙げられる。歌声の湿度が過剰に高くならず一定であり、結果として感情をコントロールするバランスが成り立っている。だからこそback numberの楽曲は、未練や後悔を描きながらも、最終的には聴き手自身の感情を受け止める場所になる。そういう意味で清水依与吏というボーカリストは、感情を“浄化”し、整理する場所を提供できる力を持っているのかもしれない。

 最後は声区(=声を出す時に使う発声のエリア)の切り替えを感じさせないこと。地声からミドルボイス、ファルセットの橋渡しが抜群に上手い。地声から自然に繋ぐ歌唱で、曲の中に物語を立ち上げているのだ。

 本稿では、楽曲をピックアップしながら、清水依与吏のボーカルの普遍性の秘密を解き明かしていきたい。

 最初は「わたがし」(2012年)。先述したように、清水の声には少ししゃがれた質感があるが、それがブルースやロックとは異なる文脈で鳴り、弱さや切実さの表現として機能している。昭和歌謡を思わせるドメスティックな音階を随所に使いながらも、現代的なポップスとして成立しているのは、清水の声質が大きな役割を担っているからだと考える。高音域でもあまりファルセットへ逃げず、地声を主体に歌うことで、どこか苦しさを残した響きが生まれている。この不安定さが、楽曲の切なさと見事に重なるのだ。特徴的なのは〈どんな顔で見つめればいいの〉の“の”をストレートに伸ばし、次のフレーズ直前まで引っ張るアプローチ。この手法は本曲の随所に登場するが、メロディを繋げることで、聴き手の感情移入を途切れさせない。このスキルは、現在に至るまで続くボーカリスト・清水依与吏の魅力の原点と言える。

 次に挙げたいのが、ドラマ『あなたを奪ったその日から』(カンテレ/フジテレビ系)主題歌「ブルーアンバー」(2025年)だ。この曲はメロディも歌詞も暗いが、清水は聴く者をその暗さの中に引き込まない。清水の歌はサビに入ってもトーンは一定で、ビブラートもほとんどかけていないのが特徴だ。言葉の母音もブレスは多めだが、語尾を空気へ溶かしすぎず、輪郭を適度に残しながら歌っている。ある意味、ちょっと素っ気ないとも言えるだろう。ゆえに、この曲の湿度との距離感が生まれ、楽曲全体にべたつかない印象をもたらしている。楽曲が宿す感情との絶妙な距離感をとるのが、清水特有のバランス感覚と言える。

■声区をまたぐ真骨頂、物語を拡張する歌唱技術

 一方「大不正解」(2018年/映画『銀魂2 掟は破るためにこそある』主題歌)では、別の側面が垣間見える。本曲はback numberの中では比較的ロック文脈寄りのアップチューンであり、譜割りも細かい。この曲で清水は子音のアタックを強くしすぎず、母音とのバランスを保ちながら歌うことで、言葉一つひとつに独特の丸みを与えている。同時に語尾を少し跳ねさせ、リズムを加えているのだ。歌い出しの〈僕等は完全無欠じゃ無い〉という部分だけでも、バラードやミディアムバラードとは明らかに異なるリズム感を見せている。さらに、一部のフレーズでは母音をあえて溶かすようなアプローチも展開。そのコントラストが楽曲のフックとなり、ロックナンバーの中にもback numberらしい色気を生み出しているのだ。

 次は、最新曲「どうしてもどうしても」(2025年/NHKウィンタースポーツテーマソング)。Aメロにはケルティックな音階を使った軽快な跳ねがあり、メロディも細かく動く。清水はリズムに振り回されることなく、自然な流れの中で、歌によってメロディとスケール感を拡張させていく。Aメロでは中音域メインだった歌が、サビの〈どうしても〉から高音域に移行する構成で、声量も大きくなり、展開もドラマティックでわかりやすい。。サビのブロックでは、地声、ミドルボイス、ファルセットなどが登場するが、その境界線が明確にはわからないのが清水依与吏というボーカリストの真骨頂。自然に声区をまたぎながら感情を運んでいくのだ。このアプローチができるボーカリストは非常に珍しく、清水の場合は活動を重ねるごとに、その精度にさらに磨きがかかっているように思う。

 最後に、清水はメロディを“物語”として歌うボーカリストである。その魅力が最もわかりやすく表れているのが「水平線」(2020年/令和2年度全国高等学校総合体育大会[インターハイ]応援ソング)だろう。王道のバラードと言える1曲だが、派手なアプローチや大きな仕掛けがないシンプルな構成だ。Aメロでは、清水の一つひとつのニュアンスが楽曲の表情になっている。ブレスの量、声量、響きを少しずつ変化させながら感情を積み上げていく。そのため感情も地続きになり、聴き手の中で物語が紡がれていくのだ。

 back numberの楽曲は、過去に想いを馳せる楽曲が多い。しかし、清水依与吏の歌声は、その過去を思い出にするのではなく、痛みごと現在へ持ち帰る力を持っている。未練や後悔という、本来なら前へ進むことを妨げる感情を、自然と受け入れられる感情へと変換してしまう稀有な歌唱スタイル。そこが、多くの人が自身の人生をback numberに重ねてしまう理由であり、彼らの普遍性だと言えるのではないだろうか。

(文=伊藤亜希)