直木賞ノミネート!凪良ゆうが”多様な結婚”で綴った同性愛と不倫
「一緒に生きる。わかりあえないあなたと。」
これは、直木賞にノミネートされた凪良ゆうさんの最新連作短編集『多類婚姻譚』の帯に書かれた言葉だ。
本書は「結婚」というキーワードで貫かれ、「男女の恋愛や結婚」を正面から扱った短編集のように思えるが、セクシュアリティやジェンダー、地方や貧富の格差、恋愛と結婚など、すべての人々が抱える「違い」とともに生きていくことを考えさせられるエンターテインメントでもある。「違う」「わかりあえない」ことを理解することの大きさも感じさせられる。
凪良さんは2020年の本屋大賞受賞作『流浪の月』や、2023年の同賞受賞作『汝、星のごとく』、そしてその続編『星を編む』など、現代社会の片隅で生きづらさを抱える人々の営みと愛の形を、圧倒的なリアリティと切実さで描き続けてきた。『多類婚姻譚』も私たちが無意識にハマっている「社会通念」や「正しさ」の枠組みを心地よく裏切っていく。
ジャーナリストの大門小百合さんが凪良さんにインタビューする第1回は本書のテーマである「多様な結婚」を描いたバックグラウンドを聞いている。
前編では物語だからこそ描けるジェンダーギャップのリアルについて聞いた。後編では同性愛や不倫についてさらに聞く。
凪良ゆう(なぎら・ゆう)
京都市在住。2007年に初著書が刊行され本格的にデビュー。BLジャンルでの代表作に連続TVドラマ化や映画化された「美しい彼」シリーズなど多数。17年に『神さまのビオトープ』を刊行し高い支持を得る。19年に『流浪の月』と『わたしの美しい庭』を刊行。20年『流浪の月』で本屋大賞を受賞。同作は22年5月に実写映画が公開された。20年刊行の『滅びの前のシャングリラ』で2年連続本屋大賞ノミネート。22年刊行の『汝、星のごとく』は第168回直木賞候補、第44回吉川英治文学新人賞候補、2022王様のブランチBOOK大賞、キノベス!2023第1位、第10回高校生直木賞などに選ばれ、翌年、自身2度目となる本屋大賞を受賞。同書は26年に実写映画化される。23年には『汝、星のごとく』の続編となる『星を編む』を発表。本書『多類婚姻譚』は著者2年半ぶりの文芸新刊となる。
思いがけず気づかされた私たちの先入観
――本編には同性愛を扱った物語がありますが、とても新鮮なアプローチだと感じました。従来のLGBTQ+をテーマにした作品にありがちな、権利を勝ち取るための戦いとは一線を画していますが、なぜこういうテーマで書こうと思ったのですか。
凪良ゆう(以下、凪良)「私はもともとボーイズラブ(BL)小説を書いてきた人間なので、一般的な小説で同性愛を描くとき、みんなすごく真面目で、権利に対しても敏感で『戦って勝ち取らなければいけない』というスタイルが主流になっている気がしていました。でも、実際の世の中を見渡してみれば、そうじゃない人たちだってたくさんいますよね。ただ普通に、のんびりと生きていたいだけの人もいる。もう社会と戦うこと自体に疲れてしまった人たちだっている。押し付けられた常識には腹が立つけれど、だからといって声高に主張するわけでもない。そういう人達を書きたかったんじゃないかと思います」
――物語の終盤、主人公のパートナーをめぐる「ある仕掛け」に、私自身が見事に騙されてしまいました。読み進めていって、「あ、やられた!」という気持ちになりました。自分が日頃いかに色眼鏡で世界を見ているかを突きつけられた気がします。
凪良「そこは明確に意図した部分ですね。鋭い読者の方なら気づくかもしれませんが、読者には先入観を持って読んでいる自分に気づいてほしかったんです。そういう意図があって描写を工夫しました。でも、だからといって気づかなかった読者を断罪しようというわけではありません。みんな『他者を理解したい』と思っているし、悪気があるわけじゃない。でも、その『理解したい』という気持ち自体が、どこか不遜で傲慢な一面を孕んでいるのではないか、と自分自身に問いかける瞬間が私にもあります。『理解しようとすること自体が、差別ではないか』と言われると、すみませんと頭を下げるしかない。最近はジェンダーや権利の問題がどんどん先鋭化して、ややこしくなっています。でも、本当は難しく考えずに、もっと人の心のベースにあるところで話をすれば、通じ合えるものがあるのではないかと思っています」
――世の中の先入観として同性同士のカップルに無意識に美を求めているところもありますよね。ところが、この小説の登場人物は少し太っていたりと等身大です。そういう意味では女性カップルを美化していないところに親近感が湧きました。
凪良「女性同士のカップルである百合っぷるというとすごく美しいイメージがあるじゃないですか。特に男性作家もよく百合は書かれるし、百合にみんな言いたいことがあって、自分なりの美意識に基づいて描くじゃないですか。それが『しんどいわ』と思う時があるんですよ。みんながみんなそんな綺麗なはずないだろうって」
「誰かを好きになってしまう心」を縛る権利なんて、誰にもない
――さらに踏み込んで、不倫や「コントロールできない恋愛感情」が描かれる一編もあります。特にラストシーンは、不倫の後の結末として、どこか大人の男女の年と人生の経験を経た関係性が美しく滲んでいた気がしました。
凪良「実はあのラストは、私が若い頃に読んで大きな衝撃を受けた、山本文緒先生の小説『恋愛中毒』をずっと頭に思い浮かべながら書いていたんです。私が20代の頃、『恋愛中毒』を読んだときは、あのラストが理解できなかったんです。「これは奥深い大人の世界すぎる」と。でも、53歳になった今の私なら、彼らがなぜあの関係を続けてしまうのかが言葉にはできなくても、理解できるところがあるんですよ。
だからそれは、自分の結婚観とか恋愛観があの時から変わっていることの証拠です。私はあんな深みにはまだ全然到達できないですが、山本先生を思い出しながら書いていました」
――不倫というのは世間的な「正しさ」から最も遠い場所にある関係ですが、これを読んで「人を好きになる」ということについてあらためて考えさせられました。「好き」という気持ちというのは、凪良さん自身、コントロールできないと思いますか?
凪良「私自身に関しては、好きは全くコントロールできないですね。好きでいたいと思うのに嫌いになっちゃう時もありますし。
今の世の中、一度不倫が発覚したら社会的に人生が終わるくらい激しく叩かれますよね。でも、それは抑えきれない感情ですから、やったことはやったことで申し訳ないと言って謝らないとならないし、パートナーに対しては慰謝料をきちんと支払うべきです。でも好きになる心は止められないし、人の心の自由まで罰しようとする今の世相には疑問を感じます。
心はいつでも、どこまでも自由であるべきなので、そこに枷をはめようとする風潮は、作家に対しても冒涜だと思います。この結末を書くときには、今の時代、共感してくれる女性は少ないのではないかとか、結婚している奥さんが読んだら許せない話だろうとも思いました。でも、そこで筆をセーブしてはダメで、今の時代でそこを書けるのは、もう小説ぐらいしか残されていないと思っています」
