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 歌手の菅原洋一(すがわら・よういち)さんが5月31日午前9時26分、都内病院で悪性リンパ腫のため死去した。92歳。日本歌手協会が2日、発表した。

 訃報を受け、歌手の加藤登紀子(82)は所属事務所を通じてスポニチ本紙にコメントを寄せた。

 「菅原洋一さん、最後まであの優しい声で歌っていらしたお姿が忘れられません。私がデビューした頃、なかにし礼さんの日本語詞で歌われていた『知りたくないの』が大ヒットしていて、それがとても支えになりました。それ以来、ずっと一番近くにいる大先輩、懐かしい想い出がいっぱいです。

 80歳を過ぎてからも、素晴らしい音楽活動をされている事を知って、是非にと2018、19年、ジョイントコンサートを開き、一緒にステージに立ったことが、ついこの間のようです。

 今年の4月にも歌っていらしたそうで、本当に素晴らしいです。

 いつ見ても変わらぬ笑顔で、胸に染み入る歌を歌われる。その声は年齢と共に艶やかさが増すようで、どうしたら、そんな風に歌えるのかなあ、といつも聞き入っていました。

 ずっと歌っていてほしいのに、逝ってしまわれて、本当に淋しいです。残念です。でもきっと、空の上でも、同じように歌い続けられる、と信じています。 心からご冥福をお祈りしています」。

 菅原さんは1933年8月21日生まれ、兵庫県加古川市出身。国立音楽大学を卒業後の58年、タンゴバンド「早川真平とオルケスタ・ティピカ東京」に入団し、タンゴ歌手として歌手デビューした。67年に「知りたくないの」が80万枚突破の大ヒットを記録。その年の第18回紅白歌合戦に初出場し、88年まで連続22回出場した。68年には「誰もいない」で第10回日本レコード大賞歌唱賞、70年には「今日でお別れ」で第12回レコード大賞を受賞した。その他の代表曲に「愛のフィナーレ」「忘れな草をあなたに」「愛の嵐」など。19年には文化庁長官表彰。22年には日本歌手協会第1回名人賞を受賞した。