「働かなくても、俺は生きていけるから」…52歳息子の言葉に凍りついた父。総額2億8,000万円・潤沢な資産を持ちながら「強烈な不安」に襲われた日【CFPの助言】
老後資金に不安はなく、年金収入も一定程度あり、経済的には安定した生活を送っている――そう見える家庭でも、子どもの自立問題に長年悩み続けているケースがあります。特に、親に十分な資産があることで、子どもが「働かなくても生活できる」と考え、結果として長期間にわたり親へ依存してしまうことも少なくありません。今回はトータルマネーコンサルタント・CFPの新井智美氏が、こうした問題に対する解決策や注意点について解説します。
「老後資金は2億8,000万円」安泰の老後のはずだが…
東京都内のマンションで暮らす相沢正夫さん(81歳)と、妻の英子さん(78歳)。大手メーカーを定年退職した正夫さんの金融資産は、退職金や長年の資産運用、相続した不動産売却益を含め、約2億8,000万円にのぼります。
正夫さん夫婦の年金収入は合計で月約32万円。住宅ローンも完済しており、生活に困ることはありません。本来であれば、穏やかな老後を過ごしているはずでした。
しかし、そんな正夫さん夫婦には、長年消えない大きな悩みがありました。同居している長男・裕一さん(52歳)の存在です。
「そのうち働くだろう」が、まさかの20年以上に
裕一さんは大学卒業後に一度就職したものの、人間関係を理由に退職。その後はアルバイトを転々とし、40代以降はほとんど働かなくなりました。
現在の収入は単発アルバイト程度で、年間50万円前後。生活費のほぼすべてを親が負担しています。食費や通信費、小遣いなどのほか、国民年金(月1万8,000円弱)と国民健康保険(月1万円前後)などを含めると、裕一さんにかかる費用は月15万円ほどです。
「最初は、少し休めばまた働くだろうと思っていたんです。まだ若かったですし、無理に追い込むより、少し時間を置いた方がいいと思っていました」
そう正夫さんは語ります。しかし、30代では「まだ若い」、40代では「今さら厳しく言っても」、50代になると「社会復帰は難しいかもしれない」と考えるようになり、気づけば20年以上が過ぎていました。
「親のお金があるのに、なぜ働くの?」
「自分たちが死んだ後、この子はどうするんだろう」
ここ数年で、体力の衰えを如実に感じるようになった正夫さん。裕一さんに対し、「安定した仕事を探す気はないのか」と真剣に伝えました。
しかし、返ってきたのは、正夫さんにとって非常に重い言葉でした。
「だって、うちにはお金がある。それで生きていけるのに、なんでそんなに働かなきゃいけないの?」
さらに裕一さんは、悪気なくこう続けたといいます。
「どうせ最後は俺が相続するんでしょ?」
正夫さんは言葉を失いました。裕一さん自身に強い悪意があったわけではありません。しかし、「親が助けてくれる」「生活に困ることはない」という感覚が、裕一さんの中で当たり前になってしまっていたのです。
気づかないうちに奪っていた「自立する理由」
正夫さん夫婦は、息子を甘やかそうとしていたわけではありません。「苦労させたくない」「追い詰めたくない」「親として見放すことはできない」。そんな思いから、必要な生活費を出し続けてきました。
しかし現在、正夫さん夫婦は「自立する理由を、親の自分たちが奪ってしまっていたのかもしれない」と思うようになったといいます。
「働かなくても生活できる状態」が長く続けば、就労意欲や危機感は薄れていきます。もちろん、病気や心の不調などで働けない場合には支援が必要です。しかし、「働けない」のではなく、「働かなくても困らない」状態が続くケースでは、家族だけで抱え込むほど問題が長期化しやすくなります。
親が高齢になるほど、問題は深刻化する
内閣府の「高齢社会白書」によれば、いわゆる「8050問題(※)」は、社会課題のひとつとして取り上げられています。80代の親が50代の子どもの生活を支え続けるケースは各地で見られ、親自身の高齢化や介護問題が重なることで、経済的・精神的負担が深刻化しやすいことも指摘されています。
(※)80代の親が、50代の未婚・無職・ひきこもり状態などにある子どもの生活を支え続けることで、親子ともに社会的に孤立し、生活困窮や介護問題などを抱えやすくなる社会問題。
十分すぎるほどの資産がある相沢家のケースは、一般的な「8050問題」とは少し事情が異なります。しかし、「高齢の親が成人した子どもの生活を支え続けている」という構図そのものは共通しています。
正夫さん夫婦は、相続について真剣に話し合うようになりました。
「将来、巨額の資産をそのまま残すことが、本当にいいことなのだろうか」
正夫さん夫婦が恐れていたのは、単に「お金を使い果たすこと」ではありません。お金を管理する力や社会とつながる力が育たないまま、息子に高額資産を引き継ぐ。その結果、悪質商法や投資詐欺、事件に巻き込まれたり、孤立を深めたりすることを、夫婦は強く不安視するようになっていました。
ずっと「最終的には息子に残すものだ」と考えていましたが、一部資産について寄付や社会貢献団体への遺贈も検討しているといいます。
「お金を残すことが、子どもへの愛情だと思っていました。でも、その結果として生活力まで奪ってしまうのなら、残さないほうがいいのかもしれません」
専門家の視点:資産が多い家庭ほど「どう引き継ぐか」が重要
正夫さん夫婦は「そのうち働くだろう」と信じ、長年見守り続けてきました。もちろん、子どもの人生を親が支配すべきではありません。しかし、生活を支え続けながら何も変えないことが、結果として本人の選択肢を狭めてしまう場合もあります。
若い時期に就労支援や第三者のサポートにつながっていれば、今とは違う選択肢があった可能性もあります。「放っておくこと」と「本人を尊重すること」は、必ずしも同じではないのです。
とくに資産が多い家庭では、「最後は財産がある」という安心感から、親子ともに将来の生活設計が曖昧になってしまうことがあります。しかし本来、相続や資産承継は、単に「お金を渡すこと」ではありません。大切なのは、財産を受け取る側が、その後も社会の中で生きていけるかという視点です。
そのため、支援のルールや相続の考え方について早い段階から話し合い、「何を残すか」だけでなく「どう引き継ぐか」を考えることが重要です。家族だけで抱え込まず、必要に応じて、就労支援機関や福祉、信託、後見制度など外部の専門家を交えながら準備を進めることも有効でしょう。
新井智美
トータルマネーコンサルタント
CFP®
