父の棺の前で母の不貞の真相を知り「最低な血」を自覚。既婚女性ばかり求める42歳男性の孤独
【前後編の後編/前編を読む】父の暴力に耐えていた母が…「全裸で顔を輝かせていた」 目撃してしまった小5の光景が42歳男性の人生をどう変えたのか
中浜雄輔さん(42歳・仮名)は、結婚を「とうにあきらめた」と語る。地方の小さな町で生まれ育ったが、祖父が家族に暴力をふるい、祖父の亡きあとは父が母を殴る環境だった。表向きは人格者の経営者だった父を、雄輔さんはただただ嫌悪した。父の不倫を母は受け入れていたが、母もまた、雄輔さんの叔父と関係を持っていた。大人は汚い――絶望を抱えたまま、彼は誰も信じられない少年時代を過ごした。
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雄輔さんが初めて女性と関係をもったのは、高校2年のときだった。そのころ彼は、「受験勉強のため」と言って、自宅敷地内にあるプレハブの小屋に住んでいた。母屋とは少し離れていた。少しでも親と距離をとりたいという気持ちの表れだったのかもしれない。

「夏休みでした。家の前で近所のおばちゃんに会うと、『冷たいジュースでも飲みに来ない?』と誘われた。その日は母もいなかったので気軽に行きました。おばちゃんと呼んでいましたが、たぶん当時、40歳くらいだったと思います。その家の子はものすごく頭がよくて、東京の有名私立中学に通っていた。弟も翌年、受験させるの、今は東京の予備校に行ってるのと世間話をしていましたね。考えれば、その年で子どもがふたりとも自分から離れたところにいるのが寂しかったのかもしれない。家はがらんとしていました。ジュースを飲んでいるうちに『雄ちゃん、女の子知ってるの?』とかいう話になって。おばちゃんは徐々に僕に近づいてきて……。若い体が誘惑には勝てなかった」
父の“子犬みたいな目”
その年の夏は彼女の体に溺れ、成績は下がる一方だった。成績が下がったことが父の逆鱗に触れた。家を継ぐのはおまえしかいない、これからは学問のある者が経営者になる時代なのに任せられないじゃないか、と。
「僕は家を継ぐ気なんてないと言ったら、父の拳固が飛んできたんですが、それを躱して父の腕をねじ伏せました。このまま殺してやろうかと僕がつぶやいたときの父の怯えた目が忘れられません。母が泣き叫んで僕を止めた。それを振り切って僕は自分のプレハブ小屋に戻りました。父親をねじ伏せたら気持ちがいいかもしれないと思ったこともあったけど、実際には虚しかった。濡れた子犬みたいな目をしていた父が憐れでしたね」
父の小狡さ
辛辣な口調で彼は言った。父はそれきり干渉してこなくなった。だがそれは、父への勝利感とはならなかった。「くだらない親と闘う気にはなれなかった」だけだ。経営者でもある父は、家族には横暴であっても社会的にはどこか尊敬できるものを持っているのではないかと彼はずっと思っていた。ところが長年、見てきてわかったのは、父はただの横暴な男で、社会的には継ぎ接ぎだらけで「ちゃんとしているように見せている」だけだったことだ。実際の会社経営は、祖父の代からいた古参の社員ががんばっていたし、情けがあるように見えていたのもその古参社員の入れ知恵だった。雄輔さんは父の小狡さを嫌悪した。
「家から離れて東京の大学へ行ってから、ようやく肩の力を抜いて生きることができるようになりました。というか、自分がいつも体中に力を入れていたことに気づいたんです。アパートでのひとり暮らしは快適でした。友だちと遊んだり勉強したりサボったり、アルバイトをしたりと、ごく普通の学生生活を送ったけど、やはり心の中はあまり明るくはなかったと思います」
初めて見た普通の家族
都内在住の友人の家に行ったことがある。時分時になって、夕飯を食べていけと言われて、その家族とともに食卓についた。友人の父は、その日に会社であったおもしろかったことを話し、母や彼の妹はツッコミを入れて笑っていた。
「家族ってこうやって笑ったりするんだと、それまでの人生でいちばんびっくりしたかもしれません。いや、そういうことがあるのはテレビなどで見知っていたけど、実際に見たのは初めてだったから」
そして雄輔さんは、その友人の妹とつきあい始めた。ところがその関係は半年足らずで終わった。人を好きになること、恋をすること、そして相手を大事に思うこと。そのすべてが雄輔さんには不足していた。
「その代わりと言うべきか何と言うべきか、アルバイトをしていた喫茶店のオーナーの奥さんとつきあうようになってしまったんです。つきあうといっても信頼関係があるわけじゃなくて、今で言えばセフレみたいなものです。彼女の欲求に合わせて呼び出されるだけの関係。彼女は優しかったし、僕も懐いていたけれど、やはり恋ではないと思う」
結局、オーナーにバレて土下座させられた。僕が悪いので離婚などしないでくださいと訴えると、オーナーは泣きながら「オレは妻を愛してる。別れるわけないだろ」と怒鳴った。愛している妻に浮気された男が、腹を立てるより先に悲しむこともあるのだと雄輔さんは知った。
父の棺の前で知った真相
もうじき大学を卒業するというころ、少し前から闘病していた父が亡くなった。1度くらい見舞いに来てよと母から連絡があったが、彼は帰らなかった。だがさすがに通夜と葬式には出るしかなかった。
「父の腕をねじ上げてから、顔を見るのは初めてでした。どこか毒々しい顔をした父だったけど、命が果てるとただのおじいさんにしか見えなかった。母はホッとしたような顔をしていた。母とふたりきりで通夜を過ごしていたとき、あの日のことを聞いてみたんです。母が叔父と絡んでいたことを。すると母は、父の棺をにらみつけながらずっと黙っていましたけど、ぽつりと『あの人は弟に私を提供したんだよ』って。叔母の具合が悪くて夫婦生活を送れなかったから、父は母を差し出したらしい。でも母を自分の所有物みたいに思っていた父が、どうしてそんなことをしたのかわからない。母は『自分の所有物だからこそ、弟に貸してやって優越感に浸りたかったんじゃないのかな』って。叔父には自分たちの子どもも養女にさせてあげたし、妻も貸してやった。そんなふうに恩を着せていたのかもしれません。僕にはとうてい父の気持ちはわからないし、黙って言うことを聞く母の心理もわからない。でも母は『たまに義弟と関係をもつのも悪くなかったわ』って。なんだか妙にはすっぱな言い方でした。母としては父への復讐みたいな気持ちもあったのかなあ」
ますます「最低な親のもと」で育てられたと雄輔さんは感じた。それでも、そんな「最低な血」が自分の中にもあることを知る。
上司の妻を口説いた理由
「就職した会社で3年ほどたったころ、上司が替わったんです。その人からひどくいじめられて。周りが引くほど、なぜか僕だけが嫌われた。相性が悪かったんですかね。それまでの上司とはうまくやっていたし、大きな声で叱責されるようなミスを犯したわけでもない。ただ、僕の存在が彼を苛立たせてしまっていたみたいで。上司の奥さんも同じ会社だった。だから僕、奥さんに相談しに行ったんです」
上司の妻は非常に温かい人だった。自分に何ができるかわからないけど、それとなく話をしてみると言ってくれた。そして実際、上司からの嫌味やいじめは止まった。それどころか、飲みに誘われ、腹を割って話すことができた。
「僕は彼からみると、ちょっとわかりづらいところがあったようです。言葉が足りないというか。お互いに誤解があったんだとわかって、それ以来、探り合いながらうまくいくようになりました」
お礼と報告を兼ねて、上司の妻を食事に誘った。そして彼はなぜか妻を口説いた。彼女を褒めまくり、女性として素敵だと崇めるような発言を繰り返した。それまでめったに自分から女性を口説いたことなどなかったのに、「まるで使命でもあるかのように」キザで甘い言葉を囁き続けた。
「けっこう簡単に落ちちゃったんです。意外なほどだった。彼女に恋したわけではないけど、なぜか関係をもちたかった。あとから思ったんです。上司とは利害関係もあるから、仲よくやっていくことにしたけど、僕は彼に父親的な支配欲求とか横暴さを見ていたんです、きっと。だから上司に何か復讐したかった。当時、その上司は50代前半。父とは同世代でした」
復讐のために妻を寝取る。それがいいか悪いかはわからないが、彼としては上司本人に対するものより、「父なるものへの復讐」という意味合いが強かったのだ。
誰にとっても1番にはなれない
それ以来、彼は既婚女性とつきあうようになっていった。独身だと結婚という話題が出てくるが、相手が既婚なら結婚を考えずにすむ。自分は結婚などしてもうまくいくわけがないのだから、ひとりで生きていくのが合っている。いつしか彼はそう思うようになっていた。
「既婚女性で寂しそうな人を放っておけないときもあるんですが、いずれにしても親の影響があるんでしょうね。僕としては、親とは関係ないと思いたいけど、こんなふうに僕が歪んだのは親のせいだと思いたいところもある。離婚などする気のない既婚女性とつきあうのは気が楽だけど、あるとき気づいたんです。結局、僕は誰にとっても1番にはなれないんだなって。既婚女性の中には『夫のことは好きじゃないけど別れるつもりもない。私がいちばん愛しているのはあなただけどね』と言ってくれる人もいた。でもそう言う人だって、『明日は夫が早く帰ってくるというから会えない』と夫を優先させる。愛と優先させる順番とは別ものなのかと思ったことがあって。僕は最優先される立場になったことがないなと。それは寂しい事実確認でした」
結婚する気がないのか結婚できないのか、誰とも人間的な関係を育む能力がないのか。彼はわからないまま30代を過ぎて、40代に突入した。夫に支配されながら生きた母も鬼籍に入った。人はみな死んでいく。
「今も既婚女性とつきあってはいますけど、僕は彼女に遊ばれているだけだと思う。それでもまったく求められなくなるよりはいいのかなと思ったり」
かなり強烈な虚無感が彼から漂う。それが生育歴から来るものなのか、彼の人生観によるものなのかはわからない。ただ、彼は生き方を変えたいとは思っていないようだった。
いつか、誰かに強烈に求められる機会があったら彼はどう対処するのだろう。愛情豊かな人に引っ張られて、彼自身の奥深くに眠っている愛が噴き出してくることもありうるのかもしれない。彼自身が愛情を求めていることに気づいていないだけではないのか。彼の心理はいろいろ想像ができるのだが、そうした想像を簡単に口にすることはできない雰囲気があった。
姿勢のいい彼が、さらに背筋を伸ばしてしっかりした足取りで去っていく。複雑な思いを抱きながら、その背を見送った。
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既婚女性との関係を続けながら、「誰にとっても一番になれない」という寂しさを抱えている雄輔さん。記事前編では、彼が育った家庭環境と、「大人」を信じられなくなるまでの少年時代を紹介している。
亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部
