「ゴミ屋敷」報道で顕著になった「ゲスな取材」 会見で「下品な大笑い」をした芸能リポーター 「ワイドショー」の“功罪”
ワイドショーは衰退期
フジテレビ「サン!シャイン」(平日午前8時14分)が3月末に終わった。日本テレビ系「ミヤネ屋」(平日午後1時55分)も9月末で終了する。60年以上の歴史があるワイドショーは減る一方。風前の灯火だ。なぜなのか。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
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【写真】「モーニングショー」に“変化”をもたらした「超人気番組」とは?
ワイドショー第1号はNET(現テレビ朝日)の「モーニングショー」(平日午前8時半)。以来、その歴史は続いているが、隆盛を誇ったのは2000年代半ばまで。近年は終了が相次いでいる。
日本テレビは「スッキリ」(平日午前8時)が2023年に終わった。代わりに始まったのが情報エンタメトークショーを名乗る「DayDay.」(平日午前9時)。TBSは21年に「グッとラック!」(平日午前8時)を打ち切り、バラエティ「ラヴィット!」(同)を開始した。

ワイドショーが衰退期に入ったのは2015年前後と見る。契機となったのはゴミ屋敷報道だ。ワイドショーは名古屋市などのゴミ屋敷の住民に対し、アポなしの直撃取材を行った。ゴミ屋敷の住民は当然、反発した。これは誰もが予想できた。ワイドショーにとって誤算だったのは視聴者の中にも反感を抱く人が少なくなかったことだろう。
なぜ、視聴者の中にも不快感を抱く人がいたのか。2000年初頭から企業のコンプライアンス(法令順守)化が始まり、それが一般にも広まっていたからだろう。職場のモラルまで問われる時代になった。ワイドショーの取材にも厳しい目が向けられるようになった。
環境省の2024年度の調査報告書によると、ゴミ屋敷の住民は鬱病や認知症、セルフネグレクト(自己放任)など精神的な健康を害しているケースが少なくない。片付けたくてもそれが出来ないのだ。そうでなくてもゴミ屋敷問題は行政と福祉などが連携して解決する問題だった。
それに視聴者の一部は気づいていた。そうでない視聴者の多くもワイドショーが住民間問題に介入することに違和感を抱いた。住民間問題に限らない。視聴者は「ワイドショーの正義」に懐疑的になっていった。
2018年には歌手のASKA(68)のタクシー内での映像がワイドショーなどで無断放送される問題が起きた。ASKAが覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕(のちに不起訴処分)される直前の様子が映されていた。車載カメラで撮られた映像を日テレ、テレ朝、TBS、フジがASKAに断りなく放送した。
この件はテレビ界の資金で運営されている放送倫理・番組向上機構(BPO)で討議される。視聴者から問題視する意見が寄せられたためだ。最終的にBPOは「放送倫理違反を問うことは難しい」という結論を下したが、ワイドショーが評判を下げたことに変わりはなかった。
事件の推理に霊媒師
ワイドショーの衰退は早くから予測できた。いずれ時代に合わなくなるのは目に見えていた。たとえば「ロス疑惑報道」(1984年)における霊媒師の登場である。事件の真相を霊媒師に尋ねたワイドショーがあった。
キャリア・カウンセラーとして国立大学の特命教授などを務める坪田まり子さん(65)に関する報道も問題視された。やはり1984年だった。当時の坪田さんは歌手。芸名は倉田まり子さんだった。
倉田さんは長崎県の出身。中学生のときにスカウトされ、上京する。女手一つで育ててくれた母親に楽をさせたかったからだという。デビュー曲は1979年の「グラジュエイション」。歌がうまかった、たちまち人気者になる。
1984年に倉田さんは仕事上で中江滋樹氏(故人)と知り合う。これが岐路になってしまった。中江氏は投資顧問業を営んでいたが、投資家から不正に資金を集めたとして85年に詐欺罪で捕まる。
倉田さんは中江氏が経営していた「投資ジャーナル」の子会社が雑誌を創刊する際、表紙に起用された。同時にインタビューも行われた。よくあるパターンである。撮影とインタビューの場には中江氏もいた。周囲の勧めで中江氏は倉田さんと肩を組んでの記念撮影も行った。
中江氏サイドは倉田さんが母親のために家を建てたがっていると知る。そこで「投資ジャーナル」内のノンバンク部門が融資を行う。金額は7000万円。当時の中江氏には約600億円もの資金があった。若い芸能人は安定した収入を得られる保障がないので、金融機関から融資を受けにくい。そんな事情も影響したのではないか。
その後、この記念写真を撮影したカメラマンが、写真を勝手に創刊直後の写真週刊誌に売ってしまう。写真週刊誌側はその記念写真をワイドショーに売り込む。「番組で使ってほしい」。雑誌のPRのためだ。
一方で違う雑誌が倉田さんと中江氏は特別な関係にあると報じた。7000万円は倉田さんがもらったものとも書いた。根拠はなかった。警察が中江氏の交際相手と認定したのも別の女性だった。
それでも雑誌が報じたので、倉田さんと中江氏の仲が世間の注目を集める。中江氏本人は周囲に対し、倉田さんとの関係を否定した上で「迷惑しているだろう」と語ったという。
倉田まり子さん会見
1984年10月、倉田さんは1人で会見に臨む。倉田さんは芸能リポーターたちに対し、ノンバンクから融資は受けたが、通常の貸借行為だと主張した。実際、この融資自体に法的問題はなかった。金銭消費貸借契約書も交わしていた。倉田さんは中江氏との特別な関係も否定した。
しかし、芸能リポーターの多くは信じなかった。「金は愛人になった見返りにもらったもの」と決めつけ、倉田さんの説明を聞かない。「特別な関係にない人が融資なんてしてくれない」と断じた。倉田さんが、「どういう答えを希望しているのですか」と溜め息を吐く一幕もあった。
あるリポーターは倉田さんに対し、「中江さんに口説かれたことが何度もあったと思うんですがね」と尋ねた。倉田さんが「なかったんです」と答えると、ある女性芸能リポーターは大声で笑った。「アハハハハハハハハ!」。孤立無援の倉田さんと視聴者はどう思っただろう。
その後の1985年、倉田さんの証言は真実であることが東京国税局によって証明される。7000万円は融資であると認定した。投資ジャーナル側が持っていた倉田さんの債権を国税が差し押さえたのである。仮に倉田さんが金をもらっていたら、国税は贈与税を課しただろう。
この報道は刺激的でいかにもワイドショー的だった。大きな話題になった。しかし、同時にワイドショーの信頼を損ねた。この時期にワイドショーは刺激を放棄すべきだったのではないか。そうすればゴミ屋敷報道やASKAの問題は避けられ、衰退もなかったかも知れない。
この一件のあと、倉田さんは引退した。才能を強く感じさせる人だったので惜しいと思う人は多かっただろう。もっとも、倉田さんは別の道で成功する。
芸能界を離れたあとの倉田さんは大手国際法律事務所の弁護士秘書や資格試験予備校の執行役員・講師を務める。そして2003年にはキャリア・カウンセラーとして独立。企業や自治体、学生などを対象に講演や研修活動を始めた。内容は就職試験指導やスキルアップ指導などである。
その指導は評判高く、今も4つの大学で特任教授や非常勤講師を任されている。著書も多数あり、キャリア・カウンセリングの権威になった。努力を積み重ねたことは想像に難くない。
衰退期にある今こそワイドショーの功罪は検証されるべきではないか。テレビの現在と未来にきっと役立つはずだ。
高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。
デイリー新潮編集部
