水俣病患者団体 行政と同時刻に別の場所で慰霊祭
水俣病の公式確認から70年となる5月1日、水俣市主催の慰霊式と同じ時刻。不知火海をのぞむ水俣市の乙女塚では、患者団体が慰霊祭を開きました。行政の慰霊式より早い1981年から続くもので、ことしで46回目です。
乙女塚には水俣病で亡くなった人たちの遺品が納められていて、参列した70人以上が焼香し、手を合わせました。坂本しのぶさん(69)は、公式確認の年に生まれた胎児性患者です。かつて、歩いて登ることができていた道は、周りの人たちに助けられながら、一歩ずつ。70年の歳月をかみしめます。
「70年たつんだなと。自分と同じ年だなと。水俣病はまだ続いていくんだろうなと思う」
(緒方太郎キャスター)
坂本しのぶさんは、車いすごと周囲の人に抱えられて、高台にある乙女塚にきました。水俣病の歴史としのぶさんの人生が重なった光景でした。そして当事者のみなさんは「水俣病は終わっていない」と口にします。なぜ70年たった今も苦しみ続ける人がいるのか。
最大の要因とされるのが「患者の認定制度」です。国の基準は狭き門とされ、患者と認定されているのは2284人です。患者と認定されずに国の救済の対象となったのは約6万6000人とされていますが実態を把握するための健康調査をいまだしていません。
4月30日の石原環境相と被害者などとの懇談の場では、国が今年度から実施したいとする健康調査の手法では「被害の全容解明につながらない」と被害者団体が話し、議論は平行線をたどりました。
こうした中、水俣病をめぐる裁判も続いています。熊本と鹿児島の原告が求めた患者認定について4月、2審の福岡高裁が全員の訴えを退けたため、6人が最高裁に上告しています。なぜ今も救済されないのか。現場では、国や県へのやりきれない思いに包まれています。
