師弟愛から一転…日本中を震撼させた「伊調馨選手のパワハラ告発」…高圧的な指導体制を変えられない指導者たちの「成功体験」
かつて日本中に衝撃を与えた"スポーツ界のパワハラ問題"。選手らから告発され、失脚した指導者は少なくない。しかし、スポーツライターの小林信也氏が取材を続けると、その背後には"パワハラ問題"では片づけられない深い闇が広がっていた。さらには「勝てばいい。儲かればいい」という思考の指導者たちが多いことも明かす。
中編記事『成功したのは大谷翔平ら一握り――「スポーツ界の闇」に切り込んだ小林信也氏が「スポーツはやらないほうがいい」と訴える理由』に引き続き聞いた。
伊調馨選手告発の裏側にあったもの
作家・スポーツライターの小林信也氏の新刊『謀られたドンと女帝 スポーツ界の深い闇』(さくら舎)では、かつて日本中から注目された“スポーツ界のパワハラ問題”のその後に迫った作品だ。
小林氏は「本当にただの加害者だったのだろうか」という疑念を元に取材を続けていた。本書では日本ボクシング連盟の故・山根明元会長、女子体操指導者の故・塚原千惠子元強化本部長、レスリング指導者の栄和人志学館大学元監督、日本テコンドー連盟の金原昇元会長らに取材。いずれも選手や関係者から告発され、パワハラ問題の加害者として失脚した指導者たちだ。
――これまではパワハラのような指導を受けても、告発せずに耐え抜くという子供たちが大半でした。
一番わかりやすい例は志学館大学女子レスリング部でしょう。2016年、オリンピックで4連覇を達成し、国民栄誉賞を受賞した伊調馨選手が恩師の栄監督から「パワハラを受けた」と告発しました。伊調さんと栄監督は深い師弟愛で結ばれていると大半の日本人は思っていましたからみんな驚きましたよね。栄監督も愛されキャラだった。それが一転、悪者になってしまった。
でも、部員たちは誰も伊調さんの告発に続かなかった。
取材を続けていくと、栄体制に反対する人たちの中の一部には、彼を崩して、その空いた席に滑りこむ目的もあったのでは…という可能性も私の中で見えてきたのです。
スポーツの楽しさを追及したら誰もいなくなった
――練習中の罵声やパワハラ的な指導は、競技の衰退につながらないのでしょうか。
勝つためには多少の暴力も強制的な指導も仕方がない、という風潮は徐々に消えていくと思います。現在でも、普通の感覚の親なら、「こんなところに子どもは通わせられない」と反対しています。ですが、一部の勝利に取り憑かれた親や選手たちが「勝つためのパワハラ的な指導は当たり前」と勘違いしたままなのです。
――小林さんもかつては野球チームの監督を務めていたそうですが、その時はいかがだったのでしょうか。
私自身も高圧的な指導をしていた時期があります
ただ、私は途中で気づかされ、猛反省して、怒鳴ることを辞め、勝つことよりも選手の主体性を生かしたチーム作りをするようにしました。「このチームでする野球が楽しい」と選手に思ってもらえるように考えを改めたんです。
結果は、最終的に選手は一人もいなくなりました。チームは弱くなり、選手や親からは不満が続出し、批判もされました。
――スポーツ本来の楽しさを追及したら誰もいなくなったのですか?
私が監督をしていたのは中学や高校の部活ではなくて、地域のチーム。勝つために所属していた選手も多かったので、「このチームにいても無駄」と判断したのでしょう。
実は天才たちは監督たちから言われなくても練習します。日々、努力しています。やらされた練習で一流プレーヤーになった人はいません。たとえば大谷選手、彼は生涯で一度も強要された練習なんてしていませんよ。自主的に鍛えて強くなって今があります。
パワハラ的な指導を受けて強くなってきたわけではないのです。勝てない人、勝てなかった人たちがパワハラ被害者になってしまう。
楽しみ方は選手たちが決めること
――本書で取り上げているパワハラ指導者たちもかつては被害者だったのでしょうか。
選手として厳しい指導を受けた経験があるのは栄監督だけでしょう。塚原夫妻は、それぞれかなり自主的に練習していたようにお聞きしました。高圧的な指導で勝利した成功体験を持つ選手は、指導者になった時、その指導の有効性を信じているため、その指導体質を容易に変えられない傾向があります。
しかも、日本のスポーツ界では「勝たせた指導者が偉い」と持ち上げる風潮が根強い。
健全な指導をしながら、強い選手を育てるにはどうしたらいいか。それは、選手の主体性を伸ばすことです。今はあくまでも指導者が主体的になっています。指導者たちは選手のやりたいことのサポートを基本に持ってくる必要がある。
本来、スポーツはいろんな楽しみ方があり、それは選手自身が決めることだと思うんです。
例えば、マラソンやトライアスロン、自転車レースなどの大会は、プロ選手だけではなく、誰でも参加できるものがあります。剣道や空手など、武道は60歳、70歳になっても続けることができる。
いくつになっても、競技を楽しみ、自分なりのレベルや目的に合わせてプレーする。そうした環境に価値を見出すことが求められています。
そして、「ひとつのスポーツ以外にも楽しいことがたくさんある」ということを常に考えることです。海外では一つの競技に特化するのではなく、成長するまで複数の競技をかけ持つ傾向にもあります。勝つためではないスポーツにみんなで目を向けることができれば、少しずつ変わっていくと思います。
関連記事『日本相撲協会「ドロ沼権力争い」の裏側…ここにきて「定年延長案」がリークされた本当の理由』をさらに読む
