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102歳を迎えた作家の佐藤愛子さん。100万部突破の『九十歳。何がめでたい』(2016年、小学館)をはじめ、ユーモアエッセイで長く人気を博しています。百寿者とは思えぬ仕事ぶりの一方で、家族からみた佐藤愛子さんの姿とは。孫の杉山桃子さんがコミックとエッセイで描く『婦人公論』の連載「うちのばあさん102歳」。第15回目は「親子論と幸福論」。

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親子論と幸福論

この連載を始めて1年が経ち、知人や友人から感想をいただくことが増えた。その中で感じるのは「介護する人の子ども世代」の視点についてである。

現代の医療技術の発展は人間を驚くほど長寿にした。我々が生まれた1990年代ではせいぜい80まで生きれば長生きと言われていたのが、今では女性の平均寿命は90歳にまで達しようとしている。

そうすると彼らを介護するのは還暦を過ぎる子ども世代になる。

祖母はよく「子どもを産まない人は老後をどうするつもりなのかね」というようなことを言っていた。ある意味、祖母は情が深い人間なのだろうと思う。

だから子どもを大切にするのは当然だし、子どもも無条件で親を愛するものだと思っている。

子どもが幼いうちは親が育て、親が老いれば子どもが面倒を見る。それが祖母の(あるいは祖母世代の)常識だった。

人との繋がり、家族という社会の立ち位置の中に幸福を見出していたのだろう。

自分の幸福は自分で

現代は、自分の幸福は自分で追求する時代になった。家も学校も仕事も、自分の幸福の芯のところは担保してくれない。

子どもの幸せは親が用意するものではないし、子どもも親を幸せにするために生まれてくるわけではない。

どの世代であっても、自分が大切に思っている人の幸福を願うことしかできないのである。そのためには、大切な人にまず自分のことを優先してもらうしかない。

もし祖母が認知症でなかったら、私をパソコン世代のロボット人間だと言うだろうか。それでも私は、祖母の幸福を真に願えるのは祖母自身だけなのだと言いたい。