松本若菜vs鈴木保奈美『対決』に教わる 白黒つけすぎると外科医不足で命が失われる
「みんなが幸せになるとは限りません」
NHK BS/BSプレミアム4Kではじまったドラマ『対決』(池田千尋監督)。ある医大が入試で、女子の点数を意図的に下げているという情報を耳にした新聞記者の檜葉菊乃(松本若菜)が、その医大の理事で、疑惑から大学を守る立場の神林晴海(鈴木保奈美)と対決する――。そう記すと、正義の記者が悪を糺す物語のように受けとれるが、必ずしもそうではないようだ。
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松本自身、「CREA WEB」のインタビューにこう答えている。「白黒つけることで解決できることもあるとは思いますが、それでみんなが幸せになるとは限りません。今は、時と場合によってはグレーのままでもいいんじゃないか、と少しゆるやかに考えられるようになりました」。

何事も必ず長所があれば欠点もある。だから、きっぱりと「白黒つける」と、ある事柄の長所だけでなく欠点も受け入れ、温存させることにもつながる。
たとえばコロナ禍。感染症や公衆衛生の専門家たちが外出の自粛を呼びかけ、政府や自治体もそれを無批判に受け入れて「ステイホーム」と連呼した。その結果、コロナウイルスへの感染者数は多少抑えられたかもしれない。しかし、日常的に足腰を動かし、脳への刺激を欠かさないことが健康維持に必須の高齢者を中心に、別の角度からの健康被害が深刻化した。こちらの被害は、ウイルスへの感染者数と違って数値化が難しく、顕在化はしなかったが、「ステイホーム」は総合的にみると、健康への「長所」より「欠点」のほうが大きかったという指摘もある。
『対決』の内容に即していえば、「医大が入試で、女子の点数を意図的に下げている」と判明したとき、それを「黒」と断じてやめさせたとして、社会にとって前進と言い切ることができるのか、それが私たちの幸福に寄与するのか、という問題である。
差別は排除すべきだが
このドラマで2人の対決の軸になる「ある医大が入試で、女子の点数を意図的に下げている」というテーマは、実際、2018年に発覚して社会問題になった。
きっかけは文部科学省の局長が、東京医科大学を支援事業の対象に選ぶ代わりに、息子を不正に合格させてもらっていた汚職事件で、その後、同医大が女子受験生の点数を、長年にわたり一律に減点していたことも発覚した。これを最初に報じたのは、同年8月2日付の読売新聞朝刊で、『対決』の檜葉菊乃と同様、新聞記者の手柄によって問題が明るみに出たのである。
しかも、それを受けて文科省が緊急調査すると、同様の入試操作を、昭和大学(現・昭和医大)、神戸大学、岩手医大、金沢医大、福岡大学、順天堂大学、北里大学、日本大学、聖マリアンナ医大も行っていたことが明らかになった。文科省は各大学に是正措置を求めるとともに、性別や年齢を理由に合否を判定することは不適切だと明確に打ち出し、ガイドラインを策定。以前は3割前後にとどまっていた女子受験者の医学部合格率は、年によっては4割前後に達するまでに上昇した。
その後、2022年には東京医大の女性受験者が損害賠償を請求した事件への判決で、東京地裁は、「性別による不合理な差別的取扱いを禁止した教育基本法4条1項及び憲法14条の趣旨に反するもの」という判断を示した。
この判断自体は、妥当だというほかない。ただし、である。差別は排除すべきものだとしても、なぜ差別が行われたのかを検討し、差別が行われた背景に切り込まないかぎり、問題の根本的な解決にはならない。世の中、「白黒つける」だけで一件落着とはならないことが多い。『対決』はそのことへの示唆をあたえてくれる。
求められる現場の男女平等と女性医師の覚悟
医大入試における女子差別が発覚したとき、医大や医師の周囲を中心に次のような声が上がった。「女性医師は結婚や出産で離職しがちだし、結婚や出産を意識して、外科医をはじめ長時間労働や休日出勤が多い分野を選択したがらないので、入学者数を抑えるしかない」。現場の医師の意見も、次のようなものが少なくなかった。「女性医師が産休や育休に入ると、男性医師(または独身の女性医師)でその穴を埋めざるをえないので、女性医師が多いと職場が疲弊する」。
だからといって、入試段階で女性を排除すればいい、という考えは安易だが、しかし、入試で男女平等を徹底するなら、現場でもそれが徹底されなければ釣り合いがとれない。
すなわち、女性医師が結婚や妊娠、育児と仕事を両立できない職場環境なら、それを改善すること。やる気さえあれば家庭と仕事の両立が困難ではない職場環境の創生、と言い換えてもいい。もうひとつは一人一人の問題だ。家庭との両立が困難になったら仕事はやめればいい、という意識で医師になる女性がいるとしたら、その意識を改善するしかない。
というのも、現実の医療の現場では、たとえば外科医の不足が深刻だ。厚生労働省の統計によると2024年には2万6,885人で、20年前にくらべて2割程度減った。医師の総数は34万7,772人で、3割近く増えているので、外科医になりたい人が減ったということにほかならない。しかも女性医師の割合は増え続け、24.4%に達したが、外科医にかぎれば全体の6%台ときわめて少ない。
女性の外科医が少ない最大の理由は、前述の「声」にあったように、長時間労働や休日出勤、夜間の呼び出しなどが多く、家庭や育児との両立が困難だからだとされる。負担が大きい外科医は、男女ともに避ける傾向にあるが、女子はなおさらだという。
そうであるなら、医大や医学部が女子受験者の点数を下げていたのは、あってはならない差別だったとしても、その点を是正しただけでは、外科医不足に拍車がかかる。問題の全体像を俯瞰せず、ある部分に「白黒つける」だけでは、別の問題が深刻化しかねない。
必ず「欠点」への手当てを
外科医不足という現状を前にして、医局員が交替で休みをとれるようにし、男性の育児参加を推奨するなど、対策を講じている病院も増えている。長時間を要する手術を、以前は同じ外科医が執刀していたのを、交代制にして負担を軽減し、当番制にして休日の呼び出しをなくす、などの取り組みを進めている病院もある。
本来、女子の受験者を差別する前に、医療の現場でこうした取り組みを進めるべきだったのだろう。だが、現実に取り組んでいなかった以上、入試でいきなり差別をなくせば、現場の疲弊に直結しうる。それが医療の現場である以上、疲弊したり、医師不足が生じたりすれば、助かる命が助からない可能性につながる。
だから、「白黒つける」のは怖い。「白黒つける」ことで問題が解決したと考えられてしまう恐れがあるから、怖いのである。
記者が正義を貫き、社会を動かしたことで、だれかは救われても、だれかは救われない可能性がある。そういう視点を失ってはならないと思う。松本若菜演じる檜葉菊乃の正義感が満たされれば、女子受験生は救われる。だが、医療の現場にはひずみが生じたせいで、救われない命も生まれるかもしれない。檜葉にとって医大は「悪」でも、医大には「医療現場を守るためにギリギリの判断をした」という正義があるかもしれない。
私たちの社会を前進させるためには、その両面への目配せが必要で、あるテーマを推進する際には、そのテーマが包含する「欠点」への手当ても必要だ。手当ができないなら、「グレーのまま」という選択肢もありうる。そんなことを考えるきっかけに、ドラマ『対決』がなるといいのだが。
香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。
デイリー新潮編集部
