捕手としてNPBを目指す田西【写真:羽鳥慶太】

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オイシックス田西誓、重ねてきた異例の選択

 農家になることを目指して、国立大の農学部へ。そんな明確なライフプランを描いていた23歳が今、NPBからのドラフト指名を目指している。2軍ファーム・リーグに参加しているオイシックスのルーキー、田西誓(たさい・ちか)捕手は昨秋、トライアウトを受けてまで野球の道にこだわった。卒論のテーマは「トキの遺伝的多様性」。異色のルーキーはどのように進路を選択してきたのか。

「大学で野球を終えて、農家になりたいなと思っていたんです」

 田西のキャリアは、野球エリートとは対極のものだった。石川県の小松高ではクリーンアップを打っていたものの、コロナ禍の最後の夏を県大会2回戦で終えた。進路を決める時期になると、いずれは農家になりたいとの思いが募った。家は農業とは無縁。「しょうもないかもしれませんけど、きっかけは漫画なんです。『銀の匙』(荒川弘作)を読んで、単純に面白そうだなと……」。農業高校を舞台にした青春ドラマが、スタート地点だった。

 真剣だった。1部リーグで野球を続けられ、農業を学べる国立大をリストアップした。筑波大、岡山大、広島大……。現役の時は「全く勉強してなくて、ダメでした」という状態から猛勉強。1年間の浪人生活を経て合格したのは、関甲新リーグの1部を戦う新潟大だった。

 浪人の1年間は全くボールから離れ、勉強に没頭していた。そのため「大学に入って半年くらい、まともにボールを投げられませんでした。投げなさ過ぎて、肩がダメになって……。塁間の半分も届かなかったです」。それでも持ち味の強打を武器に定位置をつかんだ。すると、野球と勉学の両輪だったはずの大学生活に転機が訪れる。

 2年秋、捕手として後に日本ハム入りする進藤勇也捕手(上武大)を差し置きリーグのベストナインを獲得。「国立大生という“補正”もあったんじゃないですか」と謙遜するが、3年春には三塁手に挑戦して打率.548。ポジションを変え、2季連続のベストナインに輝いた。「自分でもびっくりしました。逆方向への打球が多かったのはあるんですが、なぜあんなに打てたのか……」と首をひねる一方で、野球でもいけるところまで行ってみたいという欲が芽生えた。

「もしかしたらプロのレベルでできるんじゃないか。やるなら日本で一番上のNPBを目指そうと思って」。4年生だった昨秋はプロ志望届を提出するも、指名はなかった。それでも夢は簡単に諦められない。最後のチャンスと決めたオイシックスのトライアウトで合格を勝ち取り、野球を続ける権利を手にした。

卒論のテーマはトキ…指名漏れ直後の出会いは「奇跡みたいなもの」

 迎えた2月のキャンプは多忙だった。練習を終えると連日、パソコンに向かわなくてはならなかった。卒論執筆のためで、テーマは絶滅危惧種に指定されている「トキ」の遺伝に関する内容だ。「佐渡島のトキ保護センターからデータをもらって、死亡個体や放鳥個体によって、遺伝的多様性がどう変化するのかを分析していました」。指導教授から、何度も修正を求められながらも書き上げた。

 さらに、グラウンドでは衝撃の連続だ。オイシックスには陽岱鋼外野手(元巨人)や高山俊外野手(元阪神)ら、NPBの1軍で実績を残した選手も所属する。「もう、自分が一番下です。バッティングも守備も走塁も全部。大学とはレベルが全然違いました」。高出力のプレーを無駄なくこなす先輩たちの姿に圧倒された。

 捕手としても「みんな良い球を投げますし、コントロールも良い。自分は野球環境としては決して恵まれていない場所にいたので、レベルの差を痛感しています」。その中で何かアピールするものを身につけないと、さらに上の世界には行けない。生存術を模索する日々だ。

「自分の持ち味はバッティングなので、そっちを伸ばしたいんですけど……。ここで試合に出ようと思ったら、やっぱり守備が重要視されます。まずは守備を標準レベルまで引き上げたい。そこに行かないと本当にどうにもならないので。まずは試合に出ることからです」

 もし新潟大ではなく他の大学に進んでいたら、今の道はなかった。本気で野球に取り組んだ地に、若い選手の挑戦を後押しする球団があったのは幸運以外の何物でもない。「自分は新潟大学じゃなかったらそこで野球を終えていたと思うので、奇跡みたいなものです。自分が大学に入ったころは、まだチームがNPBのファームに参加することも決まっていませんでしたし」。

 4月1日のハヤテ戦に「6番・指名打者」として公式戦初出場。犠飛で打点を挙げ、お立ち台にも呼ばれた。一方で、将来は再び農業へという思いも持ち続ける。

「やりたいことは決まってるんです。6次産業って言うんですが……」。野菜の栽培から加工、料理としての提供までを全て自前で手がけ、一本の道にしてみたいのだという。「人間が食べることは絶対になくならない。フードロスの削減にもなりますし、食べる人が生産者まで分かれば信用もしてもらえるじゃないですか」。市場と環境を見極める目も生かして、まずはプロ野球という険しい道を切り開く。

(THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori)