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年金の受給総額を増やすために年金受給開始のタイミングを後ろ倒しにする「繰下げ受給」。受給開始までのあいだは働き続けて給与所得などでやりくりしている人も少なくないようです。しかし、年金の繰下げにはいくつか見落としてはならない注意点が存在します。本記事では、社会保険労務士法人エニシアFP共同代表の三藤桂子氏が、70歳男性の事例とともに、年金受給額が想定と変わる原因について解説します。※事例は、プライバシーのため一部脚色して記事化したものです。

現役時代の働き方や給与、受給のタイミングで変わる年金

高齢期に受け取る公的年金である老齢年金は、「老齢基礎年金」と「老齢厚生年金」の2つから構成されています。このうち、会社員や公務員などが加入する老齢厚生年金は、現役時代の働き方や給与によって、受け取れる年金額が大きく変わってきます。

また、通常、老齢年金は基礎年金・厚生年金ともに「65歳」が受給開始年齢ですが、65歳から最大75歳まで、任意のタイミングに繰り下げる(=受給開始を遅らせる)ことができます。ひと月繰り下げるごとに年金額は0.7%増額され、5年繰り下げれば42%、10年繰り下げれば最大84%増額された年金を受け取ることが可能です。

近年は定年延長や再雇用制度の普及などから、「働けるうちは働いて、年金を増やそう」とこの繰下げ受給を選ぶ人もいますが、せっかく受給開始を待ったにもかかわらず「思ったほど増えない」と感じる人も少なくないようです――。

70歳の元会社員が「年金受給」を心待ちにしているワケ

現在70歳のAさんは、5歳年下の配偶者と二人暮らしです。商社勤務のAさんは、61歳で役員に昇格。会社役員のため毎月の収入は比較的高く、生活に不自由はありません。しかし、「4/15」の初めての年金支給日が待ち遠しく、うずうずしています。

なぜなら、Aさんは一度、年金受給で悔しい思いをしているからです。

Aさんが63歳のとき、日本年金機構から「緑色の封筒」が送られてきました。中を開けてみると「特別支給の老齢厚生年金」の請求案内でした。

「65歳より早く、“特別な年金”が受け取れるのか!」

そう思ったAさんは早速年金事務所に相談に行きましたが、当時の給与が高かったために、「在職老齢年金」の仕組みにより65歳前の年金は「支給停止」との回答。衝撃的な試算結果に、「結局ゼロなら、相談しただけ無駄だった」と肩を落としたところ、年金事務所の職員はAさんにこう声をかけました。

「いまは在職老齢年金の仕組みで全額支給停止ですが、65歳以降は退職すればちゃんと全額受け取れますよ」

そうして、65歳で受け取れる年金受給見込額をその場で試算してもらいました。Aさんの65歳時点での年金受給見込額は、下記のとおりです。

老齢基礎年金:84万7,300円

老齢厚生年金:222万3,700円

合計……307万1,000円

やっぱり、70歳まで会社役員を続けることに

年金事務所職員の助言から、「65歳で退任して、きっちり年金を受け取るぞ」と思っていましたが、「70歳までは役員として続けてほしい」と社長の直談判を受けます。聞けば、もう1人の役員が病気で退任し、代わりがいないそうです。想定外の相談に悩みましたが、続投することを決めました。

「働き続けるとなると、年金はどうなるんだ?」と疑問に思ったAさんでしたが、少しネットで調べてみたところ「老齢年金の受給開始を遅らせると、年金額が増額されます」と書いてあります。

「ひと月繰り下げるごとに0.7%増えるということは、70歳まで繰り下げると42%アップか。307万円×1.42=436万円……。なるほど、繰下げ受給も悪くないな」

こうしてAさんは、「年金は引退したあとの備えにしよう」と、5年繰り下げて、70歳から年金を受け取ることにしたのです。

印字された「50万円」に絶叫

そうして、Aさんは予定どおり70歳まで役員を続けたあと退任。待ちに待った「4/15」、初めての年金支給日を迎えました。

しかし、いざ記帳してみると、Aさんの顔が曇ります。入金欄には、「50万円」と表示されていたのです。Aさんの試算では、年額436万円。月額に直すと36万円のため、2ヵ月分では72万円のはずです。

「おかしいだろ!」

思わず、ATMを前に大声で叫んでしまいました。居ても立ってもいられず年金事務所へ赴き事情を話すと、Aさんは2つの誤解をしていたことがわかりました。

複雑すぎる年金制度

年金事務所職員によれば、Aさんの誤解は、下記の2点です。

1.試算時は「65歳で退職する」はずだった

2.試算には「加給年金」が上乗せされていた

まず、Aさんは65歳以降も役員として高い報酬を受け続けていたため、在職老齢年金制度により老齢厚生年金(報酬比例部分)が全額停止となっていました。そのため、本来であれば増額の対象となるはずの報酬比例部分は、そもそも42%アップの計算に含まれていなかったのです。

また、試算時には「年下の妻」が考慮され、加給年金(約42万円)が上乗せされており、Aさんはその加給年金も含めて42%アップされると誤解していました。しかし実際には、加給年金は増額することはありません。加えて、繰下げ待機中は加給年金は支給されず、さかのぼって支給されることもありません。

さらに、妻はAさんが70歳の時点で65歳となり、自身の年金受給者となるため、加給年金はつきません。

年金繰下げ受給」には見落としやすい“変動要因”がある

65歳当時の試算をそのまま当てはめてしまったことで誤解してしまったAさん。しかし、70歳まで働いたことで年金額自体は増えており、老齢基礎年金については在職老齢年金制度の対象外であるため、しっかり42%増額されています。

年金制度は複雑でわかりにくいのが正直なところです。試算時の前提条件から働き方やライフプランが変わり、年金額が大きく変わる人もいるため、節目節目で年金事務所に相談するなどして、自身の年金額を把握しておくようにしましょう。

〈参考〉
日本年金機構「在職老齢年金の計算方法」
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/roureinenkin/zaishoku/20150401-01.html

日本年金機構「老齢年金ガイド」
https://www.nenkin.go.jp/service/pamphlet/kyufu.files/LK03.pdf

三藤 桂子

社会保険労務士法人エニシアFP

共同代表