まさに「のぼせもん」(博多弁で、情熱の人)。「ラーメン一杯290円」を創業から50年間貫く福岡のラーメンチェーン「博多ラーメン はかたや」は、物価高騰が続くなか、なぜこれほどの激安価格を実現できるのでしょうか。同チェーンを手掛ける昭和食品工業の澄川誠社長は、「原価が上がったから値上げするのは、お客さんへのエゴでしかない」と断言。今の飲食業界のあり方に警鐘を鳴らしながら、一杯のラーメンで家計を支えるための「異常な」舞台裏を明かしてくれました。

【写真】「大盛、定食も破格」令和の物価高を疑う“はかたや”驚異のメニュー表(6枚目/全8枚)

物価高だから「値段を上げる」以外に策はない?

── 今や外食一回1000円の出費は当たり前です。ラーメンも例外ではありません。飲食店の多くが材料費や光熱費など原価の高騰を理由に、値上げに踏み切っています。そんななかで「はかたや」の一杯290円という価格は常識外れな気がしますが。

澄川さん:私からすれば、常識外れなのは多くの飲食店のみなさんのほうです。原価が上がったからと、当然のように販売価格に転嫁して値上げする。その考え方自体が間違っているんです。原価と売価に因果関係はない。原価が上がっても売価は上げず、利益を出すために知恵を絞るのが正しい姿勢です。にもかかわらず、原価を積み上げて売価を設定している。売価はお客さんとの関係性、すなわち市場原理によって成り立つものです。それを無視して原価が上がったから値上げするとのはお客さんを無視した行為であり、言い方悪いですけど、経営者の怠慢ですよ。

もっと言えば、売上を上げたいのが本音なわけです。ならば売上を上げる方法を考えればいいんですけど、その努力をせずに売価を上げれば売上が上がると勘違いしている。お客さんに対するエゴイズムの押しつけでしかないわけですね。言うまでもなく受け入れられず、次第に客離れを起こして商売が成り立たなくなる。実際、そんな状態に追い込まれている飲食店は少なくないでしょう。

ラーメンは一度に二杯ずつ作るのをルールとして作業効率や生産性を上げている

── では、290円の価格はどのような観点で設定されたのでしょうか?

澄川さん:福岡に住む人間にとってラーメンは「ソウルフード」。誰もが気軽に食べられる“日常食”の位置づけです。そうした地元のお客さんのお願いに応えるのが、私たちチェーンのお店の役割だと考えています。

日常食とするには財布にやさしい価格でなければならない。安ければ安いほどお客さんは嬉しいので、可能な限り安さを追求する必要がある。一方で毎日のようにひんぱんに食べてもらうのだから、より健康的な食材でなければならない。また、安かろう悪かろうではなく、本格的で飽きのこない味を追求する必要がある。こうした観点で試行錯誤の末にたどり着いたのが「はかたや」であり、290円という価格でした。

理念のない経営は羅針盤のない航海と同じである--。私の座右の銘のひとつで、商売は理念や思いからスタートすべきです。

注文から2分。1杯290円でも「利益が出る」異常な仕組み

──「原価が上がったから値上げする」というのは今や当たり前の風潮ですが、それは「努力不足であり、甘えである」ということですね。問題は値上げせずに、いかにして利益を出すか。ラーメン一杯290円を50年間維持できるのは、利益が出ているからに他なりません。その方法は?

澄川さん:ひと言でいえば、緻密な計算と創意工夫によるものです。メニュー、調理の作業工程、オペレーションや店舗のレイアウトなどを考え抜き、超効率的な仕組みづくりを徹底して、「安い、早い、うまい」を実現しています。といっても、奇をてらった手法はひとつもありません。小さな工夫やルールの積み重ねにより生産性を最大化し、必然的に一杯290円でも利益を出せるようになっているのです。

たとえば、うちのお店ではラーメンをはじめとしたメニューの数を絞っています。絞り込むことで扱う食材が限られてロスがなくなり、つねに新鮮なものを提供できる。また、調理作業も限られて繰り返しが多くなるため、従業員の熟練度は上がる。結果として原価を減らしながら美味しさを生み、回転率は上がるので、自然と売上が上がっていくんです。そのほか、作業工程の単純化や少ない人員での店舗運営、動線の短いコの字型カウンターを採用するなど、原価を圧縮して生産性を最大化させる取り組みがたくさんあります。

福岡「はかたや」の店舗。堅粕店はNHK人気番組「ドキュメント72時間」の舞台となった

── そのような知恵を絞らない飲食店が多い。

澄川さん:そうです。物価高の苦境を乗り切るのに、売価を上げたり、メニュ―を増やしたりする程度しか考えない。でも、そうしたらもっと売れなくなって食材のロスは多くなります。原価がさらに上がっていくのです。

──「はかたや」の構造とは真逆。

澄川さん:「はかたや」では1日平均800杯、24時間営業の店舗では時に1400杯ほどのラーメンが売れていきます。お客さんのテーブルにラーメンが置かれるのは注文からおよそ2分以内。ピークタイムには1時間に70~80名程度のお客さんがやってきて、26席のお客が3回転することも珍しくありません。効率化とともに追求した飽きのこない味を求め、地元のみなさんが足しげく通ってくれるので、一杯290円でも利益が出るわけです。一杯の利益率は低くても回転数を上げることで他のチェーンより月の純利益は高くなります。

加えて、周辺のラーメン店が値上げを行えば、新たにうちのお客さんになってくれる。いつの間にかライバル不在のひとり勝ち状態ですよ。

浮いた月5000円で何ができるか。290円に込めた「経世済民」の志

── 物価高で給料も上がらないなか、破格の安さのラーメンが生活の助けになっている人は多いと思います。

澄川さん:「経世済民」という中国の古い言葉をご存じですか。世の中をうまく治め、民衆を苦しみから救い出すことを意味します。経世済民こそ企業のあるべき姿であり、私の目標とする会社のあり方です。でも、実際には株主や自社の利益に目を向けている企業ばかりでしょう。悲しいことですね。

私は「はかたや」の経営を通じて、世の中を少しでもよくしたい。地域の人たちの生活を支え、明るく、豊かになってほしいと思っています。290円の安さでラーメンを提供するのは社会貢献の意味合いもあるんです。うちの客単価は400円くらい。いまは外食1回1000円以上がふつうですから、差し引きすれば600円以上の価格差に。週1~2回の外食機会があったとして、よそに行かずうちのラーメンを食べていたら、それだけで月3000~5000円浮いて、そのお金を別のことに使って有意義に過ごせるわけです。

── 外食の頻度は変わらず月5000円が浮いたら、例えば親御さんであれば、お米代にあてられるなど、暮らしも大きく変わりそうです。

 

澄川さん:福岡県内に10店舗を展開する「はかたや」の顧客総数は年間400万人余り。外食1回600円の節約効果があるとすると、総額24億円です。それだけのお金が消費に回されたら、ものすごい経済効果だと思いませんか。

「値上げは甘え」という厳しい言葉の裏には、福岡の街と、そこで生きる人々への、不器用なまでの深い愛情が隠れていました。

「日常食」だからこそ、絶対に手を抜かない。そんな「はかたや」の1杯を味わったとき、あなたはそこに、どんな「想い」を感じるでしょうか。

取材・文:百瀬康司 写真:博多ラーメン はかたや