「笑われている」気がしない…レインボー池田の「美容」が女性に刺さる理由 従来の“女装ネタ”とは一線を画す「誠実な中身」
実力派のコント芸人
ここ数年、お笑いコンビ・レインボーの池田直人がテレビ、雑誌などさまざまなメディアで頻繁に取り上げられる存在になっている。もともとは実力派のコント芸人として知られていて、コントの大会「キングオブコント2025」でも決勝進出を果たした。ネタの中では池田が女性役を演じることが多く、女装のクオリティが高いことでも有名だった。【ラリー遠田/お笑い評論家】
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【写真】「ピンクメイク超かわいい」「ギャップ最高です」…“女装”したレインボー池田
ただ、現在はそれだけにとどまらず、美容に関する知識や発信力を武器に「美容芸人」という独自の立ち位置を確立し、とりわけ女性から強い支持を集めている。男性の芸人でありながら女性誌に取り上げられたり、コスメブランドのプロデュースを手がけたり、美容情報の発信者としても一定の信頼を得ている。

美容に詳しい芸能人がそういう方面の仕事を増やすこと自体は珍しいことではないが、男性タレントでここまで本格的に美容系の仕事に取り組んでいるケースは珍しい。もちろん、端正な顔立ちのイケメンだから女性ファンが多いという側面もあるが、今の人気の過熱ぶりはそれだけでは説明できない。その背景にはいくつかの要因がある。
池田が支持される最大の理由は、もともと女装という表現を単なる笑いのための手段として扱っていなかった点にある。一昔前の男性芸人による女装は、女性の仕草や言動を誇張するようなものが多かった。男性が女性を真似ようとするときの違和感やズレを直接笑いに結びつけようとしていた。
しかし、池田のコントにおける女性像には、過剰なデフォルメがない。むしろ、徹底した観察を通して抽出されたリアリティが根底にある。恋愛や人間関係における微妙な心理の揺れや、日常的な感情の動きが丁寧に描かれているため、女性が見ても「笑われている」という感覚にならず、「わかっている」「あるある」と感じられることが多い。池田は男性目線の女性像を描いているのではなく、女性そのものを内面化して演じているのだ。
経験による裏打ち
さらに重要なのは、池田が美容に対して真剣に向き合ってきたということだ。スキンケアやメイク、体型管理といった領域において、彼の発言は表面的な知識の紹介ではなく、実際に試し、失敗し、改善してきた経験に裏打ちされている。
美容について語る際にも、美容の専門家のように正解を提示するのではなく、自分も試行錯誤して悩んできた側であることを前提に話をする。この姿勢が、完璧さを競う美容業界の空気とは異なる安心感を生み出している。理想像を押し付けるのではなく、コンプレックスや迷いを含めて共有することで、視聴者は親近感を持つことができる。
ここには、美容をめぐる価値観そのものの変化も関係している。かつて美容は女性の専有領域として扱われがちであり、男性が美容について語るのは違和感があった。しかし現在では、男性のスキンケアやメイクも一般化し、「美容は自己管理や自己表現の一部である」という認識が広がっている。池田はこの流れの中で、男性でありながら女性の美容文化を理解して、尊重しながらそこに参加する存在として受け止められている。
池田が美容芸人として人気を博しているのは、単に美容に詳しいからではない。コントのために女装のテクニックを磨いて、笑いと美容という領域を軽やかに横断しながら、女性の感覚に寄り添う表現を続けているからこそ、これだけの支持を受けているのだ。
ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。
デイリー新潮編集部
