「どうせ先は長くない」年金13万円・貯金3,500万円、“散乱するカップ酒と手つかずの宅配弁当”の横で…66歳父が息子に語った身勝手【FPが解説】
「老後の不安=お金の不安」と捉えられがちですが、なかには、十分な資産がありながら、生活そのものが破綻してしまうケースも。たとえ経済的な安定があっても、配偶者との別れや長年続けた仕事の喪失といった「生きがい」や「役割」を失うことをきっかけに、自分自身を顧みなくなる「セルフ・ネグレクト」へと陥るリスクは誰にでもあり得るのです。FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が磯田悟さん(仮名)の事例を通じて、老後の孤独と諦めの実態について解説します。※本記事は実話をベースに構成していますが、プライバシー保護のため、個人名や団体名、具体的な状況の一部を変更しています。
最愛の人との突然すぎる別れ
磯田悟さん(仮名/66歳)は、妻の早苗さん(仮名/62歳・仮名)と二人三脚、地方都市で自宅の一室を事務所にした小さな保険代理店を営んでいました。
悟さんは人当たりがよく、面倒見もいい性格。一方で少し忘れっぽいところがあり、事務処理やスケジュール管理は、妻の早苗さんがしっかりと支えていました。同年代の顧客からの信頼も厚く、長年支持されてきました。
しかしある日、早苗さんに胃がんがみつかります。幸いにも初期のがんでしたので「3〜4日の入院で、内視鏡手術をしてすぐ戻ってくる」と説明され、悟さんも、妻自身も、息子も、誰一人として最悪の事態を想像していませんでした。
ところが、事態は急変します。予期せぬ合併症が起き、懸命の処置も虚しく、そのまま帰らぬ人となってしまったのです。
酒とゴミに埋もれていく父
「元気に帰ってくると思ってたんだ……」
葬儀のあと、悟さんは抜け殻のようになりました。仕事に身が入らず、顧客管理もままならない。損害保険の更新期限切れが相次ぎ、保険会社から代理店契約の打ち切りを告げられます。最愛の伴侶だけでなく仕事も一気に失いました。
そのころから、悟さんは酒に溺れるようになります。昼から飲み、夜も飲む。息子が頼んだ宅配弁当も、手をつけず放置。息子が帰省するたびに心配しますが、「うるさい」「放っておいてくれ」と怒鳴り返すばかり。
やがて、息子の帰省も途絶えました。
それから1年後。久しぶりに息子が帰省すると、実家がひどい有様になっていました。床には空のカップ酒、ビールの空き缶、空き瓶。いつのかわからない宅配弁当。生ゴミの匂いが立ち込め、足の踏み場もありません。
息子は清掃業者を呼び、部屋を片付けました。父の資産は、母の死亡保険金を含め、預貯金だけで3,500万円がまだ残っており、公的年金としてふたつきに一度26万円が振り込まれているため、生活費に困るような状態ではないはずです。それでも、悟さんの生活がもとに戻る気配はありませんでした。
「どうせ先は長くないんだ」そう言い放つ父を前に、息子はなにもいえなくなったのです。
セルフ・ネグレクトという“緩やかな絶望”
筆者がこれまで受けたリタイア世代の相談からみても、配偶者との死別や、仕事・役割の喪失をきっかけに、セルフ・ネグレクト状態に陥る人は少なくありません。高齢者に限った話ではなく、若い世代でも、引きこもりやゴミ屋敷の背景には同様の問題があることも。
ここで重要なのは、「お金があるかどうかは関係ない」という点です。磯田さんのように、資産があり、生活に不安がなくても起きてしまうのです。逆に、生活保護を受けながら酒に溺れるケースもあります。
多くの場合、妻の死によって「愛する人との日常(つながり)」を失い、さらに廃業によって「誰かの役に立つ実務(役割)」を同時に失いました。 相談現場で見る限り、この「つながりと役割」のダブル喪失は、どれほど高額な退職金や年金があっても埋めることはできません。生きるための管理能力そのものが麻痺してしまい、結果として食事や掃除といった基本的な生活を放棄する「セルフ・ネグレクト」へと突き進んでしまうのです。
この状態に対して、「酒をやめろ」「片付けろ」「しっかりしろ」といっても、ほとんど効果はありません。必要なのは、もう一度「誰かの役に立っている」という感覚を取り戻すことです。ボランティアでも、地域活動でも、孫の世話など、小さな役割で構いません。承認欲求と所属感が回復すると、行動は少しずつ変わっていくものです。
老後を支える最後の土台
厚生労働省の調査研究(平成30年度)では、自治体職員や地域包括支援センター職員など支援者を対象に、どのような状態をセルフ・ネグレクトと認識するかを調査しています。その結果、不衛生な住環境、医療・介護の拒否、社会的孤立などは多くの支援者がセルフ・ネグレクトに該当すると判断する状態であることが示されています。「不衛生な家屋に居住していること」に加え、仕事・家庭・地域とのつながりを同時に失うと、セルフ・ネグレクトに陥りやすい傾向があるようです。
人の悩みは、大きくわけると「健康・お金・人間関係」の3つに集約されるといわれます。どれか一つが崩れると、残りも連鎖的に崩れやすいものです。だからこそ、できるだけ若いうちに自分自身としっかり向き合い、「自分はなにに価値を感じて生きたいのか」「誰と、どう関わっていたいのか」を言語化し、自分はどう生きるのかを考え、自分の軸を持つことが大事でしょう。
お金はもちろん大事ですが、それだけでは人は生きられません。「誰かに必要とされている」という感覚こそが、老後を支える最後の土台なのかもしれません。
小川 洋平
FP相談ねっと
ファイナンシャルプランナー

