AIの進化がとまらない。今後、人間の行動はすべて置き換わるのか。資産運用会社に勤め、株式市場の分析・研究を行っている水田孝信さんは「株式市場での注文のうち70から90%程度がコンピュータによる自動取引になっている。だが、AIには決定的に苦手な分野がある」という――。

※本稿は、水田孝信『高速取引』(星海社新書)の一部を再編集したものです。

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■人間がAIに完敗する領域、圧勝する領域

以前は手作業で行われていたマーケットメイク戦略は、コンピュータの発達により機械化され高速取引に置き換えられました。コンピュータの発達は多くの業界に大きな影響を与えましたが、株式投資、株式取引の世界も、当然例外ではありません。

とはいえ、いくらコンピュータが発展し、AIが急激に進歩しても機械化できない領域が、株式投資の世界にはあります。その違いはいったいどこから来るのでしょうか?

最近のAIの発展は、AIが人間に近づいたと感じさせる出来事でしょう。人間が描くような絵を描き、人間が書くような文章を書き、人間がしゃべっているような声を出せます。しかし、現在のAIの多くは、人間の脳とは全く異なる仕組みで動いているのです。

仕組みが全く違うにもかかわらず、いかに人間と同じように考えているように見せるか、これがAI研究・開発の目標となっているのです。仕組みが全く異なる以上、人間と同じにはなれません。そのため、人間と同じような能力を発揮する見込みのない領域も多くあります。

逆に言えば、仕組みが違うからこそ、人間を簡単に凌駕してしまう領域もたくさん出てくる可能性が高くなるわけです。ここでは人間とAIの違いを簡単に述べ、株式投資の世界でAIが人間を凌駕する領域、人間に全く追いつけない領域を議論しましょう。

■AIが大地震を予想できない理由

AIは絵を描くときも、文章を書くときも、声を出すときも、すべて、数値に置き換えて処理しています。絵も文章も音声も数値に置き換えて、データに変え、大量のデータから統計的に一番確率が高いものを取り出しているのです。

そのため、AIはデータがたくさんあればあるほど、同じことが安定的に繰り返し起きれば起きるほどにその強みを発揮します。絵も文章も音声も、大量にデータがあります。そして、絵なら同じようなものが何度も繰り返し描かれています。文章もまた同じようなことが繰り返し書かれることがあります。

“むかしむかし”と来れば次は“あるところに”と来そうなのは、大量のデータがあれば分かるのです。将棋や囲碁でAIが強さを発揮するのは、AI同士でおびただしい回数試せるためであり、ルールが変わったりせず、同じ配置なら必ず同じ結果が得られるという安定性があるからです。

これにより大量のデータを作ることができます。自然現象でも、通常の雨のようにおびただしい回数繰り返されてきたものはAIで予想できますが、大地震のように起こった回数が少ないものは予想できません。データ量と、安定して同じことが何度も起きることが、AIが対応できるための条件なのです。

■翻訳の例で見るAIの得意分野と不得意分野

そして、このようにデータ量と安定性があれば、人間とは比べ物にならないくらいの速さでデータを処理できます。囲碁で言えば、人間なら数千年かかるような試し打ちを1手打つたびに行っていると言われています。このような領域では人間がAIに勝てるはずがありません。

別の例だと、AI翻訳も、おびただしい回数翻訳されてきた、例えば海外旅行中に道を聞いたり切符の買い方を聞いたりするときの英会話は、完璧に翻訳できます。一方で、新しい知見を繰り広げる専門書の翻訳はAIにできる日は来ないでしょう。海外旅行で英語が必要ない時代はすでに来ていますが、現在のAIの延長線上では、専門書の翻訳をAIだけでできる日は来ません。

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それでは株式投資の世界ではどうでしょうか。執行アルゴリズム取引のような注文板の状況を見て上がりやすいか下がりやすいか判断するのは、注文板の状況という大量にあるデータを使うことができます。

しかも買い注文が多ければ上がりやすいなど、比較的安定的に同じことが起こりやすいのも確かです。投資家からするとさまざまなデータのうち、注文情報は大量にあると感じるでしょう。しかし実は、文章や画像などと比べれば取引データは少なく、AIが活躍できるギリギリのデータ量しかないと言われています。執行アルゴリズムは高速取引と戦っているため速さが必要です。

■株式投資の世界でもAIに苦手分野がある

執行アルゴリズムのような取引は人間が行うよりもAIを搭載した自動取引の方が有効でしょう。AIが人間を超えた株式取引の領域だと言えます。マーケットメイク戦略や裁定取引は速さこそが重要なので、AIのような複雑な計算をしていません。複雑な計算をするよりも速さを追求しているのです。

ただし、マーケットメイク戦略では指値をいくらにするかのパラメータをAIであらかじめ前日までに計算しておいて、当日はその計算結果の数値を使うといったAIの使い方はあるようです。

しかし、数年を超えるような長期投資となるとAIは非常に苦手です。まずデータがありません。会社なんかたくさんあるじゃないかと思われるかもしれませんが、四半期の財務情報をデータにしたとしても、年に4つのデータが数千社分あるだけでは、AIにとっては全く足りない量です。

取引所の注文情報ですらギリギリと言われているので、これと比較すれば全く足りないことが分かるでしょう。また、利益の変化も時代背景によって異なり、毎回安定して同じ結果が得られるわけではありません。これもAIが苦手とすることです。

人間には同じようなストーリーが起きていると感じられても、数字で同じことが起きないとAIはそのパターンをとらえられないので、文脈が似ているなどというものは、それこそ同一文脈で同じことが数万回でも起きない限りはデータ上からとらえることはできないのです。

■AIと人間を比較するのは意味がない

長期投資には会社経営にも似たような判断が必要になります。経営判断は過去に同じことがなかったような環境で決断しなければなりません。AIが最も苦手なことです。AIは数万回同じことが起きていなければ、データ上から統計的にどちらの決断が良いかなど判断できないのです。

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高速取引や実現したい取引の執行などは、もはや人間がAIや機械に勝てることはないでしょう。しかし、長期判断や経営判断は、AIが今の仕組みである限り、人間に勝てる可能性はありません。仕組みが全く違う以上、得意なことも全く違うのです。

AIが人間と同じことができない領域もある一方、AIが人間を凌駕する領域はこれからますます広がっていくことでしょう。しかし、人間とAIのどちらがすごいか、AIは人間を超えるかなどの議論は意味がありません。全く別物なのです。

機械やAIは人間の道具です。道具でしかありません。ただ、機械やAIと同じことしかできない、全くそれらを道具として使いこなせない人間と、これらを有効に使いこなしより多くの仕事をこなす人間と、2つに分かれていくことは避けられないかもしれません。

■だまし討ちにあう投資家の特徴

繰り返しになりますが、現在の株式市場はAIを使いこなす人間の投資家同士が戦っています。人間とAIが戦っているわけではないのです。これは個人投資家でも同じです。AIが得意とする部分はAIに任せ、AIを道具として使いこなすことが、個人投資家でも重要となるでしょう。

水田孝信『高速取引』(星海社新書)

これまでコンピュータをあまり使わなかった投資スタイルの個人投資家でも、投資判断に使う長い文章を要約させたり、英語なら翻訳させたり、AIにさせるべきことはあります。AIが最も得意とする注文板の状況だけ見て短期売買するようなトレードを行っている個人投資家は淘汰されるでしょう。

AIにはできない、データが多くない中でのストーリーの解釈などに注力し、AIにできることはAIにやらせることが重要だと思います。そして、AIを使ってフェイクニュースを流したり、相場操縦したりする悪い投資家も現れるでしょう。個人投資家も騙されないようにしなければなりません。

どういう手法が今後使われる可能性があるのか、知っておくことが騙されないための第一歩だと思います。

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水田 孝信(みずた・たかのぶ)
スパークス・アセット・マネジメント上席研究員、工学博士
2025年現在、人工知能学会金融情報学研究会で専門委員を務める。主な研究テーマは人工市場シミュレーションを用いた金融市場の規制・制度の分析。AIと高速取引が市場に与える影響に関するレポートを多数執筆している。
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(スパークス・アセット・マネジメント上席研究員、工学博士 水田 孝信)