中国で、男性同士の恋愛を描いたボーイズ・ラブ(BL)作品が人気を集めている。その理由は何か。『BLと中国』(ひつじ書房)を書いた立命館大学政策科学部の周密助教に、ジャーナリストの高口康太さんが聞いた――。(前編/全2回)

■“中国BL”の恐るべき実力

「もし検閲がなければ、中国コンテンツがBL市場を制覇していただろう」

なんとも強烈なパワーワードだ。漫画『魁‼ 男塾』の名台詞「江田島があと10人いたらアメリカは日本に負けていただろう」に匹敵する勢いを感じる。面白いのは中国人の言葉ではなく、中国BLの質の高さに驚いた日本BL関係者の発言だという。

BL(ボーイズ・ラブ)は、「主に女性向けの、男性同士のラブロマンスを描いたジャンル」を指す和製英語だ。中国ではこのジャンルを指す用語として、「耽美」「BL」などがあったが、現在では「耽美」が定着している。

実際、中国BLおよびその関連作品は日本を席巻している。小説では墨香銅臭『魔道祖師』『天官賜福』、夢渓石『千秋』、Priest『鎮魂』がヒットしたほか、これらの作品をドラマ化した「陳情令」や「山河令」も多くのファンを獲得している。

といっても、お堅い社会主義国として、映画やドラマ、小説はガチガチの検閲でがんじがらめのお国柄。政府から「ポルノ」「誤った価値観」と公開できない。それでも、検閲の目をかいくぐってのBL作品発表チャレンジは止まらない。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

■“偽装”して検閲を突破した大ヒット作品も

「キスだけで、首以下は何もせず、緑の晋江の社会主義核心価値観を厳守した」
「首から下の説明できない部分を使って、鍇(※金へんに皆)さんの首からの下の説明できない部分を乱暴に説明できないようにした。説明できない中で、二人は熱く説明できないことを始めた」

周密『BLと中国 耽美(Danmei)をめぐる社会情勢と魅力』ひつじ書房、2024年、74〜75ページ。

このような当局の検閲をおちょくったような形で性行為を描写したBL小説もあれば、ゴリゴリのBL小説を原作としつつも男同士の友情を描いたブロマンス・ドラマ(ブラザーとロマンスを組み合わせた用語で、男性同士の友情や絆を描いた作品。肉体関係は伴わない)に“偽装”することで検閲を突破して大ヒット作品となった事例もある。

となると、素朴な疑問が生まれてくる。

なぜ、中国でBLファンが増えたのか?
いつからBL人気が盛り上がったのか?
中国のBLはなぜ世界でファンを獲得したのか?
検閲は中国BLを潰滅させるのか?

こうした疑問の回答を得ようと、話をうかがったのが立命館大学助教の周密さんだ。昨年3月出版の『BLと中国 耽美(Danmei)をめぐる社会情勢と魅力』(ひつじ書房、2024年。以下、『BLと中国』と略記)において、中国BLをさまざまな視点から分析している。

■イケメン信仰が強く、“とびきりの美形”が受ける

「中国でBLが読まれるようになったのは1990年代と言われています」と周密さん。

CLAMPの『聖伝』『東京BABYLON』などのマンガが中国に入ってきたことがきっかけとされる。1999年には雑誌『耽美季節』が創刊された。高永ひなこ『恋する暴君』、あべ美幸『SUPER LOVERS』などのBLマンガを中心としたラインナップだった。

その後、『最愛』『アドーニス』『801彼女』など、類似の雑誌が登場していく。こうしたジャンルをまとめる言葉として定着したのが、「耽美」(中国語の発音はDanmei、ダンメイ)だったという。

「なぜBLではなく、耽美という言葉が定着したのか。いろいろな理由が考えられますが、字面のとおり、“美におぼれる”というのが中国のファンに合っていたのかな、と(笑)。

日本と比べると、中国はイケメン信仰が強いというか、とびきりの美形じゃないと受けない。しかも、いわゆる男らしさよりも中性的な美しさのほうが人気です。現実の人間でもそうで、中国アイドルはどんどん中性的な美形が増えています。日本人フィギュアスケーターの羽生結弦選手が中国で大人気な理由もそうです」

写真提供=共同通信社
商業施設内の店舗に設置されたBL関連作品のキャラクターのパネル=2024年8月31日、北京 - 写真提供=共同通信社

■桜木花道よりも、流川楓がいい

この話を聞いて思いだしたエピソードがある。筆者が1990年代末に留学していた時のことだ。ある女子学生から「あなた日本人でしょ? リューチュワンフォンを知っている? 私は大好き」と話しかけられた。

「リューチュワンフォン???」と頭にハテナマークが浮かんだのだが、漢字を書いてもらってようやく理解できた。スラムダンクのキャラクター、「流川楓」だったのだ。彼女によると、中国でスラムダンクは大人気だが、主人公の桜木花道の人気はさほどでもなく、流川支持者が圧倒的に多かったのだとか。無骨でマッチョな桜木よりも、イケメンの流川のほうが人気というわけだ。

こうしたイケメン人気はいつから高まったのだろうか。

というのも、1980年代から90年代にかけての中国映画を見ると、主役は無骨で、がたいのいい男性ばかり。日本人俳優では故・高倉健が映画『君よ憤怒の河を渉れ』(1976年公開。中国語タイトルは「追捕」、1979公開)で大人気となった。そこからの急転換である。

いつから?
なんで?

と気になって仕方がない。この間に日本や韓国など中国の隣国も、イケメン像は無骨マッチョから美形イケメンに変化していることを考えると、外国の影響なのだろうか。

■中国古代も“イケメン”が人気だった

「確かに中国のBLは当初、日本から輸入されたという経緯はあります。その意味で憧れの男性像の変化が海外の影響を受けたことは否定できませんが、より本質的な理由があると考えています。

長い中国の歴史を振り返れば、多様な美が愛されてきました。無骨で力強い武と、優雅で美しい文、どちらの魅力も愛されてきたわけです。1949年の新中国成立後から50年近くは武の魅力だけが重視されてきた時代で、むしろこの時期のほうが異例なのです」

写真=iStock.com/Kristina Kokhanova
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kristina Kokhanova

『BLと中国』では、中国古代四大美男子の一人として知られる、衛玠(えいかい)の逸話を紹介している。その美貌を一目見ようと、その周囲には常に大変な人だかりができた。病弱な衛玠は疲れ果てて病に伏し、ついには命を落とした。これが「看殺衛玠」(衛玠を見て殺した)という故事として伝えられている。没年は西暦312年とされる。4世紀に存在した中国古代の「アイドル追っかけ」である。

当時、美男子の基準は「すがすがしく美しい容貌、透明感のある色白の肌、ハンサムな顔立ちと表情」だったとされる。つまり、現在の中性的なイケメン男子と通ずるところがある。

中国共産党はこのトレンドを問題視しており、2021年9月には中国メディアを統括する政府部局である国家広播電視総局が、男性芸能人が女性的な格好をするのは「奇形の美意識」だとして禁止する通達を出したほど。以前から男性の「中性化」は中国共産党の批判の的となってきたのだが、しかし、禁止令もなんのその、イケメン人気は高まるばかりだ。

■BLは“中国のルネサンス”である

同性愛でも同様の構図があるという。伝統中国では、同性愛についても寛容であった。

周密『BLと中国 耽美(Danmei)をめぐる社会情勢と魅力』(ひつじ書房)

「伝統中国では長らく同性愛に対する刑罰は存在しませんでした。最後の王朝である清になって刑罰が定められましたが、厳格に執行されていません。後継ぎの子どもさえ作れば後はご自由に、というのが伝統中国だったわけです。新中国になって同性愛は一時的に批判の対象となり、精神病扱いを受け、犯罪化されました。旧ソ連的な、社会主義な国民統制として中性的な美男子や同性愛が禁止される流れがあったわけです」

中国BLは外来文化というよりも、伝統文化の復興、ルネサンスとでも言うべき現象というのが周密さんの見立てだ。

1949年から1990年代後半にかけて封印されてきたイケメン男子を愛する文化、約半世紀にわたる抑圧を取り戻そうとする人々と、社会主義の価値観を押し付けようとする中国共産党。両者はどのような対立をくり広げてきたのか。

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高口 康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト/千葉大学客員准教授
1976年生まれ。千葉県出身。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊ダイヤモンド』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)、共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA)などがある。
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周 密(しゅう・みつ)
立命館大学政策科学部助教
広島大学大学院教育学研究科博士課程修了、博士(教育学)。専門はジェンダー論、言語教育、文化研究。主な論文にStrategic mouthing of words: the Chinese bromance drama Word of Honor, censorship and gender stereotypes(Feminist Media Studies, 2023)、「BL小説を原作とした中国ウェブドラマに見られる適応策 検閲と利益の二重螺旋の中で」(『ジェンダー研究』25、2023)などがある。
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(ジャーナリスト/千葉大学客員准教授 高口 康太、立命館大学政策科学部助教 周 密)