31年前にはじまったプレミアリーグ。いかにして危険な場所から隆盛を極める“劇場空間”へと変貌を遂げたのか
開幕日には、前シーズンのチャンピオンであるリーズ・ユナイテッドが、ホームでウインブルドンに2−1と白星発進。アーセナルはノーリッジ・シティを相手にホームで2点を先行しながら、逆転を許して2−4で敗れた。マンチェスター・ユナイテッドもアウェーでシェフィールド・ユナイテッドに1−2の敗戦。翌16日にはリバプールがノッティンガム・フォレストに0−1の苦杯を喫し、さらに17日にはマンチェスター・CがQPRと1−1で引き分けた。
やや波乱の幕開けとなったプレミアリーグだが、その初代チャンピオンとして名を残したのはアレックス・ファーガソン監督率いるマンチェスター・Uだ。最後は7連勝でアストン・ビラに勝点10差をつけてフィニッシュ。マーク・ヒューズがチーム最多の15得点を挙げて攻撃を引っ張り、11月にリーズから加わったフランス代表のエリック・カントナがチームに勢いをつけた。
もちろん、サッカーの母国のこと、プレミアリーグに先立ち、1888年創設のフットボールリーグ(FL)という長い伝統があった。しかし1980年代に入ると、フーリガンと呼ばれる暴徒化したサポーターの問題が深刻となり、施設の老朽化が火災につながるなど、スタジアムは“危険な場所”となっていた。1985年の欧州チャンピオンズカップ(現、チャンピオンズリーグ)決勝では、リバプールのサポーターがユベントス(イタリア)側に襲い掛かって39人が亡くなる「ヘイゼルの悲劇」が起こり、欧州カップ戦への道も閉ざされる。
そうした状況下、自らの力に見合った増収を図りたい有力クラブは、リーグ脱退をにおわせながら発言力を増し、テレビ放映権料の配分増額に成功する。1990年には有力クラブの首脳が会合し、FLから独立した新リーグ結成が現実味を帯びていく。イングランドサッカー協会(FA)も、これを支持する姿勢を示した。
1991年8月16日には、FL1部の22クラブが脱退を表明し、来るべき新リーグに備えた。翌9月には、FLもFAやプレミアリーグのクラブから一定の金銭を得ることで合意し、FAとの論争にも終止符が打たれた。プロ選手協会も、新リーグに選手たちの意向を反映させようとストの構えを見せたが、プレミアリーグからテレビ放映権料の一部を手にすることになり、その危険は回避された。
1991−92シーズン終了後には、BSkyBとBBCがプレミアリーグの放映権を3億400万ポンド(当時のレートで約680億円)といわれる破格の金額で落札した。その後の放映権料の高騰はとどまるところを知らず、現在は国内外を合わせて100億ポンド(約1兆6000億円)超に跳ね上がっているという。
テレビマネーをきっかけに「カネ」が回り出した。スポンサー収入、入場料収入、グッズ売り上げなどライセンス収入…。プレミアリーグとFL1〜3部というリーグ構造は、それまでのFL1〜4部と基本的には変わらなかったが、クラブには莫大な金銭が流れ込み、それが広く世界からトップクラスの選手や監督の獲得に投資され、プレーのレベルアップを押し上げる。また、スタジアムの新設、増築、改修、モダン化なども促進し、そこはかつての危険な場所からエンターテインメントあふれる“劇場空間”へと生まれ変わった。
8月11日にプレミアリーグの2023−24シーズンが幕を開けた。開幕戦でバーンリーに3−0と好発進のマンチェスター・Cは、FL時代も前例のない史上初の4連覇を果たせるか。それに待ったをかけるライバルは現れるのか。三笘薫(ブライトン)、冨安健洋(アーセナル)の活躍は――。今シーズンも世界中が注目するプレミアリーグから目が離せない。
文●石川 聡
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