いまや軍民問わずパイロットの教育訓練にフライトシミュレーターを用いるのは当たり前。しかしフランス空軍は、ハイスペックな専用品ではなく、なんと一般人でも手に入る市販品を使っていたとのこと。関係者に話を聞きました。

ゲームと侮るなかれ クオリティー高すぎな市販シム

 飛行機の操縦をリアルに体験できるゲームとして人気の高いフライトシミュレーター。コンピューターグラフィックスの飛行機は、実機ベースでリアルに再現されたものが多いことから、その内容の濃さなどと相まって飛行機ファンだけでなく実機パイロットにも愛用者が多数いると聞きます。

 グラフィックが実写に近づいたことにより、思わぬ方向で世間を賑わすこともありました。ウクライナ侵攻が始まると、現地で撮影された写真や動画がSNS上を賑わせましたが、なかにはフライトシミュレーターの動画を流用したフェイク(偽物)映像もあったのです。リアルすぎるグラフィックが、バーチャルと現実の境界線を曖昧にさせているといえるでしょう。


フランス空軍の「ミラージュ2000」戦闘機(画像:アメリカ空軍)。

 そのときニュースになったのが、スイスにあるEagle Dynamics社がリリースしている「Digital Combat Simulator World」(DCS:World)という作品です。軍用機を扱ったフライトシミュレーターで、Su-27「フランカー」やF-15「イーグル」といった現用のジェット戦闘機が数多く登場します。DCS:Worldの特徴のひとつが、開発に複数の会社が関わっていることです。

 なぜそうなっているかというと、さまざまな会社が開発に加わることで、幅広いリソースを集めることが可能になり、結果としてクオリティーを高めることにつながるからです。

 具体的には、プログラム本体こそEagle Dynamics社が開発していますが、仕様を公開することで、そこに登場する機体や地形データなどはモジュールという形で他社が開発に参入することを認めています。こうすることにより高い頻度で新作モジュールが公開され、内容が日々拡大しています。

仏空軍も認めた「ミラージュ2000」の高い再現性

 その結果、当初は米露の第4世代戦闘機が中心のフライトシミュレーターでしたが、今ではフランスやチェコといった他国の戦闘機や、第2次世界大戦のレシプロ戦闘機まで登場するようになりました。

 本作は見た目だけでなく、シミュレーターとしてのレベルも非常に高く、そのクオリティーの高さから、軍用機マニアだけでなく本物の空軍にも注目されています。その結果、なんと実際に戦闘機パイロットの訓練にも使われるほどになっています。


「ミラージュ2000」戦闘機用のコックピットトレーナー。バーチャルで再現しているため、現実のコックピット筐体はシンプルな造りになっている(画像:RAZBAM Simulations. LLC)。

 DCS:Worldを実機の訓練に使ったのはフランス空軍です。外部会社のRAZBAM Simulations社が開発したDCS:M-2000Cというモジュールが「ミラージュ2000C」戦闘機を扱っていたことから、当時、実機を運用していたフランス空軍は、これをベースプログラムとして採用し、外部会社とともに訓練機材を制作しました(なお同空軍のミラージュ2000Cは2022年に退役)。

 フランス空軍は、もともと「ミラージュ2000」用の訓練シミュレーターを持っていましたが、非常に高価なために十分な数を導入できていませんでした。そこで民生品を活用して低コストの訓練機材を開発するため、このDCS:M-2000Cに注目したのです。ちなみにDCS:M-2000Cの販売価格は1本59.99ドル(日本円で約7800円)です。

 訓練に使われているシミュレーターは2種類あり、ひとつは操縦方法を学ぶためのコックピットトレーナー、もうひとつは編隊間の連携などを学ぶ戦術トレーナーです。

仏空軍お墨付きフライトシム 開発者の見方は?

 RAZBAM SimulationsのCEOであり、実際に開発にも関わっているロン・C・ザンブラノ氏が、フランス空軍に採用されたシミュレーターについて教えてくれました。

「シミュレーターはオランジュ=カリタ空軍基地の2 / 5 戦闘機飛行隊で使われていました。コックピットトレーナーは改良された物ですが、戦術トレーナーのプログラムは市販されているDCS:M-2000Cと同じです。改良箇所の詳しい構成については秘密保持契約があるため、詳細はお答えできません。しかし、DCS:M-2000C自体の再現性をパーセンテージで表すと、実機の97%までコピーできているといえます。我々はソフトの開発のために約3年を費やしましたが、収集した情報はセキュリティー的に問題のない機密解除されたレベルのものだけです」。


「DCS: M-2000C」ソフトのゲーム内画面。実写よりの美しいグラフィックは、フェイク動画として使われるほどのクオリティー(画像:(C)1991-2022 Eagle Dynamics SA/ RAZBAM Simulations. LLC)。

 フライトシミュレーターのリアルさは、時として、初心者が楽しむには難易度がかなり高くなる場合があります。しかし、それでもファンが厚いマニュアルを熟読し、苦労して操縦方法を練習するのは、それが実機の操縦を模しているクオリティーの高さと、実機の操縦を体験したいという願望からだといえるでしょう。

 今回のフランス空軍の例から、ある意味でDCS:M-2000Cのリアリティーは部分的とはいえ、お墨付きを得たとも考えられます。本作は素人が簡単に楽しめるレベルではないかもしれませんが、本物の戦闘機の操縦を楽しみたいと思うなら、一度は挑戦してみるとよいのではないでしょうか。