サイゼリヤに「揚げ物」がない理由は、従業員にラクをさせるため
■理詰めの経営手法をクイズ形式で解き明かす
イタリアンファミレスチェーンの「サイゼリヤ」。経営コンサルタント業界では「経営陣の多くが理系という点で(いい意味で)変わった経営手法をとっている企業」と評価されています。理系らしい理詰めの経営で、それがとても理にかなっているのです。
経営上の工夫について有名なエピソードもたくさんあります。今回はその中からいくつかのエピソードを選んで、クイズ形式でサイゼリヤのすごさをみていきたいと思います。
正垣会長は大学生時代にアルバイトをしていた洋食店を引き継ぐ形でレストランビジネスを始めたそうです。1960年代後半、これからはイタリア料理が人気になると考えてイタリア料理専門店を始めたのですが、客足はさっぱり。
■本場イタリアのように3皿ぐらい注文してほしい
このままではつぶれるという状況の下で、正垣氏が全メニューの価格を7割引きにしたところ、行列のできる人気店になった。これがサイゼリヤの成功体験の原点です。それ以後、顧客の満足度が価格を上回る設定で利益を生むためにどうすればいいのかを考えることが、サイゼリヤの企業文化の中心になっています。
さて、最初のクイズ問題の答えはそのような顧客心理にあります。サイゼリヤでは本場イタリアのように、お客さんが料理をたとえば3皿ぐらい注文していろいろ楽しんでほしいという考えでメニューを構成しています。
お客さんが値段を見ずに「ちょっと気になるメニューがあるので追加で食べたい」と注文する状態が理想だと考えた正垣会長は、「その国で最も売れている消耗品の価格」を値付けの参考にすべきだと考えたそうです。
消費者が使い捨てでも惜しくないと考えるモノの典型が週刊誌とタバコであることから、それをメニューの中心価格帯の参考にしたわけです。確かに理にかなった考え方ですね。
■子供に人気の揚げ物をなぜ出さないのか
次に、サイゼリヤの「理にかなったコスト削減策」についての問題です。
そもそもイタリア料理のメニューには鶏のから揚げやとんかつはありません。「だから揚げ物がないのは当たり前じゃないか」というのはそれはそれで正しい考え方です。
ただ私の知っている本格イタリア料理店はとてもおいしいフライドポテトを提供しています。イタリア料理店のフライドポテトは油や調味料がアメリカ発のファストフードとはまったく違い、とてもおいしいものです。
ほかにもフライの上からチーズをかけた「コトレッタ」(=カツレツ)もれっきとしたミラノ料理です。揚げ物は子供にも人気ですから、消費者ニーズを考えたら導入するのはとても自然なことでしょう。
それに対してサイゼリヤ社長の堀埜(ほりの)一成は「手間がかかるからやらない」とインタビューで話しています。これはどういうことなのでしょう。
揚げ物を提供するための業務用のフライヤーは、一般家庭のシンクと同じくらいの体積の調理器具に油が張ってあるものです。このフライヤーの油は一日中フライを揚げているとどんどん酸化していきます。手入れをしなければお店中に油の酸化臭が充満してしまうのです。
■「やるのが当たり前のこと」が多いと現場は忙しい
サイゼリヤの料理では香りをとても大切にしているそうです。ですから油の酸化臭は回避したい。そのためには終業時にフライヤーから油を抜いて濾(こ)して、フライヤーやダクトを毎日掃除して、と従業員に負担をかけなければいけません。
多くの外食産業ではそういった努力をしながら揚げ物を出しているのですが、サイゼリヤによれば「それが面倒だからやらない」とのこと。そして実はコスト削減を考える際には「やらないこと」を見つけることが重要なのです。
そもそも「それをやるのが当たり前」だと思うことがたくさんあるからレストランの現場は忙しいわけです。逆に「やらなくてもいい」ことを見つけると業務コストを削減することができます。
ほかにも同じ発想で、サイゼリヤでは朝の開店準備を30分でできるように業務を改善しました。その際に目をつけたのは、掃除機をかけた後にモップで掃除するという普通にレストランで行っている清掃手順を見直すことでした。
日本人はキレイ好きなので、閉店後の店内に実はそれほど目立ったごみは落ちていない。ですから先にモップで砂やほこりを拭きとりながら、ごみを見つけたら一カ所に集めておく。それで最後にそのごみだけを掃除機で吸いとれば清掃作業は短くて済む。店全体に掃除機をかける作業が「やらなくてもいい」と気づいたことで準備時間の短縮につながったというわけです。
ちなみにサイゼリヤのモップの幅は、お店の通路の幅と同じになるように設計されているそうです。これもモップを一回でかけられるようにするための理系らしい時間短縮によるコスト削減策といえます。
■誰が作っても同じ味「ミラノ風ドリア」の秘密
レストランのチェーン経営で重要なことは、店舗ごとに味のばらつきがないことです。サイゼリヤの正垣会長によれば、店舗ごとに味がばらつく理由は、厨房の作業の中に個人の能力によって差がでる作業が入り込んでいる場合だといいます。一方でそれを乗り越えようとすべての店舗の厨房に能力の高いベテランを配置するようにすると、それがコスト増につながります。
そこでサイゼリヤでは味に差がつく工程をすべて工場に集めることを徹底して考えたといいます。スパゲティの乾麺をお店でゆでることもしない。野菜も肉もあらかじめ工場に集めて切って加工し、お店では盛りつけて加熱するだけでよいように下準備を済ませている。だから厨房には包丁がないというわけです。
ちなみに調理時間で味に差がでないように、たとえば人気メニューの「ミラノ風ドリア」はコンベヤーのついたオーブンに入れて焼きます。入れてから出てくるまでの時間は誰が入れても同じ。つまり同じ品質の料理ができるように工程や調理器具が理系のアタマで設計しつくされているのです。
サイゼリヤのアルバイトのキッチン担当とフロア担当が分かれていないという点もレストラン業界の中では個性的です。言い換えるとフロア担当がキッチンの作業ができる多能工になっている。キッチンの作業が究極まで定型化・シンプル化されているからこそそれができるわけです。
そのおかげで店長がバイトのシフトを組むのがほかのファミレスよりも簡単になっている点が重要です。その分、余計な数のバイトをそろえる必要もなく、結果的にコスト削減につながっています。
■上海進出を成功させた似鳥会長の言葉
さてこのように順調なサイゼリヤの経営ですが、過去には何度も壁にぶちあたったことがあるそうです。その中から一問。
実はこのアイデア、正垣会長の長年の友人であるニトリの創業者・似鳥昭雄会長のアドバイスだったそうです。似鳥会長は「経済発展中の上海でお客さんが来ないということは、価格がまだ中国の庶民から考えれば高いということだろう」とアドバイス。それを受けて正垣会長は創業時と同じことを行います。上海店のメニューの価格を7割引きにしたのです。
その結果、お店は繁盛店となり、中国でも高級店しかなかったイタリア料理専門店が大衆化するきっかけをつくることができたといいます。
サイゼリヤは2019年8月期のデータで国内1083店、海外411店とグローバル企業としての存在感も増している状況です。もともと創業期から「チェーン経営が成功するためには1000店規模が必要だ」と言い続けていました。その根拠も理系らしい理詰めの分析から。そして2013年に1000店の目標を達成しています。
理詰めで考え行動し、結果を出す。理系企業のサイゼリヤからはたくさんのことが学べるのではないでしょうか。ぜひみなさんもお店をじっくり観察してみてはどうでしょう。
----------
鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『仕事消滅AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』など。
----------
(経営コンサルタント 鈴木 貴博)