アプリを通じて飲食店の料理を運ぶ「ウーバーイーツ」の自転車配達員をよく目にするようになった。その稼ぎはどれくらいか。ジャーナリストの溝上憲文氏は「配達員の報酬は完全歩合制。働き方次第では東京都の最低賃金(1013円)を下回ることもあり、配達員を保護する法整備が必要ではないか」という--。
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■Uber EATS配達員を含むギグワーカーは日本に約184万人

インターネット上のアプリを通じて単発の仕事を受注・納品する「ギグワーカー」と呼ばれる人たちが増えている。「個人請負」や「業務委託」など自営業者的な働き方をする就業形態のひとつがこのギグワーカーだ。

マッチングアプリの仲介を行う業者はプラットフォーマーと呼ばれ、彼らがビジネスモデルとしているのがプラットフォーム・エコノミー、ギグエコノミーである。

配車アプリや自動車配車アプリで知られるアメリカのITベンチャー「ウーバーテクノロジーズ」もそのひとつ。同社は、日本でもレストランの料理を注文者宅まで運ぶウーバーイーツ(Uber EATS)を展開し、配達人のギグワーカーも増えてきた。

また、大手ECサイト・アマゾンなどの業者と業務委託契約を結び、商品を軽トラックで配送する個人ドライバーも最近増加している。

ギグワーカーには宅配など外で仕事をする人のほかにも、ネットを通じて作業を行うクラウドワーカーもいる。こうしたプラットフォーマーの仲介を受けて仕事をするギグワーカーは日本にすでに約184万人いるとの推計もある。

時間と場所の制約もなく、自由な働き方ができるメリットがあることからバイト感覚で始める人も多いが、実はアルバイトとは異なり、あくまで個人事業主であって「労働者」とは見なされない。

パートやバイト、派遣などいわゆる非正規社員は最低賃金や仕事中の労災補償、失業時の手当、有給休暇、さらに一定の要件を満たせば勤務先の健康保険や厚生年金に加入できる権利がある。

一方、ギグワーカーは非正規社員とも見なされず、長時間労働や割増賃金規制など労働法の対象外に置かれ、労働基準監督署など行政の監視対象からも外れる。会社員が副業として始める人も多いが、その一部には、仕事の自由さと報酬の高さに魅力を感じて専業に転じる人も少なくない。

しかし、いくら仕事の熟練度が高まっても個人で請け負う能力には限界があり、それ以上の収入も望めない。しかもアプリを通じて受注する競争相手が増えれば収入減につながる。加えて配達などの一定の危険を伴う業務は事故のリスクが高く、ケガをすれば休業補償もなくすべて自己責任になる。

■アメリカではギグワーカーの労災補償と生活を保護する法律施行

実はこうしたギグワーカーの労災補償と生活を保護する画期的な法律が今年1月1日に施行された。

といっても日本ではない。アメリカのカリフォルニア州のギグワーク法(AB5法)と呼ばれる法律だ。最大のポイントはギグワーカーなどが一定の基準をクリアすればカリフォルニア州の最低賃金、残業代などの賃金の保護を受け、病気休暇、失業手当のほか、労災補償給付などが受けられる。

わかりやすく言えば、ワーカーが会社からアプリなどで業務の指示を受けている、ワーカーが法人のような独立した事業者ではないといった条件を満たせば、労働者と見なす、という内容。業務委託契約を結び、形式的には個人事業主であっても就業実態を見て労働者の権利を与えようというものだ。

この法律はライドシェア「ウーバー」のほか、競合の「リフト」などのプラットフォーマーを標的にしたものだ。一方、プラットフォーマー側は法律が適用された人の労災保険料、雇用保険料、社会保険料などを支払わなければならなくなるため猛反発している。

アメリカには専門的技術を持ち、高い報酬を得ているギグワーカーもいるが、ライドシェア運転手や宅配サービスのように比較的簡単な業務は収入が不安定になりやすい。そうした不満を持つギグワーカーがアメリカ各地で労働者の権利を求めて会社を提訴している。

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アメリカに限らない。イギリスでも2016年に労働裁判所がウーバーに対してライドシェア運転手との雇用関係を認める判決を下している。

■代理のドライバーを立てられなければ約1万4000円の制裁金

イギリスといえば、主人公の宅配ドライバーの家族の悲惨な日常を描いたケン・ローチ監督の『家族を想うとき』が日本で上映されている。あらすじは以下のようなものだ。

最初は妻と2人の子供が暮らすマイホームの夢を見て、父親は大手のプラットフォーマーと契約し、個人事業主の宅配ドライバーになるが、途端に労働条件の過酷さに打ちのめされる。

配達個数の多さやルートと到着予測時間を示す装置に振り回され、夜遅くまで働かざるを得ない。家族のトラブルで1週間休ませてくれと会社に頼むと、代理のドライバーを立てられなければ、契約通り1日あたり100ポンド(約1万4000円)の制裁金を科すと迫られる。

それでも家族のために懸命に働くものの、事故に遭遇。大ケガを負うが、治療費は支給されない。専業のギグワーカーになったが、結局、ワーキングプアを脱することができず、家族の崩壊の予兆までをリアルに描いている。

こうした状況はイギリスやアメリカだけに起きている現象ではない。

■配達員の報酬は最低保障はなく完全歩合制「時給286円」の人も

日本でも個人事業主である24時間営業のコンビニチェーンのオーナーの過酷な労働実態が度々報道されている。

また、ウーバーイーツで働く配達人らが2019年10月に処遇改善を求めて労働組合「ウーバーイーツユニオン」を結成している。

配達員の報酬には最低保障はなく、完全歩合制だ。1回の配達で、レストランからの受取料金265円+移動距離料金60円/km+配達先への受け渡し料金125円。ここからウーバーの手数料10%を差し引いた金額が基本料金だ。

これにプラスして配達エリアや時間帯で基本料金の1.1〜2.0倍、さらに配達回数の多さに応じて一定額を上乗せするインセンティブが追加される。

トータルとしてどれくらいの稼ぎになっているかという統計的データはまだない。

例えば、東京・江東区在住の25歳の男性は自身のブログに「インセンティブをうまく使いこなすと時給換算で2000円か、ゆるーくだと時給換算900円。がっつり稼ごうと思ってやると、結構つらい&イライラするかも。おすすめしません」と書いている。

ツイッターに投稿された報酬画面キャプチャーを掲載している100人の報酬を分析した別のブログでは、平均時給が1414円。最低時給が286円、最高時給が3458円となっている。

1000円を下回っている人が22人。仕事のやり方によっては東京都の最低賃金(1013円)を下回ってしまうこともあるようだ。

実際に都内の道路を四角い荷物をかついで自転車で走行している配達人をよく見かけるようになった。競技用のロードバイクだけでなくママチャリで疾走する者もいる。

仕事の効率を上げるにはスピードを出すときもあるだろうし、危険と隣り合わせの仕事に思える。実際に事故も発生している。

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2020年1月7日に開催されたウーバーイーツユニオンの記者会見では、事故でケガを負い、30日以上も働けなくなったという相談が何件か寄せられているという。ただし、事故の件数など実態についてはウーバーイーツ側が非開示なので労働組合として事故の実態調査に乗り出すことになった。

仮に就業中に事故に遭った場合、労働者であれば労災保険が適用され、1年6カ月の休業補償も受けられるが、個人事業主である配達員は自己責任となる。

ウーバーイーツは昨年10月から傷害補償制度を設け、配達員のケガも対象にした。ただし、医療費用の医療見舞金の上限が25万円、入院中の休業補償に当たる見舞金は30日を上限に1日7500円が支給される。それでも30日を超える疾病には対応されず、労災保険より見劣りする。

■Uber EATS配達員を保護する法整備が諸外国に比べて遅れている

また、配達人が専業か兼業かで重大性は異なる。日本国内でウーバーイーツは2016年9月からサービスを開始し、現在1万5000人以上が配達人として登録しているという。

ウーバーイーツ日本の武藤友木子代表は日本経済新聞の取材にこう回答している(2019年12月19日付朝刊)。

「ほとんどが隙間時間を使い、副業として配達をする人たちだ。理系の大学生が実験の待ち時間に配達したり、子どもが幼稚園に行っている間だけ主婦が配達したりしている。俳優を目指している人や、起業したけれど、まだ生計を立てられないといった人もいる」

一方、ウーバーイーツユニオンは、こうした副業だけではなく、専業でやっている人もいると言う。

会社側が2019年11月29日に前述した額に基本料金を引き下げ、配達回数が多くなれば報酬が増えるインセンティブを引き上げたことに関して前葉富雄委員長はこう言っている。

「1週間のうちに例えば二百数十回配達してください、それをクリアすると報酬が少し高くなるよみたいなものがあるので、専業にならざるを得ないという人もたぶんけっこういると思います。副業でやると収入が下がってしまうので、今までずっとウーバーだけやっていた人がより抜けられなくなり、もう(今後も)専業でやっていくしかないというような報酬体系に今はなっている」(1月7日記者会見)

ウーバーイーツのサービスは、開始からまだ3年程度と日も浅い。サービスの広がりとともにいずれ専業の就業者が増える可能性もある。

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ウーバーに限らない。近年始まったプラットフォーム型の宅配ドライバーも増えていくだろう。

それに対応した就業者を保護する日本の法整備は諸外国に比べて遅れている。厚生労働省の「雇用類似の働き方に関する検討会」の中間整理の報告書(2019年6月28日)では、

「現時点において、『雇用類似の働き方の者』について画一的に定義することは困難と考えられる。保護の必要性を含め、種々の課題に対応すべき保護の内容とともに、引き続き、実態把握を行いつつ、分析をしていくことが必要と考えられる」

と述べるにとどまり、現在も引き続き検討中だ。

EUの雇用社会総局は、新たな就業形態であるプラットフォームワーカーを労働者と認定し、使用者の義務を明記したEU指令案を出し、加盟国で検討している。

ドイツ連邦労働・社会省も新たな就業形態であるプラットフォームを活用した自営業者が増大すると予測。「自営はビジネスリスクを被りがちであり、独立自営業者では社会的保護を十分に受けられない」とし、法的年金制度の対象に自営業者を含めるなどの検討を進めている。

日本でも今後、ギグワーカーが増大すると言われている。政府が推進している「副業」の受け皿となる可能性があるが、その多くはキャリアアップというより生活費の補てん目的での就業になりやすい。副業、そして専業化する人たちの年金を含む社会的保護は急務だろう。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)