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ザグレブの郊外を拠点にするリマック社

translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

リマック社はクロアチアを拠点にする。世界最高の砂浜を持つ国としても知られているが、自動車産業はとても小規模だ。リマック社のCEOが生まれたのはフェラーリF40が発売された後。派手なグリーンに塗られたE30型BMW 3シリーズでレースを楽しだ人物はいま、電気を動力源とする未来の自動車、EVの開発に注力している。

工場があるのは、クロアチアの首都、ザグレブの郊外。グーグル・マップに指定された工業団地は、間違っているのではないかと思うほど雑草が伸び放題。グッドウッド・フェスティバルに登場するマシンのイメージとは程遠いものだった。

リマック本社

しかし工業団地の奥に進むと、雰囲気は一気に現代的になり、「R」の旗が風になびくのが見えてくる。本社ビルのガラス張りのファサードは自動車の写真で飾られ、ロータス社のような、特別な雰囲気を漂わせている。

駐車場に止まっているのは無彩色のオペルやフォルクスワーゲン、メルセデス・ベンツなどではなく、派手なホイールを履いたイエローやグリーンのクルマ。充電ケーブルの繋がれた数台のテスラが、リマック社の実態を匂わせる。

リマック社の敷地の周囲には1台のリマックも見当たらない。よくある、同じクルマが無数に並ぶ自動車工場のイメージとは異なる。2016年にリマックが1台目を生産して以来、これまでに誕生した完成車の数はわずか5台。まだ7〜8カ月に1台程度の生産ボリュームなのだ。

述べ8台の製造を目指すコンセプト・ワン

コンセプト・ワンは合計で8台の生産を計画しており、残り3台分のボディパネルが組み立てを待っている。2シーターのスーパーカーで、バッテリーは床下に配置。駆動用モーターはタイヤそれぞれに、4基が搭載されている。タイヤや汎用的なコンポーネントは供給を受けているが、エアコンユニットやライト、バンパーなど、ほとんどのパーツは社内で製造している。

この洗練されたスーパーカーは1200psを超える。リマック社の創業者、マアテイ・リマックは、「クルマ好きが作るEV」と、コンセプト・ワンを説明する。身重の高い彼に合わせて、ヘッドスペースには余裕がある。また愛国者の彼らしく、ボディサイドのエアインテークに続くラインは、ネクタイの形状を模している。実はクロアチア軍によって発明されたファッションなのだという。

リマック・コンセプト・ワン

リマック社はハイパーカー業界にさらなる衝撃を与える、Cツーを計画している。2シーターのEVだが、コンセプト・ワンとは意味合いが異なる。「コンセプト・ワンは研究プロジェクトのようなものでした。Cツーは、数年先を照らす光です」 とリマック社のマーケティング・チーフ、マルタ・ロンジンは説明する。

Cツーの最高出力は1915ps。EVとして異次元のパフォーマンスを備え、0-100km/h加速は1.97秒。最高速度は415.2km/hに届く。量産車として最大級のシングルピースのカーボンファイバー製ボディには、アクティブ・エアロを装備。WLTPテストでの航続距離は550kmに及ぶ。

生産計画は1カ月に3台で、4年間で合計150台が製造されるが、ハイパーカー基準で見ても少量だ。ただしリマック社は自動車製造だけで成り立っているわけではない。「他社が興味を持つような電動化技術や製品、スマートビークルなどを開発しています。クルマは、われわれができる技術を示すショーケースなのです」

技術力でEVの可能性を見せたBMW E30

リマック社の歴史は、いまのブランドイメージとはかなり異なる。フェラーリを打ち負かすハイパーカーを生み出すような要素はなかった。そもそも成功がはっきり見えないような企業に、投資家が大量の資金を投じることはない。大手自動車メーカーからクルマの製造委託を受けているような提携もない。

「創業当初は、本当に資金がありませんでした」 料金が払えず電気を止められた時もあったという。クロアチアには投資格付けがなく、自動車産業の国としての認知がなかったため、投資家を引きつけることが難しかったそうだ。

EV化されたBMW E30

リマック社が当初から備えていたものはイノベーション。SF映画に出てくるような手を包むグローブから、沢山のワイヤーが伸びているデバイスが、本社ホワイエの展示ケースに飾られていた。iグローブと呼ばれるもので、マアテイの初期の作品。コンピューターへマウスやキーボードを使わずに、入力するもの。

そのデバイスで資金が回るようになると、マアテイの関心はクルマへと移っていく。1980年代のBMW 323iを改造し、人気のサーキットマシンへと生まれ変わらせた。E30型323iをEVに改造したクルマは、インターネットを通じて注目を集め、EVの可能性を示した。

「その映像は大手メーカーのキーマンの目にも触れ、われわれとの協働も可能か聞いてきたのです」 とロンジンが振り返る。マアテイは、自社モデルの製造を始めるために、EVのコンポーネントとソフトウェアの開発に注力していた。素晴らしいクルマのためには不可欠だと考えていたためだ。リマック社のビジネスモデルは特殊で、基本的に外部の自動車メーカーからの収益で成り立っている。

年間数台の生産でも従業員は550名

生産台数を比較するのも面白い。2018年、トヨタは世界合計で888万5533台のクルマを製造している。従業員は約37万人だから、デザイナーや受付けの人などもすべて含めると、1人あたり24台を年間製造していることになる。フェラーリでさえ1人あたり年間3台、1年で合計1万台弱が生まれている。

同じ計算を当てはめると、リマック社の従業員は年間0.0036台だ。Cツーが製造されると、0.06台に増える可能性はあるが、新たに従業員も増やされるから、そこまでは増加しないだろう。

リマックCツー

もちろんリマック社の社員は遊んでいるわけではなく、エネルギーで満ちている。ロボットや生産ラインが無い代わりに、デルやレノボのPCが並び、若いスタッフが画面に向かって作業を続けている。

工場に入れば、バッテリーや正確にカットされたアルミニウム、オートクレーブ・マシンから出てきたばかりのきれいなカーボンファイバー製ボディを見ることができる。これらは、製造に対する投資を生み出すキッカケでもある。

マアテイは情熱的で革新的な発送を持っているが、550人を超える従業員を抱える鋭いビジネスマンでもある。スタッフの平均年齢は31歳だという。リラックスルームには、プレイステーションも用意されているのが今どきだ。建物は5棟に分かれており、面積は1万平方メートル。曲がりくねった廊下と階段が続く。

新しいキャンパスも数年の内に建設予定だという。クロアチアの国外への移転も投資家から進められたそうだが、マアテイはそれを拒否した。ロンジンは、CEOは何かを達成できないとしても、会社を構成する哲学を重要する人物だと話す。その思想からの努力として、リマック社のクルマ以外の様々な技術が誕生してきた。

すでに複数の自動車メーカーと提携

マアテイの大きな勝利は、2016年に、彼のヒーローリストのトップのひとりだった、クリスチャン・フォン・ケーニグセグから電話をもらったことだという。スウェーデンのハイパーカー・メーカー、ケーニグセグ社のCEOだ。

ケーニグセグはリマック社の技術力を高く評価し、異次元の加速力を生む強力なバッテリーと電気パルス発生ソフトウエアの提供へとつながった。他にもアストン マーティンはハイパーカーのバルキリー用カーボンファイバー製バッテリーパックの製造をリマック社へ依頼している。ピニンファリーナ社も次期バティスタで同じ動きを見せている。

ケーニグセグ・レゲーラ

他にも韓国のヒュンダイとキアは、8000万ユーロ(95億2000万円)でリマック社との技術提携を今年結んでいる。「リマック社は高性能EVに対して突出した技術力を備えた革新的な企業」だと高く評価している。製鉄まで自社で行う韓国企業からの、貴重な発言だといえる。

他にもインフォテイメント・システムを含めるソフトウエア・コンポーネントを利用している非公表の自動車メーカーも数社存在するという。ポルシェは、2018年にリマック社と「開発パートナーシップ」を組み、10%の株式を購入している。

だが将来のポルシェのどこで、リマック社技術が現れるのだろうか。タイカンはリマック社との提携が結ばれる前にほぼ完成していたし、フォルクスワーゲン・グループのハイブリッド技術をSUVに搭載している。ポルシェ911が、リマック社の技術を活用する現実的な選択肢となってくる。

リマック社のロンジンは「何もいえません」と話すが、ポルシェとは「将来的なプロジェクト」がいくつかあることを認めている。世界で最も象徴的なスポーツカーに、クロアチアの技術が搭載される日も来るのかもしれない。BMWやテスラ、Youtubeには大きく感謝していることだろう。

番外編:「グランドツアー」でのクラッシュ

アマゾンが配信する番組のひとつ、「グランドツアー」でリチャード・ハモンドが運転するコンセプト・ワンが崖下へ転落した事故をご存知の読者も多いだろう。彼の事故で、当時リマック社が生み出したクルマの1/5が駄目になった。

当時存在していたリマック・コンセプト・ワンは5台。2019年内に残りの3台を完成させ、7台が現存することになる。事故後すぐに病院へ向かったロンジンはリチャードと会話を交わし、いまもいい関係にあると説明する。「彼がまだ生きていることが大切な事実です」

グランドツアーのメンバー。一番右がリチャード・ハモンド

コンセプト・ワンの残骸はリマック社の倉庫にしまわれているが、その扉は誰にも開けさせないそうだ。「リチャードの事故とブランドイメージとを結びつけたくありません。あくまでも事故は歴史のひとつ。今はすべてが良好で嬉しいです」

リマック社を大きく成長させた1台

派手なグリーンで仕上げられたE30型BMW 3シリーズは、ゼロヨンのギネス世界記録を保持している。2012年にリマック社のCEO、マアテイ・リマックが生み出したマシンで、後輪駆動の598馬力。400mを11.85秒で走った。

ポルシェ911GT3 RSに迫る速さだが、400mのフィニッシュラインを通過した速度は122.2km/h。初期加速が極めて鋭く、ある程度の速度を維持できるが、加速はさほど伸びないことも示している。

そもそもレース中にエンジンがだめになるも、新しいエンジンを工面する資金がなく、苦肉の策としてひらめいたソリューションがEVだったという。「テスラとノキアにインスピレーションを受けていました」 とロンジンは説明する。

サーキットでは、EV化されたBMWは当初冷たい待遇を受けたようだ。「誰もが嘲笑していました。こんな洗濯機で何をするんだい?勝つなんて無理だ、と。彼が勝利を上げ始めるまでは」 マアテイはグリーンの年代物のBMWを、リマック社が2021年に創業10周年を迎えることを記念して、レストアする予定だという。