日大二vs日大一vs星城
愛知県の星城が、この日から東京遠征を組んでいる。名古屋市に隣接する豊明市にある私立校だが、男子バレーボールの日本のエースとも言える石川裕希やセッター深津英臣などを輩出して全国制覇も果たしているバレーボールの強豪として知られている。また、女子バスケットボールでも日本代表メンバーにも入ったことのある好ガードの村上睦子などを輩出している。比較的スポーツの盛んな学校である。
野球部も、県内では中堅以上の存在としては認識されていたが、甲子園出場などの実績はない。3年前に、かつて豊田西を率いて4度、愛知大会決勝進出を果たし、1998年春にはセンバツ出場も果たしているという実績のある平林宏監督が就任。ここへ来て、栄徳や春日丘、中部大一などの名古屋市周辺の強豪校が参加している尾東大会(秋春)で3大会連続優勝するなど、着実にチーム強化としての成果を上げている。
今回の遠征は、日大二の齊藤寛文コーチが中央大準硬式の出身で、そこで平林監督の息子と同期だったということで仲のいい友だちでもあった。お互いに近況を話しているうちに、東京遠征を計画していた星城の思いとも合致して、今回の遠征が成立したということである。なお、星城はこの連休中の遠征は翌日には日大三、25日には岩倉と試合を組んでいる。
星城は県内でも屈指の好投手の一人に挙げられるくらいで、夏も背番号1を背負っていた好投手石黒 佑弥君が新チームにも残っていた。しかし、暮れの愛知県選抜チームの遠征メンバーに選出されたということで、そのチーム練習がこの連休で予定されているため、この遠征は参加できないことになった。平林監督は、「(選ばれたのは)有り難いことでしたが、こっちへ来てどれくらい投げられるのかなぁというのも試したかったところもありましたから、ちょっと残念なところもあります」と、複雑な思いでもあったようだ。それでも、投手陣としては大黒柱が欠いているだけに、却って自分の存在をアピールできるチャンスでもある。
星城は2試合で、6人の投手が投げたが、1試合目の3人目として3イニング投げた水谷君は制球力もあり、見ていて安定感もあった。打者10人に対して四球を一つ与えたのみだった。また、間で投げた宮崎君も3イニングで失策絡みで1点は失ったものの、2安打に抑えて内容的には悪くなかった。それに対して、先発した池内君は少し力みもあったのか、立ち上がりに四球。さらにストライクを取りにいったところを戸谷君、新田君と言った日大二の中軸に捉えられた。2回にも湯元君、折笠君ら上位の連打を浴びて、投球をまとめきれず少し課題を残した。この遠征で再度チャンスを得られた時に修正したいところである。
また、日大一との試合では奥田君が平林監督の期待に応えて4イニングをしっかりと0に抑えた。石塚君は長打を浴びたところもあったが、平澤君は走者は出したものの、何とか抑えた。
打線は、下位の稲吉君が鋭いスイングで好打を放っていた。シュアな木村君も2安打放った。そして何より、日大一の試合で初回3ランを放った神谷雄大君、4回にソロを放った宮本君など強いクイングの選手が目立った。捉えた打球の勢いもあった。各打者、ツボへ来たらさく越えを放つだけのパンチ力は持っている。山本侑汰君なども十分にそんな雰囲気を醸し出していた。
田中監督の要求は、日々の優等生たちに、敢えて野球に対して高い意識を求めるというところにあった。
投打で活躍の折笠利矩(日大二)試合展開としても、日大二にはリードされながらも中盤に追いつき、終盤で逆転。日大一には序盤でリードして、そのリードで逃げ切るという展開。平林監督も、「最初は点の取られ方かよくなかったもんで、どうなることかと思ったけれども、結果としては、思わぬいい試合になりました。よく守れたのも大きかった」と、言い遠征になりそうな感触を得ていた。
日大二の田中吉樹監督は、「この日は、投手は最初から完投させようと思っていた」という意図だったが、星城に投げた田中啓斗君はに対しては、「尻上がりによくなっていって、秋季大会の時よりは内容的にもはるかによくなっている」と、2カ月間での成長を認めていた。また、左腕の折笠君に関しては、独特のタテの大きなカーブが有効で、「なかなか、面白い投手でしょ」と、田中監督も満足げだった。打線も、戸谷君、新田君と、クリーンアップを任されている中軸はしっかりと結果を出していた。期待を込めて起用された樋口君や安田君も、それぞれ2安打するなど起用に応えた。
日大一は近年は、“古豪”という位置づけで扱われてしまうことが多いが、両国の学校から船橋市の専用グラウンド(千葉日大一に隣接)まで、渡邊尚樹監督自身がマイクロバスを運転して移動していっているというが、今の時期だとついてもすぐに日没になってしまう。さらに、学校としては午後7時には完全下校を推奨しているということで、古豪とはいえ必ずしも恵まれた環境とは言えないようだ。そんな中で、現在やれる限りのことをやっていこうという姿勢で取り組んでいる。
(取材・写真=手束 仁)
