サウナイキタイ愛用者のみなさん、Moi!
フィンランド在住のサウナ文化研究家、こばやしあやなです。
近年、日本ではサウナ人気が急上昇中ですが、わたしの暮らすSaunaの本場フィンランドでも、空前の「公衆サウナ・ブーム」が巻き起こっているのはご存知でしょうか? 実はまもなく、フィンランド人流サウナの楽しみ方や、「フィンランド版銭湯」である公衆サウナ文化の魅力を語り尽くすチャレンジングな書籍を、日本で出版します。それに先駆けて、「そもそもフィンランド・サウナとは?」を紹介している本書の序章部分を、サウナイキタイとのタイアップ企画として全文プレ公開いたします!

サウナ愛好家のみなさんはもちろん、これまでフィンランドにもサウナにも縁がなかったという人でも、この連載で少しでも興味がわいたなら、ぜひ書籍を手にとってくださると嬉しいです。本文の終わりには、フィンランドからの素敵なサウナグッズ・プレゼント企画もあるので、どうぞお見逃しなく!

国によってまったく異なる、サウナの常識とスタイル

自然のなかでのクールダウン 身体の冷却目的だけでなく、この開放感や大自然との一体感がフィンランド流の「ととのい」法なのかもしれない

サウナ(sauna)とは、古来フィンランドの地に根付く熱気浴のことです。けれど、具体的な発祥年代や民族の特定は難しく、フィンランドがサウナの発祥国だと言い切ってしまうのは詭弁というもの。同類の入浴方法は、その呼び名こそ違えど、現在のフィンランド国土内に限らず、例えばロシアやバルト海沿岸の諸地域にも先史時代から存在していたのです。

ともあれ、saunaという呼び名は世界で最も広く良く知られたフィンランド語の単語であり、いまや世界各地で同類の熱気浴法の代名詞として認知されていることは、疑う余地がありません。さらに今日では、各国で独自のスタイルや趣向を融合させたオリジナルのサウナ文化が形成され、世界中にかつてなく愛好家人口が増えているのも事実です。

サウナ小屋のある景色 寒さ厳しい北国の冬の暮らしに、サウナでゆったり暖をとる時間は不可欠

昨今、日本にも空前のサウナブームが到来し、次々に関連施設やビジネスが生まれて、それらを盛りたてる熱心な愛好家たちのコミュニティが拡大しています。ただ、当然ながらジャパン・サウナとフィンランド・サウナとの間にも相違点は多く、しばしば決定的な誤解も見受けられます。本章では、「フィンランドの公衆サウナ」というニッチなテーマの議論を始める前に、まずはフィンランドのサウナ文化を特徴づけるエッセンスや基本作法、そして現代のフィンランド人のサウナ観を、見渡しておきましょう。

フィンランド・サウナとジャパン・サウナはここが違う

サウナ小屋から見えるオーロラ 冬のサウナ浴の合間にふと空を見上げると、オーロラが空に揺らめいていることも。裸姿でのオーロラ観測はフィンランドならでは

フィンランド・サウナの基本は、お手製の蒸気を浴びること

フィンランドでは、「熱い空間でじっと耐える」行為や場所のことを、サウナと呼ぶわけではありません。一〜数段のベンチとキウアス(サウナストーブ)が設置された密閉空間で、伝統的には薪ストーブに火を起こし、現代ではおもに電気ストーブのスイッチを入れて、その上部に敷き詰められた石を、あらかじめ熱しておきます。十分に焼けた石に柄杓で打ち水をすると、高温の蒸気が鋭く吹き出します。ジュッという音とともにほとばしった蒸気は、程なく天井部から壁を伝ってゆったり下降を始め、やがて緩やかに空間全体へと充溢していきます。このときの、流動する豊潤な蒸気を全身で浴びるという入浴法のことを、本国ではサウナと呼ぶのです。

サウナべンチと桶と柄杓 伝統的な桶と柄杓の形状は、日本のそれにそっくり

今日、日本のサウナ界でも浸透しつつある「ロウリュ(löyly)」というフィンランド語は、サウナ室で浴びる蒸気をつくり出す行為のこと、あるいは蒸気そのものを指す名詞です。そして、ロウリュをおこなうのはいつでも入浴者当人。そろそろまた蒸気の熱い刺激がほしいなと感じるたび、自身で水を打ちます。ストーブの熱源、石の質や水の打ち方(量やスピード)によって、吹き出すロウリュの性質は大きく変わります。手慣れた人は好みのロウリュのために、手首のスナップを調節します。また、複数の人とサウナを共にしているときは、当然その欲求の頻度も人それぞれなので、「ロウリュしてもいいですか?」とひと声かけるのが、暗黙のルールです。

ロウリュの瞬間 ロウリュをおこなうタイミングや回数は、利用客のあいだに合意があれば完全に自由 撮影:Eetu Ahanen

フィンランド・サウナには、パフォーマーもリーダーも不在

日本のサウナ愛好家のみなさんにいつも驚かれるのが、「フィンランド人はサウナでタオルを振り回さない」という事実。どうやら日本では、代表者がサウナ室内でタオルをブンブン振り回して、肌への刺激の強い熱波を起こすのがフィンランド流として認知されているようですが、これはドイツ・サウナ由来の「アウフグース」というエンターテイメントです。

サウナ室内の雰囲気 パフォーマンスはとくにおこなわず、ただゆったりと蒸気に身を委ねるのがフィンランド流 撮影:かくたみほ

フィンランドでは、利用者が各々のタイミングで打ち水をして蒸気を浴びるロウリュ法以外に、サウナ内でこれといったパフォーマンスはおこないませんし、イニシアチブをとる人もいません。しいて挙げられるのは、白樺の若葉(あるいは香りの強いほかの植物の葉)の葉束でバシバシと互いの身体を叩き合い、肌への刺激や葉から出る天然のアロマを楽しむという慣習。ですがこれも現代では、ロシアやバルト諸国など周辺国の人たちのほうが、より日常的・積極的におこなっている印象です。

サウナ浴に、時計を必要としないフィンランド人

ストーブで熱されたサウナ室内の温度は、当然人によって好みは分かれるものの、日本のサウナより約二〇度低い六〇〜八〇度くらいが、フィンランド人にとっての適温値です。蒸気が吹き出すと、瞬間的に室温と湿度がはね上がりますが、またすぐにマイルドな温度に落ち着きます。呼吸のしやすい温度環境で、身体の深部や末梢にまで熱が沁み入り、ゆっくり温もっていくのを感受する。そして、一定間隔をおいてロウリュの焦熱と潤いが肌をなめ尽くすたび、皮膚感覚が心地よく刺激されるのを興がる。この二つのシンプルな悦楽こそが、フィンランド・サウナの真髄です。

白樺の葉束 サウナで身体を叩く葉束のことは、西フィンランドではヴィヒタと呼ぶが、東部ではヴァスタと呼ぶ

だから、フィンランド・サウナの室内には一二分計も砂時計もありません。それは、外的な指標に縛られなくても、自発的に好きなだけ長く居られる証であり、そもそも無理して長く居る必要はない、という証でもあるのです。サウナでの滞在時間を決めるのは、個々人の、その日その場所での、感覚的な欲求や満足感ただそれだけです。

サウナの中は、フィンランド人が一番本音を話せる場所

サウナは静寂を美徳とする場所である……という考え方も古くからありますが、現代のフィンランド人は、むしろサウナ浴中におしゃべりするのが大好き。フィンランド・サウナ室特有の薄暗さや、リラックスした心地につい気を許してしまうのか、たわいない雑談から、普段はあまり積極的に話せない類のシリアスな本音や相談ごとまでが、サウナに居座るうちに、とつとつと口をついて出てくるのです。

サウナで飲み会 サウナの中での節度ある飲みニケーションも、フィンランド人が愛する余暇の過ごし方 撮影:Eetu Ahanen

シャイで物静か、愛想笑いや上っ面の人付き合いも苦手で……というのは、自他ともに認める典型的なフィンランド人気質。その内向きな天性をたやすく打破する二つの要素が、お酒とサウナだと言われています。お酒については、「自分たちは普段シャイなのだから、飲んだときくらい許してネ」と、過剰な無礼講を互いに許してしまう風潮が社会全体にあるので、飲み会のたびに人が変わったように調子に乗り、粗相をやらかす面倒なフィンランド人も、少なくありません。

サウナ浴中の談笑 サウナ室内でも休憩中でも、騒がしくない程度にお喋りを楽しむことはちっともマナー違反ではない 撮影:Eetu Ahanen

他方サウナには、フィンランド人が思慮分別を保ちながらも、普段より饒舌かつオープンマインドになれるという、なんとも特殊な力があります。久々に再会する旧友や、悩んだり落ち込んだりしている友達をサウナに誘い出すのは、フィンランド人の日常。ちょうど、日本人が誰かを飲みに誘う感覚に近いかもしれません。学校施設や企業のオフィス内にサウナ室があるのも一般的で、社員同士の交流をはかるだけでなく、会議の後に、商談相手を裸のお付き合いに誘うことだって珍しくはないのです。

女性たちの団らん風景 おしゃべりの好きな女性たちにとって、サウナはうってつけの集会所でもある 撮影:かくたみほ

筆者の経験上、女性が集えばだいたいいつも、色恋沙汰や世間話に代表される、世界共通の「女子トーク」が始まります。いっぽうで男性の方が、サウナの中で真の本音トークにアクセルがかかりやすいと言われます。二〇一〇年にフィンランドで公開された「スチーム・オブ・ライフ(原題は“Miesten vuoro”で、「男たちの(サウナの)番」という意味)」というドキュメント映画は、国内各地のプライベート・サウナ、あるいは公衆サウナの中で、さまざまな世代の男性たちの会話の始終を記録しているだけの、風変わりなオムニバス作品です。会話内容に多少は脚本があるのかもしれません。ともあれサウナの中の彼らは、時間の経過とともに、虚栄を捨てて心の内を朴訥と語り始め、言葉を詰まらせるたび周りから不器用に慰められ、やがて目からも汗を流して嗚咽を漏らす人まで。ふいに誰かの投げるロウリュの爽快な昇華音は、重くなった空気を優しくじゅわっとリセットします。

映画「スチーム・オブ・ライフ」のワンシーン 本国でも話題となった同映画は、2011年に国内の最優秀ドキュメント作品賞を受賞した 提供:October Oy

フィンランドでは、知人であれ他人であれ、同じサウナ空間に居合わせた者同士はみな「運命共同体」のような存在。やかましく騒ぐのはご法度ですが、とはいえ互いに一言も言葉を交わさないほうが、むしろ異様に感じます。余談ながら、日本のサウナ室にテレビがあって、みんながそれを無言で眺めている光景は、日本を訪れたフィンランド人にとっては相当愉快に映るようで、彼らが土産話をする際の鉄板エピソードです(笑)。

フィンランド人の誰もが、真冬の湖にダイブするわけではない

長くサウナに居ることで頭や身体が火照ってきたら、多くの人は、少なくとも一度はリフレッシュのために外気浴に出ます。昨今、凍った湖に穴を開けて飛び込む、あるいは雪に身体をこすりつける、といったフィンランド人の「究極の」外気浴法ばかりが面白おかしく取り立てられるようになってしまいましたが、それらはあくまで、真冬限定の極例。実は、フィンランド人でも生涯未体験の人はたくさんいます!

流氷の上でのクールダウン 春先にヘルシンキ湾を漂流する流氷の上でクールダウンに興じる筆者

フィンランド・サウナにおける外気浴の最重要目的は、長時間心ゆくまでサウナタイムを楽しむために必要な、体内のクールダウン、汗の洗い流し、そして酸素と水分の補給のための、リセット休息です。バスタオルやバスローブに身を包んで、涼しく開放感のある室外で、風景を愛でながら深呼吸したり、飲み物を片手におしゃべりの続きに興じたりしながら、心拍が落ち着くまで一服。日本のサウナ施設では欠かせない人工的な「水風呂」も、フィンランド・サウナのそばには見当たりません。もちろん、目の前に湖や海などの天然のプールがあるロケーションなら、軽くひと泳ぎすることはよくあります。

ときにマイナス二〇度を下回る極寒の冬場は、外気に肌をさらすだけでは即座に湯冷めをしてしまい、外に長くは居られません。ところが、外気浴の前に一度、思い切って冷水をかぶったり凍りかけた湖に身を沈めたりすることで、血管がにわかに収縮し、サウナで得た体内の熱の放出を抑えようとします。するとその後は、夏場同様、寒い屋外でも裸同然の姿でしばらくの時間、緩やかにクールダウンできるようになるのです。

アイスホールでのクールダウン 冬の湖水浴を健康法に掲げるお年寄りも多い。確かにサウナ好きなお年寄りはみんな元気そうだ

この手荒な温冷交代浴は、心臓の病気を患っている人や妊婦さんにはお勧めしませんが、度胸さえあれば誰にだって可能です。 零度近い水に肌をさらすと、それはもはや「冷たい」という知覚とは別次元の、痛みのような刺激が一瞬、全身を伝います。ですが次の瞬間、今度は皮膚の内側から、すぐその刺激に抵抗する反作用のエネルギーが生まれるのを感じるはずです。肌を介したこの激烈な拮抗が落ち着いた後は、剛鉄の皮膚の内側で石炭が焚かれる蒸気機関車にでもなったかのような、凍てつく外気をもろともしない無敵のわが身を手に入れることができるのです。こればかりは、百聞は一体験にしかず、ですね。

フィンランド人は、「ととのう」ことを知らない?

夏のクールダウン フィンランド・サウナのそばに水風呂はないが、一歩外に出ればそこかしこに天然の水風呂が待っている

ところで、日本のサウナ愛好家たちの間では、サウナと水風呂の行き来という刺激的な温冷交代浴の繰り返しの末に、恍惚としたディープリラックス状態に行き着くことを「ととのう」という言葉で言い表すのが、すっかり定着していると聞きます。いまや「ととのう」ことこそが、サウナ浴の真骨頂であり唯一無二のゴールであるとも。このため、「フィンランド人も、ととのうためにサウナに入っているのですよね?」と尋ねられることも多いのですが、実はそのたびに、答えに窮してしまいます。

もちろん、それは多くのフィンランド人が肌で知っている快楽と同類のものなのでしょうが、極度の温冷交代浴の快感こそがサウナの醍醐味、という発想は、 フィンランド人には必ずしもピンとこないのかもしれません。

雪上でクールダウンする人 雪解けまでの季節は、サウナの合間に雪上にごろんと寝転ぶのも気持ち良い 撮影:Eetu Ahanen

例えば、蒸気が出たあとに「フュヴァット・ロウリュット(いいロウリュだね)」というフレーズをつぶやいたりはするものの、「ととのう」に該当するサウナタイムの常套句は、そもそもフィンランド語には見当たらないのです。二〇一八年四月二八日、フィンランド公共放送局の配信するウェブニュースで、日本のロウリュ・ブームと“totonou”というフレーズが紹介されました。「ととのうとは、まるで天然の麻薬のような、サウナがもたらす多幸感やリフレッシュした気分を意味するらしい」と解説され、日本人がフィンランド語辞書にないサウナ用語を生み出したと、フィンランド人たちを驚かせたのです。今後はむしろ、フィンランド人たちがサウナ中に“totonou”という言葉を積極的に使う時代が来るのかもしれませんね。

後編は11月中旬頃公開予定です。

プレゼント企画

この記事をツイートしてくれた方の中から抽選で1名様に筆者のこばやしさんセレクトのフィンランドのサウナグッズギフトパッケージをプレゼントします!サウナグッズの内容は届いてからのお楽しみ!

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書籍情報

公衆サウナの国フィンランド
ー 街と人をあたためる、古くて新しいサードプレイス

フィンランド版銭湯に学ぶ!
街から消えゆく公衆浴場を、現代人の居場所に変えるヒント

日本で急速にサウナ熱が高まっている昨今、実はサウナの本場フィンランドでも、空前の公衆サウナ・ブームが街を席巻中!つい10年前までは閑古鳥が鳴いていた「フィンランド版銭湯」が、いまなぜこんなにも盛り上がっているのか…?
前世紀の栄枯盛衰ヒストリーから、斬新なアイデアと熱意で街にサウナを呼び戻した今日のリーダーたちのドキュメントまで。現地在住の日本人サウナ文化研究家が、現代人の居場所となった公衆浴場のリアルな姿を届ける一冊です。

頁数:160頁(うち32頁カラー)
定価:2000円+税
発刊予定: 2019年1月
著:こばやしあやな/サウナ文化研究家
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