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所得が増えるほど、人間の幸福度は上がる。また貯蓄が増えても、幸福度は上がる。それでは所得(フロー)と貯蓄(ストック)で比べた場合、幸福度に強く影響するのはどちらなのか。経済学者らが調べたところ、人間はフローよりストックに幸せを感じるらしい。つまり幸せになりたいのなら、貯金に励んだほうがいいらしいのだ――。

■「所得の多さ」より「貯蓄の多さ」が幸福度に影響

本連載で「年収と幸福度の関係」について何回か触れました。

その中で、「所得がある一定水準以上にあがると幸福度との相関が見られなくなる」と語ったアメリカの経済学者、リチャード・イースタリンの説を紹介しました。(参考記事:「人より金持ちでいたい人」は、富裕層はムリ)

また、アメリカの心理学者・行動経済学者のダニエル・カーネマンが、著書『ファスト&スロー』で披露した「もうそれ以上は幸福感を味わえないという所得の閾値(いきち)は、物価の高い地域では、年間所得ベースで約7万5000ドルだった。この閾値を超えると、所得に伴う幸福感の増え方は、平均してゼロになる」という説も、以前の連載で紹介しました。(参考記事:年収10億 富裕層の結論「“ビンボー”が幸福を呼ぶ」)

いずれの内容も、収入が一定の「飽和点」に到達するとそれ以上幸福度は高まらない、というのが主張の核となるものでした。

2人の説はいずれも所得というフローと幸福感の関係を示したものです。今回は、フローの所得ではなく、その結果形成されたストックである貯蓄額と幸福の関連性について見てみます。

人がより幸福を感じるのは、フローの年収が高いことなのか、それともストックの資産が多いことなのか。あるいは、フローとストックが両方たくさんあることなのか。

▼銀行の貯蓄残高が高くなるほど幸福感は高まる

まず、米アリー銀行が2013年に25歳以上のアメリカ人1025人を対象に行った調査(※)を見てみましょう。一般人を対象にした調査で、富裕層のそれではありません。

※https://www.ally.com/do-it-right/trends/new-ally-bank-survey-links-money-to-happiness/

これによれば、貯蓄額別に「非常に幸せ」、「とても幸せ」と答えた割合は次のようなものでした(1ドル=105円換算。以下同)。

●貯蓄と幸福度の関係(25歳以上の一般人が調査の対象)
貯金額10万ドル(1055万円)以上 57%
貯金額2万〜10万ドル(210万〜1055万円)42%
貯金額2万ドル(210万円)以下 34%
貯金額ゼロ 29%

「貯蓄ゼロ」でも幸福だという人が3割近くもいるのは驚きですが、全体としては、貯蓄額が上がっていくにつれて、幸福だと答えた人の割合は上昇しています。つまり、貯蓄額10万ドル(1055万円)くらいまでは、貯蓄額の増加と幸福の増加とは相関関係があり、数字が停滞する飽和点のようなものはみられません。

■収入が高くなくてもせっせと貯める人が幸せに近づく

同じく米アリー銀行の調査で「年収と幸せ」の関連性についてのデータもあります。年収別に「非常に幸せ」、「とても幸せ」と答えた割合は次のようなものでした。

●年収と幸福度の関係(25歳以上の一般人が調査の対象)
年収15万ドル(1581万円)以上 45%
年収10万ドル〜15万ドル(1055万〜1581万円) 48%
年収7万5000ドル〜10万ドル(790万〜1055万円) 43%
年収5万ドル〜7万5000ドル(527万〜790万円) 40%
年収2万5000ドル〜5万ドル(263万〜527万円) 25%

このデータでは7万5000ドル(790万円)を超える年収については、幸福度はほぼ横ばいとなっていて、前出のカーネマンの見解(収入が一定の「飽和点」に到達するとそれ以上幸福は増えない)とも一致しています。

これによって、人が感じる幸福度に影響を与えやすいのは年収の高さよりも貯蓄額の多さということが言えます。

僕は本連載で、富裕層の「本流」は、ゆっくりと時間をかけて資産を形成してきた堅実な中高年の人々だと主張していますが、幸福度の観点から見ても高収入を目指すよりも、高貯蓄を目指すほうがよほど幸福に資することが調査からは読み取れます。稼ぎを多くするより、収入がそれほど高くなくてもせっせと貯めるほうが幸福に近づくということです。

▼ところが富裕層は資産残高にまったく心が躍らない

では、調査対象を変えて、富裕層が考える「貯蓄額と幸福」の関係はどうでしょうか。

ハーバードビジネススクールとマンハイム大学の研究者らは、2012年と2013年にある大手金融機関が行ったアンケートを基にして4000人以上の富裕層を調査しています。

純資産が1500万ドル(15億8374万円)超の超富裕層の人生満足度(幸福度、最高が7ポイント)が5.84であるのに対して、150〜290万ドル(1億5837万〜3億620万円)の富裕層のそれは5.79でした。10倍の資産を持っていても、幸福度は0.05ポイントの差しかありませんでした。

●資産額と幸福度の関係(富裕層が対象の調査 最高が7ポイント)
150万ドル〜290万ドル(1億5837万〜3億620万円) 5.79
300万ドル〜790万ドル(3億1675万〜8億3411万円) 5.81
800万ドル〜1490万ドル(8億4466万〜15億7319万円) 5.97
1500万ドル以上(15億8374万円) 5.84

つまり、前出の米アリー銀行の一般人を対象にした調査では、幸福度は純資産の影響が極めて大きいのに比して、富裕層の場合は純資産の多寡はもはやあまり問題にならないということなのかもしれません。

年収が幸福度に与える影響に飽和点が存在するように、純資産の効用も限界効用が逓減していうということかと思います。富裕層の立場になったら、いたずらに純資産額を膨張させていってもあまり意味がないということでしょうか。億単位をストックする者が、百万〜千万円単位を貯めることに神経をとがらせてもしかたがないのです。

■富裕層は億の資産残高に全然ときめかない

同調査では富裕層の純資産が結婚や相続などでもらったものか(働かないで得たもの)、それとも自力で稼いだものかについての幸福度の違いも出ています。

それによれば、幸福度の大きさは「働かないで得た資産」<「自力で稼いだ資産」ですが、その違いはごくわずかなものでした。

以上の結果からもわかるのは、

幸福度を高めようとする時に、「富裕層になる途上の人」は年収を上げるよりも貯蓄額を増やすほうが幸福度を高めることができる。

●富裕層の場合は、貯蓄額が幸福度に影響を与えるのはごくわずかゆえ、蓄財に血道をあげてもあまり意味がない。

ということになるでしょうか。

▼金持ちも非金持ちも「休暇、セックス、食事、会話」で幸福になる

ならば、富裕層はどうすれば幸福度が高まるのか。

ひとつは、本連載で何度か解説しましたが、経済学者ロバート・H・フランクのいう「非地位財」(※)にお金を使うことでしょう。

※非地位財とは、他人が何を持っているかどうかとは関係なく、それ自体に価値があり喜びを得ることができるもの。例えば、休暇(旅行)、愛情、健康、自由、自主性、社会への帰属意識、良質な環境など。これに対して、地位財とは、所得、社会的地位、車、家など他人との比較優位によってはじめて価値の生まれるもの。

もうひとつは、前出のカーネマンの調査でわかった「幸福度ランキング」のベスト5(セックス、おしゃべり、夕食、リラックス、昼食)に時間とお金をかけること。富裕層にとっては大した金額ではないですが、それだけで幸福度は大幅に上昇する可能性があります。

もちろん、以上2つの案は、富裕層だけでなく、富裕層を目指す一般人にもあてはることでしょう。幸福は案外身近なところにころがっているのかもしれません。

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(行政書士・不動産投資顧問 金森 重樹 写真=iStock.com)