日本時代に建設 製糖工場の排煙用トンネル 文化を今に伝える/台湾
同工場は、1909(明治42)年に日本人実業家の小松楠弥が、当時の月眉庄にあった旧式製糖工場を買収して創設した「大甲製糖所」を前身とする。農家は栽培したサトウキビを原料として供給した他、近隣の住民は工場内で働き、周辺地域の産業の中心となっていた。高い煙突や大型設備を有していたため、第2次世界大戦中には重要な工業施設として攻撃を受け、一部の建物が損壊したが、修復を経て47年には製糖を再開した。工場内の製糖施設は2010年に歴史建築に登録され、関連の生産ラインや機械設備がほぼ完全な形で残されている。
24年に起きた台湾東部地震では煙突に入っていた亀裂が拡大したため、修繕と補強を行い、歴史的空間を再生させた。
同処は同工場について、台中の重要な糖業文化を伝える拠点として、産業遺跡と歴史建築を完全な形で保存するだけでなく、ガイドや体験イベントなども組み合わせた魅力ある文化パークだと強調。来園者数も年々増加しており、月に訪れる観光バス台数はかつての100台から1000台に増えているという。
(謝怡璇/編集:齊藤啓介)
