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「人前で思わず怒りが爆発してしまった」「大事な場面で『失敗したらどうしよう』とパニックに陥ってしまった」といった経験はありませんか。公立諏訪東京理科大学特任教授である篠原菊紀先生は「脳は感情に乗っ取られやすく、ダマされやすい側面がある」といいます。<脳のクセ>を見抜き、うまくコントロールするには、どのように考えたらよいのでしょうか。そこで今回は篠原先生の著書『脳を乗っ取る感情(アイツ)からあなたを守る方法』より一部を抜粋し、「感情」から身を守る方法をお届けします。

【書影】コントロールできれば、脳が自己肯定的に働き出します。篠原菊紀『脳を乗っ取る感情(アイツ)からあなたを守る方法』

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脳科学から見た「あばたもえくぼ」

恋愛時代を経て、長年付き合っているとパートナーとの関係も変化してくるものです。穏やかな関係を目指したいところですが、相手の嫌なところが目につくと、関係がギスギスしてくることもあります。脳科学では、パートナーシップをどのように捉えているのでしょうか。パートナーシップについて考えたいと思います。

どんなカップルにも恋の始まりはあり、「なにをやっていても好き」な時期があると思います。ただ、長年連れ添っていると、相手の嫌なところばかりが目についてイライラするなど、険悪になっていくこともあります。脳の働きからこのような仕組みを説明することはできるのでしょうか。見ていきましょう。

まずは、「恋愛」において脳のどこが活性化するのかというところからお話しします。

恋の最中では、「腹側被蓋野」という「快感」「やる気」に関わる脳の部位が活性化します。腹側被蓋野には快感ホルモンであるドーパミンを発生させるニューロンが集まっており、恋の気持ちは報酬系やモチベーションを高めます。

同時に、恋の最中は「側頭頭頂接合部」や「扁桃体」の活動が低下します。つまり相手を批判するとか嫌なところを探すことはなくなります。彼や彼女を見ると、それだけでいい気分になってワクワク、ドキドキ。嫌なところなどまったく見えない、いわゆる「あばたもえくぼ」は脳の働きからも説明できるわけです。

恋の始まりの頃に相手の顔写真を見ると体の痛みも軽減する、ということもわかっています。これは、恋人の顔を見ているときには報酬系が活動し、快感ホルモンであるドーパミンの分泌が促されるためだそうです。

つまり、恋は痛みまでマスクするのです。しかし、恋に限らず、戦いの最中でも痛みのマスクは起こります。性交渉も、ともすれば痛みを伴うことはありうるので、そういった場合もマスク作用が起こっているのかもしれません。だからこそ、長く付き合ってきたパートナーが性交痛を訴えたときなどは、痛みに対する配慮をできることがパートナーシップとして大切ですね。

交際期間が長くなると

交際期間がまだ短い間は、「前部帯状回」の活動が強まることも確認されています。前部帯状回は、感情の形成と処理、学習と記憶に関わる部位で、「相手を気遣う」ときに活性化します。

しかし、このようなパートナーに対する「あばたもえくぼ」状態や、気遣いできる状態は、交際期間が長くなると消えてしまいます。1〜2割ほどは残る、とも言われていますが。

パートナーとの関わりが長くなると、互いに気遣うことも減り、相手の短所をズケズケと指摘するようになったりしますよね。一方、恋で燃え上がってもいざ結婚となると、「マリッジブルー」が起こることも知られています。いきなり冷静になり、相手とこの先長く過ごしていくことに疑問を感じ始めるのです。

そもそも、大きなライフイベントは大きいストレスとなるのです。結婚もしかり、昇進なども、周囲からは喜ばしい状況と思われても本人にとっては多大なストレスです。

社会心理的なストレス要因を尺度化した有名な「ホームズの社会的再適応評価尺度(*1)」においても、「結婚」は、親族の死、個人のケガや病気の次に大きいストレス指標となっています。

結婚に対する恐れや不安も出てくるでしょうし、付き合ううちに相手が思ったような人間ではなかったということが見えてくることもあるでしょう。マリッジブルーが起きないほうが不自然では、と思われるくらいです。だからこそマリッジブルーが起きないうちに、素早く結婚しちゃおうというワザを人間は取り入れてきたのでしょう。

*1 米国のトーマス・H・ホームズとリチャード・H・ラーエが開発したストレス測定法の 1つ。ストレスに対して再適応に要するエネルギー量を評価、ストレスの程度を点数で示す。

癒やしと絆のホルモン

ところで、結婚をすると、その後、長い時間を過ごしていくことになります。パートナーシップそのものを脳科学の立場から研究したエビデンスなどはあるのでしょうか。見ていきましょう。

まず、「パートナーのシャツの匂いを嗅ぐとストレスホルモンのレベルが下がる(*2)」というカナダのブリティッシュコロンビア大学で行われた研究があります。

96組の異性カップルが対象となり、男性被験者は24時間Tシャツを着用し、体臭が保存されました。その後、96人の女性が「恋人の香り」、「見知らぬ男性の香り」、「中性的な香り」のいずれか1つを嗅ぐように割り当てられ、模擬面接や暗算といった急性ストレス因子にさらされるという実験が行われたのです。その結果、パートナーの香りを嗅いだ女性では、知覚するストレスが減少し、見知らぬ人の香りを嗅いだ女性はストレスホルモンと呼ばれる血中コルチゾールレベルが上昇しました。パートナーと仲良しでいると、その匂いを嗅ぐだけで安心できるということです。

ところで、オキシトシンというホルモンをご存じでしょうか? これは愛着ホルモンと呼ばれているホルモン。母乳の分泌を促したり、分娩時に子宮収縮を促したりする、いわゆる癒やしと絆のホルモンです。

このオキシトシンは、親子だけでなく男女間や仲間といった、人間同士の結びつきを強めるのに貢献している、といわれています。

*2 J Pers Soc Psychol. 2018 Jan;114(1):1-9.

オキシトシンが見知らぬ異性を遠ざける

オキシトシンは男性が見知らぬ魅力的な女性と遭遇したときに、何らかの影響を引き起こすのだろうか、という視点で行われた研究(*3)があるのです。

これはドイツのボン大学で行われた研究で、57人の異性愛者の男性(平均年齢25歳)が、オキシトシンの鼻スプレーを投与される群、プラセボ群に分かれました。うち、27人は独身男性で、30人はパートナーを持つ男性でした。スプレー投与から45分後に魅力的な女性が目の前に現れます。その女性に対して、被験者は「どのぐらいの距離感が最も理想的と感じたか」を測定しました。


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その結果、オキシトシンを投与されたパートナーを持つ男性は、オキシトシンを投与されなかった男性や独身男性に比べて、女性からより遠くの距離を置いたのです。魅力的な女性がアイコンタクトをとっても、視線をそらしても、いずれの群も理想的な距離は変わりませんでした。

つまり、パートナーがいると、絆ホルモンであるオキシトシンが見知らぬ異性を遠ざけるよう働く、というわけですね。

魅力的な女性に鼻を伸ばしてやたらと近づくようでは配偶者への愛情が足りないよ、という、まあ言われてみればその通りだな、という結果ですね。

*3 J Neurosci. 2012 Nov 14;32(46):16074-9.

相手のいいところを頑張って見つける

また、夫婦でいることは、認知機能の維持にも貢献しているようです。

古くから知られていることですが、独り者になると認知機能が低下しやすくなることがわかっています。

フィンランドで平均21年間にわたって調査された研究(*4)によると、中年期(平均年齢50.4歳)にパートナーと暮らしている人は、他のパターン(独身、別居、死別)に比べて、65〜79歳で認知障害を起こすリスクが3分の1、アルツハイマー病にかかるリスクも低くなった、ということが示されています。

夫婦間の温かいコミュニケーションが必要ということもあるでしょうが、夫婦間の適度なストレスが脳を鍛えている、という側面もあるかもしれません。

自分とは異なる人とこれほど長く密接に暮らすことはないわけで、そのなかで心地よく暮らしていくためにあれこれ工夫することが、いわば「脳トレ」になっているのかもしれません。

夫婦で向き合ってもらい互いを褒め合う、ということをしてもらうと、「前頭前野」が活性化します。前頭前野が活性化するということは難しいタスクをしているのと同じことで、だからこそ、相手のいいところを頑張って見つけることは脳トレになるのです。

*4 BMJ. 2009 Jul 2:339:b2462.

※本稿は、『脳を乗っ取る感情(アイツ)からあなたを守る方法』(日経BP)の一部を再編集したものです。