阿川佐和子さん(撮影:枦木功)

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心身の衰えや認知症、介護にお墓…年齢を重ねると直面するさまざまな問題に対して、私たちはどのように考え生きていけばいいのでしょうか。今回は、エッセイストで作家の阿川佐和子さんと詩人の伊藤比呂美さんによる対談を、共著『サワコと比呂美 女じまい』から一部抜粋してお届け。「歳をとるって面白い!」と思える「女じまいの物語」をご紹介します。

【写真】伊藤比呂美さん「いつから介護にそんな選択肢が増えたのかと、驚きました」

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「介護は娘」という空気

阿川 伊藤さんはアメリカと熊本の遠距離介護だったから、普段のケアは基本的にヘルパーさんたちだけ?

伊藤 そうです。私ほら、一人っ子だから協力し合える相手がいなくて。でも、きょうだいでやりくりする面倒を感じたことがないのは、よかったかもしれない。お正月なんかにどうしようもなくて、アメリカにいる娘に頼んだこともありました。「いいよ」って日本に行ってくれたから助かったけど、子どもに頼るのってあんまりやっちゃいけないなぁと思いましたよ。うちの次女はいい子だから頼んだらやってくれる。で、つい頼んじゃう。でもそれは彼女の時間を食い潰すことになる。私のところで断ち切らなくちゃと思った。基本的には私がするべきことなんだってのは忘れちゃイカンって気がしてたんです。

阿川 私は兄、弟、弟っていう4人きょうだいなんですよ。でもやっぱり世間の目として、娘の佐和子が担当である、娘が親の面倒をみるんでしょ、という空気は感じてきましたね。「大変でしょう。でもやっぱりお父さまにとって佐和子ちゃんにやってもらうのが一番うれしいのよ」って言われたことは何度もあります。

伊藤 そんなこと言われるの。

阿川 (うなずく)私は「え? 私が全部やるの?」って驚いてるんだけど、世の中の見方としては「そういうものよ。がんばってね」っていう方向だったよね。

伊藤 それは……クソッタレですね。

阿川 父は病院に入っていたから、食べ物の差し入れをするとか、父に会わせるために母を病院に連れていくとか、母をときどき預かって病院に連れていくとかが私が担ったことになっていて、男きょうだいもたくさん協力してくれましたけど。10年……15年くらい前はまだ、一般的には娘に比重がかかっていたよね。

自分の親だけ担当する時代

伊藤 でもね、ここのところ、少し変わってきているみたい。熊本に夫婦とも友人というふたりがいるんですけど、男のほうが親の介護をしていて「大変だ、大変だ」という話をいつも聞いてるんですよ。でもそこの妻は、一切手を出さない、なんなら夫の親にはもう数年は会ってもいないって聞いて、私びっくりしたの。

阿川 いくつくらいのご夫婦?


『サワコと比呂美 女じまい』(著:阿川佐和子、伊藤比呂美/中央公論新社)

伊藤 私より少し下、60歳になるかならないかってくらい。私の時代はありえなかったんですよ、そういうの。

阿川 私たちの時代はありえなかったね。

伊藤 ねえ。ここにいる50代、60代の編集スタッフたちも「夫の親の介護には行かない」と、しれっと言うし。いつから介護にそんな選択肢が増えたのかと、驚きました。阿川さんのお母さんのときはどうでしたか。お父さんのときから数年経って、変化を感じた?

阿川 幸いなことに、平日は泊まりがけで母の世話をしてくれる女性がいてくださって、彼女がいなかったら、ウチの介護は成り立たなかったぐらい。で、週末に実家で母と過ごす当番のローテーションをきょうだいで組んで、スケジュールを調整しながら乗り切りました。その当時は、私だけ独身だったけれど、「姉ちゃんにまかせる」なんていう空気はなかった。弟が当番の日に、母が粗相して弟から電話がかかってきたの。「どうすればいいの?」って。「まず服を脱がせて、お風呂場に連れていって、お尻を流して、タオルで拭いて、棚におしめが入ってるからそれをつけなさい」って。「そんなこと女だからできるんだよ」と言うので、「やればできる!! 頑張れ!」

伊藤 励ましたのね。

阿川 そう。「やればアンタにもできるぞ」って言ったの。そうしたら、しばらくして弟から電話がかかってきて、「できました。自分が生まれてきたところを初めてみました」って報告してきた。ものすごくほめましたよ。

伊藤 うんうん。意識は変わるのね。

ヨメの介護にバリエーション

阿川 実の息子である彼らがそうやって分担を引き受けて、お風呂の介助だとか、トイレの失敗の始末だとか、まあよくやってくれたと思う。きょうだいたちの奥さんはそれぞれだった。ローテーションにひとりでは加わらない人もいたしね。

伊藤 へええ、そうですか。だけど、いつからそうなったんだろう。結婚相手の親の介護を嫁はしない。ヨメということば、そもそも私大嫌いなんですけど仕方なく使いました。

阿川 息子であっても自分の親は自分で看る。ただ、嫁の親のことを亭主がやるかどうか、そこは知らない。けど、たしかに夫が妻に「お前に全部任せるよ」なんて時代じゃなくなったことは、ほんとに素晴らしい時代になったと思う。

伊藤 素晴らしいですよ。

阿川 私が結婚したときは、連れ合いのお母さんは亡くなっててお父さんは施設に入ってたから、そういう経験はしていないけど。お嫁さんがすべて背負わせられていた時代に嫁にならなくてよかったわぁ。

自分も遊んでみる

伊藤 妻の親に対してはどうですか。

阿川 私の連れ合いはやさしい人だから、当時はまだ籍が入ってなかったんだけれども、母を看るローテーションで人繰りがつかないとき「僕も泊まるよ」って言ってくれた。あと、母をちょっと預かってくれるとか、母と先にご飯を食べてもらうとか、かなり……。

伊藤 お連れ合いがいるってことで、違いましたか。

阿川 肉体的にも精神的にも、ハイ、助かりました。母は認知症だったから同じ話を繰り返すでしょう。そのときに答えを変えてみる、っていう方略をみつけてくれたのね。

伊藤 へえ。どんな風にですか。

阿川 たとえば、母が彼に「どちらのご出身?」って聞いている。「大分です」って彼が答えると「大分って、行ったことないけれど、どんなところ」って母が聞くの。「あったかいところです」って言うのを聞いて、台所でご飯作ってた私が「えー、大分行ったとき、雪が降ってびっくりしたことあったよ」みたいにチャチャを入れたのね。そしたらまたしばらくして、母が、あなたどこのご出身? 大分です。どんなところなの? って聞かれて「寒いとこです」。

伊藤 アハハハ、いいわね、最高ね。

阿川 そうやって、「また同じ話だ」――となるのではなくて、自分も遊んでみると。あとは、母が小学校の頃の話をずっと繰り返すんで、「中学は?」って言うと話題が変わっていく。そういうことを発見してくれる人だから、なんというか、とてもありがたかったですね。

※本稿は、『サワコと比呂美 女じまい』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。