日本政府は、国外ファンドによる牧野フライス製作所の買収阻止に動いた。背景にあるのは、中国企業が巨額資金を積んでも欲しがる、日本の「工作機械」技術だ。工作機械は、自動車も半導体も航空機も生み出す“母なる機械”であり、中国が製造大国となった今もなお、日本への依存を断ち切れずにいる。安全保障の核心となった日本製工作機械の価値を、海外メディアが報じている――。
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■片山さつき大臣に守られた工作機械メーカー

日本政府は4月22日、韓国に本拠を置くプライベート・エクイティ(PE)ファンドMBKパートナーズに対し、工作機械メーカー・牧野フライス製作所の買収計画を中止するよう勧告した。

精密モーター大手のニデックが牧野フライスにTOBを予告し、MBKパートナーズがホワイトナイトとして登場した経緯がある。

片山さつき財務相は4月23日の財政金融委員会後の記者会見で、「牧野フライス製作所は世界有数の工作機械を製造する企業であって、我が国防衛装備品の製造事業者にも広く利用されていることなどを踏まえて(中略)財務省及び経済産業省として、本件投資は国の安全を損なう事態を生ずる恐れがあると認められた」と説明している。

政府が外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づいて買収阻止を勧告したのは、史上わずか2例目だ。同じ週、日本は戦後初めて武器輸出規制の大部分を撤廃してもいる。

背景としてブルームバーグは、アメリカによる日本を含む世界的な防衛へのコミットメントがどこまで確かか見通せないことに加え、中国との緊張激化があると分析する。日本は安全保障の一環として、能動的な政策を広めつつある。

■なぜ日本政府が買収阻止に動いたのか

なぜ工作機械メーカーの買収阻止が、国の安全保障につながるのか。

政府が守ろうとしているのは、牧野フライス製作所が有する「5軸マシニングセンタ」の技術だ。ジェットエンジンのタービン翼や機体フレームをはじめ、幅広い工業製品の製造に使われている。民生用でありながら兵器製造に転用可能な技術カテゴリー、いわゆるデュアルユース(軍民両用)にも用いられる。

海外が容易にコピーできないこの5軸マシニングセンタを含め、あらゆる産業に求められる機械部品を生み出す工作機械群は、「マザーマシン」とも呼ばれる。特に5軸マシニングセンタは、製造業で隆盛を謳歌する中国であってもいまだ攻略できない、最後の砦である。

MBKパートナーズは昨年、牧野フライス製作所を約2750億円で買収することで合意していたが、4月30日になって買収を断念すると発表した。

勧告を受けてMBKは、声明を通じ、「極めて驚いている」と表明していた。一方、広報担当者はブルームバーグに対し、「日本の防衛セクターの変化しつつある特性と環境を踏まえた、個別案件に関する日本政府の判断と理解している」と述べている。

■16年ぶり2度目の「外為法」適用

ロイター通信は、牧野フライス製作所の工作機械は高精度部品の製造に使われると説明。軍事転用のおそれから、経済産業省の輸出許可なしには国外に持ち出せないと解説する。

工作機械産業は、外為法で定められた安全保障上の「中核分野」にあたる。経済産業省は買収阻止の勧告について、安全保障に関わる技術・情報の漏洩リスクを踏まえた判断だと説明する。

政府が外為法に基づいて買収阻止の勧告を発動したのは、2008年に英投資ファンドのザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド(TCI)が電力会社の電源開発(Jパワー)の追加株式取得を申請した案件以来だ。

2025年10月22日、記者会見を行う片山さつき財務大臣(写真=財務省/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

大和総研の金本悠希主任研究員はブルームバーグの取材に対し、地政学的緊張の高まりを背景として、買収審査は厳格化する可能性が高いと指摘する。

■牧野フライスが達成した2つの「日本初」

政府が守ろうとした牧野フライス製作所。その強さの原点に、共に「国産第1号」となった2つの技術がある。

フライス盤は、工具を回転させて金属を削る工作機械だ。社名の由来でもある。同社は1937年に創業し、1958年にはプログラムで工具の動きを自動制御するNC(数値制御)フライス盤を開発した。国産第1号機である。

続いて、工具を自動で交換しながら複数の加工工程を1台でこなす、「マシニングセンタ」を世に送り出した。これも国産初だった。

同社が実現する精密な加工精度は、事業の強みの一つだ。矢澤孝二総務部ゼネラルマネージャーは、正社員専門転職エージェントのエリートネットワークのインタビューで、「一貫して加工物の精度、工作機械の品質に重きを置いて事業に取り組んできました」と語る。

小さいものでは携帯電話カメラ用レンズの金型などでは、求められる精度は1000分の1ミリ未満。いわゆる「サブミクロン」の世界だ。大きなものでは航空機の部品まで手がける。軽量かつ高剛性の合金や炭素繊維といった新たな素材の加工にも、いち早く対応する。

顧客との対話は製品の企画段階から始まると矢澤孝二氏は強調する。「新しいエンジンの自動車を出したい」「こういった材料で航空機のジェットエンジンの部品を作りたい」といった相談に応じ、同社の技術リソースを活かして新たな加工技術を開発するケースもあるという。

完成した機械を納めて終わる関係ではなく、常に最新の素材や顧客の要望に向き合っている。

■中国市場を席巻する日本の工作機械

牧野フライス製作所が誇る、高い技術による精密加工。こうした精度の高い加工技術は同社のほか、日本の工作機械メーカーが広く備えている強みだ。

製造業で世界的なシェアを誇る中国に目を向けても、その国内の工作機械シェアでは、日本勢が優位に立っている。

英経済紙のフィナンシャル・タイムズが引用するバンク・オブ・アメリカのデータによると、中国の工作機械市場では、日本を含む外資系メーカーが約3分の2のシェアを握る。

シェア上位企業を見ると、元富士通の数値制御部門が独立したファナック(33%)、三菱電機(20%)、シーメンス(ドイツ、16%)となっており、上位3社のうち2社は日本勢だ。

さらに、工作機械本体の製造企業としても、DMG森精機のシェアが世界最大となっている。DMG森精機は森精機製作所とドイツの「ギルデマイスター(DMG)」が統合して誕生した。森雅彦代表取締役社長兼グループCEOが率いる同社は、RTXやキャタピラーなど約100社のグローバル企業が顧客として名を連ねる。

DMG MORI東京グローバルヘッドクォータ(写真=DMGMORI media/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

同社から工作機械を購入していない企業ですら、ベンチマーク(性能比較テスト)や試加工、コンサルティングを求めて訪れると、米製造業専門メディアのアドバンスド・マニュファクチャリングは伝える。直接的な売買の関係を持たない世界の企業が日本のメーカーを頼りにしている。

■中国メーカーが直面した「暗黒の10年」

工作機械は、中国語で「母机」と呼ばれる。

機械を生む機械という意味であり、その名が示す通り、すべての製造業の出発点となる母なる存在だ。この母机を自らの手で作る力を、中国は国を挙げて追い求めてきた。

その構想の中心となったのが、東北部の遼寧省や黒竜江省だ。建国以来の重工業基地として工作機械産業を担ってきた地域だが、市場経済への転換とともに、徐々に国有企業群は競争力を失っていく。

打開を図ったのが瀋陽機床集団(SMTCL)だが、その道のりは波瀾万丈であった。

SMTCLの関錫友社長は1988年、上海の同済大学を卒業後、父と同じく同社の工員となった。中国系英字紙のチャイナ・デイリーの取材で、関氏は、「当社で工員として働くのが輝かしい時代だった。当社の工員というだけで彼女もできやすかった」と当時を振り返っている。国有企業の工員であること自体が誇りだった時代の話だ。

だが対外開放が進むにつれ、SMTCLは「暗黒の10年」(1993〜2002年)に突入する。

北京大学政府管理学院の路風教授がまとめたリポートによると、この10年間、新規採用はゼロ。従業員は2万7000人から1万1000人に激減した。

そこへ2003年、中央政府が転機をもたらす。東北の旧工業基地の振興策を打ち出し、工作機械産業はようやく「黄金の10年」(2003〜2013年)を迎えることになる。

■盗まれかけた日本の技術

だが、精密な工作機械の製造は容易でない。

中国企業は繰り返し海外から技術を取り込もうとしたが、海外各社も中核技術の流出には敏感だ。幾度もの挫折を経験することになる。

1996年、SMTCLは米コネチカット州ブリッジポート社のCNC(コンピュータ数値制御)技術を導入しようと、1億元(約23億円。5月25日現在のレート、1元23.38円で換算、以下同)超を注ぎ込んだ。

だが、大金で技術を購入した末に届いたのは、肝心の動作原理を伏せたソースコード(プログラム)のデータだけだった。それを基に組み上げた機械は使い物にならなかったと、中国テック起業家向けメディアの36Krは伝える。

3年後、今度は遼寧省大連市に本社を構える大連光洋科技集団が、日本から工作機械を輸入。この際は、設置場所と用途を縛る条件に加え、無断で移動させれば自動ロックがかかり使用不能となる仕掛けまで組み込まれていた。

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■5軸連動技術を持つのは、いまなお一握り

アメリカと日本から相次いで技術のコピーに失敗した中国は、ドイツに狙いを定める。2005年、SMTCLはドイツのシース社を買収した。だが、5軸以上の工作機械技術はそもそも中国への輸出が禁じられていた。会社を買ったまでは良かったが、技術は中国に移転できない結果となった。

このように、買収によっても、輸入によっても、いずれにせよ核心技術は手に入らない。西側が中国に輸出を許すのは、常に1〜2世代前の旧式品に限られる、と中国テック財経メディアのTMTポストは指摘する。

中国の工作機械メーカーは、やむなく性能の劣る旧製品を輸入。マシンの世代が進むごとに、世代の古い旧型を輸入し直すサイクルに囚われた。

とくに高級工作機械の代名詞とも呼ばれる5軸マシニングセンタは、壁が別格だ。5つの軸を同時に精密制御しなければならず、回転テーブルや傾斜ヘッドのわずかな狂いも許されない。真の5軸連動技術を持つのは、いまなお一握りの国際的大手企業だけだと同紙は指摘する。

■独自の工作機械を作るしかなかった

中国工作機械産業の「黄金の10年」も終わりに差し掛かった、2012年のある夜のこと。ドイツのホテルの屋上に一人の男が立っていた。SMTCLの関氏である。

SMTCLは2007年、総額11億5000万元(約268億9000万円)を投じ、スマート数値制御システム「i5」の自主開発に着手した。だが成果は一向に出ない。チャイナ・デイリーの取材に対し、関氏は当時をこう振り返る。

「『赤字垂れ流しの国有資産』というレッテルが首にかかった石臼のようだった。結果を偽りたいという誘惑すらあった。誰にも分かってもらえない苦しみだった」

開発投資はかさみ、成果は出ず、理解者もいない。関氏はあの夜、ドイツのホテルの屋上で何時間も立ち尽くした。のちに取材を受けた彼は、「もう少しで飛び降りるところだった」と明かしている。

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それでもi5は2012年末に完成する。シーメンスとファナックが独占してきた工作機械のモーション制御に、風穴が開いた。数値制御工作機械に初めて搭載された「中国製の頭脳」である。

今日、瀋陽市に広がる瀋陽機床の75万平方メートル(東京ドーム約16個分)の工業団地から、独自の知能数値制御システムi5を載せたスマート工作機械が中国各地へ送り出されている。

■急拡大したメーカーの転落

SMTCLの関氏が屋上で思い留まった夜から数年後、もう一人の経営者はまったく異なる道を選んだ。不正に手を染めたのだ。

2018年5月、中国公安省は大連機床集団の陳永開会長に対し、融資詐欺の容疑で逮捕状を発付した。当時56歳の陳氏は、全国指名手配となる。中国の英字経済メディアの財新グローバルが地元警察関係者への取材を基に報じている。

大連機床は中国東北部・遼寧省を拠点とする工作機械大手で、「工作機械を車のように(大量生産で)作る」を掲げて急拡大した企業だった。

発端は2016年にさかのぼる。大連機床は同年9〜11月、中江国際信託が組成した信託商品(企業向け融資商品の一種)を通じ、6億元(約140億円)を調達した。担保に差し入れたのは約7億6000万元(約177億円)の売掛金である。

ところが同年12月、大連機床は社債のデフォルト(債務不履行)を起こす。中江側が調べると、売掛の事実がそもそも存在せず、その証拠となった書類も偽造だった。2017年初め、中江側は江西省の裁判所に提訴。警察が捜査を引き継ぐ。

大連機床はその後もデフォルトを重ね、破産手続きに追い込まれた。2018年4月28日時点で100社を超える債権者が総額224億元(約5240億円)の債権を主張している。

■壊滅した中国製の工作機械「四大天王」

詐欺で瓦解した大連機床に比べれば、SMTCLは危機をうまく切り抜けたかに見えた。だが、勢いを失う中国工作機械業界の例に漏れず、同社も斜陽化の一途を辿る。

2011年に売上高で世界最大を誇った国有工作機械メーカーのSMTCLだったが、2019年、ついに破産再建に追い込まれた。財新グローバルによると、中央直轄の国有企業・中国通用技術集団が再建に手を貸している。同年11月、同集団による再建計画が債権者と裁判所の双方から承認された。

同計画のもと、中国通用技術集団はSMTCLに25億元(約585億円)、上場子会社の瀋陽機床股份に18億元(約421億円)を投じる。それぞれ株式の57%と約30%を取得する形だ。

瀋陽機床だけでなく、工作機械業界で「四大天王」と称された主要企業群が総崩れとなった。36Krによると、業界1位の瀋陽機床と2位の大連機床が相次いで破産再建に入り、3位の秦川機床も多額の損失を抱えた。傷は業界全体に広がる。2020年上半期、一定規模以上の企業のうち、赤字企業の割合は24.1%。およそ4社に1社が赤字という状況だ。

いまなお、業界は血を流し続けている。フィナンシャル・タイムズによると、2024年の中国工作機械業界全体の売上高は前年比5.2%減の1兆元(約23兆円)。利益は76.6%急減し、わずか265億元(約6200億円)まで沈んだ。国内の過当競争により、利益が食い潰された影響が大きい。

■日本の高すぎる壁を越えられなかった

工作機械の技術で海外製が優れることは、中国企業の従業員の間でさえよく知られている。

フィナンシャル・タイムズの取材に応じたある中国工作機械メーカーの従業員は、匿名を条件にこう認めた。自社の機械に載せるCNCコントローラーには、ドイツのシーメンスか山梨のファナックを選ぶ、と。

「両社はいまもブランド力で勝っている」と語るこの人物の証言通り、外国製の工作機械が性能で秀でる。

高精度CNC工作機械の中国での国産化について、香港系証券会社CLSAのリサーチ部門の産業アナリスト、シャオ・フェン氏は、「おそらく中国の製造業にとって、最後の難題だ」と語る。大量の資金を注ぎ込んで技術を写し取ろうとした時代を経て、なおも越えられない壁として立ちはだかる。

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36Krは、国内の製造業者は割高でも外国製を好み続けており、この根深い体質の下で中国メーカーは長年にわたり技術革新を阻まれてきたと論じる。

中国政府は今、別の方角に目を向けつつある。CLSAの日本リサーチ責任者、モルテン・ポールセン氏は、「政府は工作機械に目を向けることをやめ、ロボットに注力し始めたようだ」と指摘。「そのままでは、産業として十分な採算が取れなかった」とも語っている。

中国のロボット技術の発展には、たしかに目を見張るものがある。AI技術と組み合わさることで、今後の発展次第では工業用途だけでなく、日常のアシスタントとしてもシェアを広げていくだろう。

一方で現実問題として、ロボットを高精度に加工する上でも、サブミクロン精度の5軸CNC工作機械が欠かせない。その頭脳である数値制御装置の世界市場は、今も日本のファナックとドイツのシーメンスが支配している。

高精度の「母なる機械」を国内で製造しようと、数十年挑み続けてきた中国。ついには壁を越えることなく、いまその目標を静かに取り下げつつある。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)