ラクダは水を飲まなくても1週間生きられる!?あの手この手で炎天下を生き抜く「砂漠の船」の生き残り戦略とは?
春夏秋冬、季節が変わるなかで、生きものたちはそれぞれの体の仕組みを活かして生活をしているそうです。そこで今回は、ベストセラー『ゾウの時間 ネズミの時間』の著者であり、「歌う生物学者」としても知られる本川達雄さんの著書『すごい生きもの春夏秋冬』より一部を抜粋して、誰かに話したくなる生物学の知識をお届けします。
【書影】生き残り戦略は千差万別!誰かに話したくなる生物学エッセイ。本川達雄『すごい生きもの春夏秋冬』
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ラクダ――血と汗の砂漠暮らし
6月22日は「世界ラクダの日」。こんな日があったらいいなと思った人が始めたもの。彼は「世界ロバの日」も立ち上げている。
僕はアメリカ・ノースカロライナ州にあるデューク大学にいたことがあるのですが、そこにはシュミット=ニールセンというラクダやその他、砂漠の動物の研究で有名な先生がいました(サイズの生物学でも有名)。彼の研究の話をしましょう(ちなみに彼は昭和天皇を記念して制定された国際生物学賞の平成4年の受賞者で、その記念のシンポジウム開催、来日時の築地見学など、いろいろとお世話しました)。
ラクダは「砂漠の船」と呼ばれ、炎天下の砂漠を100キロ以上も歩け、水を飲まなくても砂漠で1週間はもつだろうと言われています。ヒトは1日しかもちません。暑いとダラダラ汗をかいて水が失われ、体重の2割の水を失ったらもうダメ。ラクダは3割までなら大丈夫です。違いはたったの1割と思うかもしれませんが、ラクダは3割に達さないようあの手この手を使っており、そこがヒトとは大いに違います。
ラクダは砂漠の乗物として愛用されてきましたが、乗物以外にもいろいろと役に立っています。肉は食料に(僕はラクダのひづめ料理を食べたことがあります)、乳は飲み物に、またラクダの毛で編まれたのがキャメルのセーター(昔は「らくだの股引」なんてものもありましたね)。さらに糞が燃料になります。ですからラクダはウシやヒツジと同等の働きをするわけで、家畜として約3000万頭が熱帯域で飼育されています。
ラクダの瘤は水瓶?
これはよく小学生向けのクイズに出されますが、「ラクダの瘤は水瓶だ。マルか×か?」
×です。瘤の中身は脂肪の塊。だから食料の貯蔵庫です。ただし水瓶と言えなくもないんですね。脂肪でもデンプンでも、食物を分解すると最終的に二酸化炭素と水になります。こうやってできてくるのが代謝水。砂漠の動物の中には、代謝水で充分暮らせるものがいることをシュミット=ニールセンは見つけました(ラクダは代謝水だけでやっていけるわけではありませんが)。
ラクダの瘤は食料の貯蔵庫としての他に、太陽熱を遮断する断熱材としても働いています。砂漠では日光が真上から照りつけ、背中には直射日光がもろに当たります。そこから熱が体内に入り込まないよう、瘤を熱のバリアにしているんですね。
熱の流入を防ぐもう一つのバリアが、ラクダの厚い毛皮です。毛を刈ってしまうと、汗の量が1.5倍にもなります。毛は、もちろん寒い時にも役に立つ。サハラでもゴビでも、真冬には氷点下になりますから。
ラクダはずいぶん大きな動物ですが、正面から見ると意外とスリムです。幅が薄っぺらで、その割に背腹方向に厚い。この体形には意味があります。背中の面積が小さくなるから、真上からの日射の面積が減るし、ラクダが日中休む時には、頭を太陽に向けて座るので、やはり日の当たる面積が減ります。
そして座るのにもラクダは一工夫しています。肢と胸に大きな「座りだこ」があり、これで体を支えます。だから座った時、お腹が熱い砂にべったりとは着かず、地面から熱が入ってきにくい。
あの手この手で
さてここからがシュミット=ニールセンがサハラ砂漠でやった研究です。彼はまずラクダの体温を測りました。ラクダは恒温動物で体温が一定に保たれています。とはいえ恒温動物でも体温は昼間は高く夜は少々低い。人間もラクダもそうで、ラクダの体温は最高が38度、最低が36度で、変動幅は1日に二度ほどです。
ところがラクダに水を与えないと、体温は午後には41度にも上がり、逆に明け方には34度にも下がってしまいました。体温が7度も変わる。つまり水がないとラクダは変温動物になっちゃうんですね。ただしそれは限定的で、体温が41度を超えそうになると、初めて汗をかきはじめ、体を冷やしてそれ以上にならないようにします。

(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
体温が高くなったということは、体に熱が溜め込まれたということです。この溜め込んだ熱は、夜間に冷えた外気中へと放出されるので、汗をかかずに熱を処理できます。こうやって暑い日にかく汗の量、つまり水を失う量をラクダは3分の1にも減らしています。
出ていく水としては汗の他に尿がありますね。ラクダはわれわれの尿より2倍濃い尿を作って水が逃げないようにしています。そしてその尿もただでは捨てません。あの長い肢に尿をかけて蒸発させ、気化熱で体を冷やします。尿を汗がわりに使うんですね。
またラクダの糞は、水分含量がわれわれのものの半分以下です。だから糞が良い燃料になる。こんなふうに、ラクダはあの手この手で水の失われるのを防いでいます。
ラクダの赤血球は特別!
さて、渇いた状態のラクダに水を与えると、一気飲みします。人間の場合、飲めるのはせいぜい1リットルですが、ラクダは200リットル、小形のバスタブ1杯分を一気に飲み、巨大な胃にいったん溜めます。
胃から水を吸収するのはごくゆっくりとです。急に水を取り込むと血液が薄まり、赤血球が破裂する危険があるからです。それでも水を飲んだ後のラクダの血はかなり薄まります。逆に水を飲まずにいると、血液はどんどん濃くなっていく。結局、ラクダは血液に水を溜め込んで砂漠を歩いているんです。
それができるのは、ラクダの赤血球が特別だから。他の哺乳類のものよりも小形で、形は薄い楕円形。この赤血球の細胞膜はよく伸び縮みし、大きく形を変えられます。おかげで一気に水を飲んで血液が薄まり赤血球の内部に水が入ってきた時でも破裂することなく、直径が2.4倍にも膨れ上がります。逆に水気が抜けた時には、血液量が減って細くなった血管でも、この赤血球は小形で薄いから血管内をすり抜けて流れていけます。
じつは赤血球の中にあって酸素を運ぶヘモグロビンも、ラクダのものは特別です。酸素と結びつく力が強く、肺でたくさんの酸素をくっつけて末端の組織まで運んで酸欠を回避できます。そしてこの能力を使い、ラクダは水のない状態になると呼吸数を減らします。吐く息には水蒸気が含まれますから、呼吸のたびに水分が逃げていく。だから呼吸数を減らせば節水になります。
呼吸で水が逃げるのを防ぐ別の仕組みもラクダは持っています。ラクダは顔が突き出ています。イヌもそうですね。空気が鼻の穴から喉へと通っていく道(鼻道)が、ラクダもイヌもかなり長い。この鼻道の壁は粘膜で裏打ちされていて、粘膜はいつも湿っています。イヌの鼻は冷たくて湿っていますね。ラクダもそうです。このことが肺から水分が逃げないようにしています。
この冷えた鼻は体温調節にも使えます。冷えた鼻道に接している静脈血を冷やし、これを使って脳に行く血を冷やします。脳は暑さに一番弱い組織です。脳さえ冷やしておけば、あとの部分が41度になってもラクダは大丈夫。41度とは、われわれなら細胞が壊れる温度です。
ではまとめの歌「ラクダの鼻」を。ちなみにこれはシュミット=ニールセンの自伝のタイトルです。
♪ラクダの鼻
四一度になった時
初めて 汗で 冷やします
それまでじっと がまんの子
体温 上がるに まかせます
冷たい鼻で 肺からの
逃げていく水 減らします
冷たい鼻は 大切な
脳を冷やすにも 使います
※本稿は、『すごい生きもの春夏秋冬』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
