目の状態を感知して「自動お薬係」になるコンタクト実験中
「スマートコンタクトレンズ」というと、目の前にナビや通知が浮かぶ…SF映画みたいな未来を想像する人も多いと思います。
でも、コンタクトが「スマート」になれるのは、そっちの方向だけじゃありません。目の状態を自分で感知して、必要なときに勝手に薬を出してくれるという「スマート」が(研究室レベルですが)実現しました。
世界で8000万人以上が抱える緑内障
緑内障は世界で8000万人以上が患っており、日本では中途失明の原因疾患の1位に挙がります。
目の中には常に「眼圧」と呼ばれる内部の圧力がかかっているのですが、これが異常に高くなると視神経が傷つき、視力を失ってしまうのです。
現時点で緑内障は完治する治療法はなく、点眼薬やレーザーなどで眼圧をコントロールすることで、進行を遅らせるのが主な対処法です。
ただ、ここに厄介な問題があります。眼圧を正確に測るには病院へ行かなければならず、定期的に検査しなくてはなりません。つまり、眼圧の変化をリアルタイムに把握するのは難しいのです。
さらに、ある研究によると、緑内障の治療を始めた患者の約半数が、最初の処方から6カ月以内に治療を中断してしまうことが分かっています。 目薬のさし忘れや通院の手間など、ありがちな話ですが、深刻な視力喪失につながります。
「電子部品なし」で賢く動く、新発想のコンタクト
テラサキ生物医学イノベーション研究所(Terasaki Institute for Biomedical Innovation)のYangzhi Zhu氏らの研究チームが開発したのは、電子部品を一切使わないオールポリマー製のスマートコンタクトレンズです。
「電子部品なし? それってスマートなの?」と思うかもしれませんが、ここが重要なポイント。 これまでも電子部品を埋め込んだスマートコンタクトの研究は行われてきましたが、固い電子部品とデリケートな角膜組織の「素材の相性の悪さ」が、長期使用における刺激や不快感の原因になっていました。
そこで採用されたのが、マイクロフルイディクス(マイクロ流体工学)という技術です。
マイクロフルイディクスとは、髪の毛よりも細いミクロサイズのチャンネル(流路)に液体を流して操作する技術です。生物分析や医療診断の分野でよく使われています。
今回のスマートコンタクトレンズでは、3Dプリントで作った型を使って、極小のマイクロチャンネルとリザーバー(貯蔵庫)がレンズの底面層に埋め込まれています。リザーバーには特殊なシルクスポンジが入っており、自重の最大2,700倍もの液体を素早く吸収できます。
仕組みはシンプルで、まるで「水道メーター」のようなイメージです。1つのリザーバーには液体が充填されており、眼圧が上がるとリザーバーが押し縮められ、マイクロチャンネルの中へ押し出されていきます。
眼圧の測定には専用のスマートフォンアプリで、畳み込みニューラルネットワークを使った画像解析AIを使います。そこでこのチャンネルの状態を撮影・分析すると、94%の精度で眼圧の数値を読み取れるといいます。
そして、2つの薬剤リザーバーは、薬剤を目の表面に届けるマイクロチャンネルにつながっており、眼圧が上昇するとリザーバーが押し縮められ、薬剤がチャンネルを通じて自動的に放出されます。
この放出が始まる閾値(しきいち)は、チャンネルの幅を調整することでカスタマイズ可能。さらに、異なる圧力レベルで2種類の薬剤を使い分けることもできます。
ポイントは、マイクロチャンネルの設計により、瞬きや嚥下による短い圧力変動には反応せず、緑内障に特徴的な持続的な眼圧上昇にのみ反応すること。誤作動のリスクが低い設計になっています。
「ユーザーが何もしなくていい」のが最大の革新
「私たちのテクノロジーでは、ユーザーが手動で操作したり、トリガーを引いたりする必要はありません。すべてはセンサーとクローズドループの薬剤放出に基づいて動きます」とYangzhi Zhu氏。
「クローズドループ」とは、センサーで状況を検知→自動で薬を投与→また検知→また調整…という自動制御サイクルのことです。
試作品はウサギを対象にした試験で、このスマートコンタクトによるクローズドループ薬剤投与が従来の点眼薬と同等の効果を示し、眼圧の正確なモニタリングも確認できたといいます。また、14日間の繰り返し使用において、炎症などの生体適合性の問題も無し。試作品では最長2週間分の薬剤を保持できました。
緑内障の次は、もっと広い目の疾患へ
まだヒト試験ではないので今すぐ何かが変わるわけではありませんが、低コストで快適なモニタリングの選択肢として機能しつつ、電子デバイスが高精度・高解像度のデータを補ってくれる、確かな「スマート」がこのコンタクトレンズには見て取れます。
また、製造プロセスが既存のコンタクトレンズの製造方法と高い親和性を持つ点も大きな強みです。患者ごとのカスタマイズに必要な情報も、通常のコンタクトレンズのフィッティング工程で収集可能だといいます。
研究チームはすでに商業化に向けて動き出しており、仮特許も申請済み。さらに現在は緑内障に絞った研究ですが、将来的にこのプラットフォームをドライアイ、糖尿病網膜症、加齢黄斑変性などの目の疾患全般に展開できると考えています。
「目薬をさし忘れた!」なんて単純な理由で視力を失ってしまう人を減らすためにも、この小さなレンズの中に詰め込まれたテクノロジーが役立つ日が待ち遠しいです。
Source: IEEE Spectrum , Science Translational Medicine , 近畿大学医学部眼科学教室
