バスタブの中に“結晶化した覚醒剤”が…丸山ゴンザレスが“メキシコの麻薬キッチン”で目撃した「おぞましい光景」
〈「昨日のタコスはうまかったか?」その言葉は麻薬カルテル流の“警告”だった…丸山ゴンザレスが“取材中止”を決断した「戦慄の理由」とは〉から続く
日本の裏社会や世界のスラム街を取材する「危険地帯ジャーナリスト」の丸山ゴンザレス。最新刊『ナルコトラフィコ』(講談社)は、TBS系「クレイジージャーニー」における取材の総決算として、巨大化する麻薬ビジネスの実態に迫った一冊だ。
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2022年、丸山はテレビクルーとともに、メキシコの麻薬製造工場を訪れる。すでに摘発を受けた後のため、犯罪組織の姿はない。だが、そこには確かに彼らの“痕跡”が残されていた--。
いったい丸山は何を目撃したのか。本書より一部を抜粋して紹介する。(全3回の3回目/最初から読む)

摘発されたばかりのナルコキッチン。捜査官たちは報復に備えて武装している ©︎丸山ゴンザレス
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カルテルの聖地で麻薬製造工場を目指す
麻薬カルテル最大勢力の一角、シナロア・カルテルが君臨するクリアカンという町は、ガジャルドやエル・チャポなど、数々の悪名高い人物を輩出したカルテルの聖地として知られている。
シナロア州はメキシコ北西部に位置し、山岳地帯と太平洋に挟まれた地形を持つ。州都クリアカンはその政治・経済・文化の中心であり、アグリビジネスや漁業でも知られる一方、長年にわたり違法薬物の製造・輸送の拠点とされてきた場所でもある。麻薬取引の中心地でありながら、地元ではカルテルがインフラ整備や生活支援を行っている側面もあり、複雑な支持と恐怖が交錯する土地だ。
ここで目指したのは、いわゆる「ナルコラボ」、通称キッチンと呼ばれる麻薬製造工場だった。幸運にも、メキシコの連邦検察庁(FGR)の協力を得て、摘発直後のキッチンを訪れることが許された。
事前に説明されたのはコカインではなくメス。つまり覚醒剤の製造工場であるという。
実はこの「メス」、つまり覚醒剤こそ、日本の読者にとって最も“リアルな麻薬”かもしれない。日本国内での薬物摘発の大半は、コカインではなく覚醒剤だ。警察庁の発表によれば、覚醒剤の押収量は2021年時点で約1トンにのぼり、摘発件数でもコカインの10倍以上となっている。密輸ルートは主に東南アジアやメキシコ経由。
だが実際に、麻薬の消費者は実物を見ることはあっても、日本では製造されていないため、その製造現場に足を踏み入れた日本人は少ない。一般市民に至っては、末端価格の高さと都市での摘発のニュースを見るだけだ。
だがその“源流”がどれだけ杜撰(ずさん)で過酷か--それを自分の目で見て確かめたい。
そう思ったとき、覚醒剤のキッチンに入る意義は、コカインのルートとは別軸で、むしろ強くなった気がした。何より未知の場所への魅力を前にしたら、そんな違和感は瑣末(さまつ)である。どんな種類であろうとも製造工場なんて滅多に見られるものではないからだ。
ガスマスクを装着して工場の中へ
取材当日の天候は悪く、雨が降ったり止んだりしていた。こういう時に天気が悪いと空気が重苦しく感じられる。私たちはFGRのオフィスに集合し、簡単な説明を受けると都心部から約1時間車で移動した。
キッチンはジャングルの中にあり、場所の詳細はFGRによって伏せられていた。舗装道路から砂利道に入り、悪路を通ってとうもろこしの畑を抜けた。きっちり1時間近い時間を経て現場に到着すると、軍隊が待機していて、摘発直後であるため周囲には緊張感が漂っていた。
現場に入る前、私たちに渡されたのはガスマスクだった。ここには有毒ガスが充満しているという。装着は手間取ることもなく、フルフェイスタイプではなかったが呼吸に制限がかかることによる息苦しさはあった。かつてミチョアカン州で取材した際には、キッチン内部に足を踏み入れるどころか、存在をうっすら感じ取ることが精一杯だったが、今回は現場に足を踏み入れる。ついにその瞬間が訪れたのだ。いやでもテンションが上がる。
ここまでの道中でも感じていたが、この場所へ偶然辿り着くのは困難である。誰かの案内がなければ決して発見できない場所だ。
だからと言って、麻薬カルテルに案内してもらうようなやり方はリスクが高すぎる。いつ裏切られるかわからないし、それこそ取材中に拉致や誘拐される可能性だってある。何をされても抵抗もできないし、逃げ場などないようなところである。
常識では考えられない世界が広がっていた
そんなキッチンに足を踏み入れると、そこには常識では考えられない世界が広がっていた。FGRによって摘発されたばかりで、今では静寂が広がっているが、ほんの数日前まではここで大量のドラッグが製造され、流通していたと考えると、その異様さに圧倒された。
広場に並ぶ謎の機材。見慣れない装置が無造作に置かれていたが、すでに捜査が入っていたおかげで、すべての機材にナンバリングがされていた。数字を追っていくことで、麻薬製造の手順が浮かび上がってきた。驚いたことに、逮捕された作業員たちは薬学の専門家でも化学の知識を持つ者でもなかった。彼らはただ、マニュアル通りに作業をこなすだけで、麻薬が完成するのだ。そう、まるで料理をするかのように。
覚醒剤の精製工程を整理すると、まず、主要な原材料であるエフェドリンを手に入れることから始まる。この材料を犯罪組織が合法的に入手できないため、密輸や窃盗、または偽装された取引を通じて手に入れる。そのため、これらの原料を入手するために広範なネットワークが必要になる。現在は中国からの密輸に頼っているのだと捜査員は教えてくれた。
バスタブの中に“結晶化した覚醒剤”が…
次に行われるのが、材料の精製と化学反応による変質だ。これには、ガラス製の器具と様々な化学薬品が必要であり、極めて慎重に行われる。微量の誤りが命取りとなり、製造者自身が重篤な障害を負う可能性がある。ガスマスクと手袋は必須だが、これだけでは完全に安全を保障することはできない。実際に前日からの雨で漏れ出た薬品の刺激臭が周囲に充満していたので、いかに危険なものを扱っているのかがわかった。
敷地内にはさまざまな素材、大きめの容器が配置されていた。大量のドラッグを短時間で製造するために設計されているもので、雑然と置かれているようでいて効率を最優先に考えられていることがわかる。
最終的には材料となる薬品の化学反応を利用した、覚醒剤の主要成分が生成される。以前、この工程では特に高度な化学的知識が必要で、少しの失敗でも致命的な結果をもたらすため密封された室内で温度や湿度管理が不可欠と聞いたことがあったのだが、オープンスペースで製造されているところを見ると、そんなわけでもなさそうだ。むしろ、発生する有毒ガスの換気の方を重視していたのかもしれない。全ては経験則から編み出されて、効率化されていった結果なのだろう。
生成された液体を冷却し結晶化させる。この結晶がいわゆる覚醒剤である。覚醒剤の値段は純度に大きく左右されるために、最終工程まで純度を上げる作業が行われる。その結果が目の前に置かれたバスタブの中にある結晶ということなのだろう。
量は数十キロにも及び、末端価格で数億円に達するという。そんな膨大な富が一瞬で奪われたことに、カルテルが黙っているはずがない。同行したFGRの隊員からも、道中で尾行していた車両があったことを知らされ、私たちは常に襲撃のリスクにさらされていることを実感した。
摘発の前に情報が漏洩していた?
私たちがこの場所に来たのは、ただ危険を味わうためではない。コカインを軸にここまで取材してきた。しかし、製造現場というのは取材するのにハードルが高いことをボリビアで体験した。だからこそ、別のドラッグであっても製造現場を見てみたいと思った。
サプライチェーンを追いかけて、麻薬ビジネスの裏に潜む真実に迫るためだった。現場ではFGRの隊員たちが各所の説明をしてくれたが、その中で最も衝撃的だったのは、彼らの内部にまでカルテルの手が及んでいるという話だった。「今回の逮捕劇はおかしいと思わないか?」と逆質問された私は、逮捕者の数が少ないことに気づいた。「主だった連中は摘発前に逃げ出していたんだ」と隊員は語り、情報が漏洩(ろうえい)していた可能性が高いことを示唆した。カルテルはFGR内部にまで入り込んでいるのだ。
現場を後にする際、私たちはドローンを上空に飛ばし、広大なジャングルを撮影した。映像から、覚醒剤を精製する機材やテントを緑にペイントすることで、上空からはその存在を完全に隠していたことがよくわかる。まさにプロフェッショナルな隠蔽工作だった。
この製造現場がジャングルの中に設置された理由は明確だ。密林の中は視界が悪く、外部からのアクセスが困難なため、警察や軍隊の捜査網をかいくぐるのに最適な場所となる。捜査官が私に語ったところによると、カルテルはこの地域に無数の「プラザ」(製造拠点)を設置しており、これらを移動しながら製造活動を行っているという。彼らは常に一歩先を読み、摘発されるリスクを最小限に抑えるよう動いているのだ。
キッチンの労働者と思われる男たち
帰り道、川が増水していたことにより、先行していたFGRの車両が流されてしまったが、隊員たちはすぐに対応し、車両を引き上げた。その姿に、彼らがいかに訓練されたプロであるかを改めて感じた。川を避けて大きく迂回しながら、帰路に着いたが、その途中で私たちはキッチンの労働者と思われる貧相な男たちに出会った。彼らが向かう先には、新たなキッチンがあるに違いない。摘発しても追いつかないこの現実が、メキシコの麻薬ビジネスの根深さを物語っている。
そして、これほど雑な場所で作られたものを、街ごと滅菌されたような大都会に住む人々が使ったりする。生産地との距離感、生産者の顔が見えないというのは、こういうことなのかもしれない。衛生的に雑な現場を見てその思いを強くした。
最後に、基地に戻る際、FGRの隊員から「アメリカに渡るなら靴を捨てていけ。何度洗っても現場の匂いは取れない」と忠告された。それでも「この靴、気に入ってるんだよな〜」と、少し躊躇した素振りを見せていると、「犬はごまかせない」と麻薬探知犬のことで追い討ちをかけるように諦めろと言われた。無駄な出費を避けることはできなかったが、念願だったキッチン取材が成功した喜びは何よりも勝っていた。悔しいが彼らのアドバイス通り捨てる決意を固めた。
(丸山 ゴンザレス/Webオリジナル(外部転載))
